九話 なんだ、この涙?
俺は死闘を繰り広げた魔族のリンネを守るために四つ目の熊を命を賭して倒した。
前にあの熊に殺されかけた時は手も足も出なかった所から考えると俺は成長したなと思う。
まあ、死んでしまったからもう成長もくそもないが……
ただ、主人公っぽい奴らを逃がす為に死ぬよりかは異世界で出会った美少女の為に死ねた時のほうがいい気分なのは確かだ。
モブキャラとして死ぬよりかは俺として死ねたのだから当然か。
ああ、今になってから思い出したがうちの家族は俺が急にいなくなって心配しているんだろうか? 両親の方はまだしも二歳下の妹とかどうしてっかなぁ。俺と同じ学校行きたいとか言ってたけどあいつバカだしなあ、無理かもしれないな。
ここでいくら嘆こうとしょうがない。死んだ俺にはどうしようもないことだ。
「さーてと。死後の世界はどうなっているんだか」
俺は胸を張って善人と言えた人間じゃないが、悪人ではないはずだ。地獄はないだろう。いや、地獄には行きたくない。
それにしても、この真っ暗な場所は一体どこだろうか?
「ようこそ。っていってもお茶の一つもだせないがね」
「おっ。あんた神か?」
「肯定しよう。君の思っている様な神ではないがね。まあ、座りたまえ」
なんか、背景よりも黒い人型の何かが座っていた。
そいつの向かい側に同じ素材で作られたであろうイスがあった。
とりあえず、指示された通りに座った。
「んで、俺は天国か地獄のどっちだ? あっ。もしかして輪廻転生とかするやつか?」
「何を言っておる。お前はまだ死んではいないではないか」
「えっ?」
「そういう訳だ」
俺は死んでいない? いやいや、あの傷は絶対に死ぬ。元の世界の医者でも白旗を上げるレベルの大怪我だ。
にわかに信じがたいが、あそこは魔法のある異世界。少し楽観的に捉えた方がいいか。
「それじゃあ、なんで俺は神サマの前にいるんだ?」
「力は欲しくないか?」
「欲しい! チート能力で!」
即答した。質問の答えがなかったのは不服だが、この際どうでもいい。
「よろしい! お前に我が力の一端を……」
力を与えられる直前に真上から光線が降って来た。
「あなたの企みここまでよ!」
「チッ。もう嗅ぎつけたか」
上から女神っぽい人が降りて来た。
これどういう状況?
「悪いな。力はまたいつかな」
影は消えて行った。
「あなたもしかして、あいつの力を受け取ったの? 少し見るわね」
目を開かされてライトを当てられた。これ、死んだか確認するやつじゃね?
「どうやら大丈夫みたいね。あいつの口車に乗ってはダメよ」
疑問を口に出す前に女神っぽい奴は去って行った。
「……まっ。夢なら妥当だな」
きっとこれは夢だ。夢なら脈略もなく変なことが起きるもんな。
やけに意識はハッキリしているが、悪夢を見た時はこんな感じな気もする。
とりあえず気にしないことにした。
夢が覚めるまでのんびりしようとしていると肩を叩かれた。
「誰だ?」
振り返ると黒髪赤目の女が宙に浮いていた。
そいつの服は男子の学生服で俺と同じやつだった。
「一目惚れしちゃった。ボク。君の事が好きだよ。うん。どうしようもなく好きだ。今すぐ抱きつきたいぐらい。君以外の全てのことがどうでもよくなってきた。大好き」
少し怖いと思ってしまったが、これは夢。なら、俺が見たいと思っていることなのかもしれない。
こんな可愛い子から好意を向けれらたいのか俺。いや、悪いことじゃない。ただ、リンネという美少女を見てしまって感覚が狂ってしまっている。
妄想の中ならセーフかもしれないが、現実にこんな可愛い子がそうそういる訳がない。
「別れたくないけど、でもこの期間が愛をもっと強くしてくれるはずさ。絶対にボクが君を手に入れる。他の奴らには渡さない。安心して。ずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっとずっと! 愛してあげるから」
おぉ。俺の妄想が凄い。そう思っていると体が急に発光した。
どうやら、夢から覚めるらしい。
――――――
知らない天井だ。かなり綺麗だ。
どうやら、ベットの上にいるみたいだ。それも相当高級なやつ。毛布や枕のフカフカ度が家のやつとは桁が違う。
拘束されていないか、手足を動かしてみたが特に何かをされている訳ではないみたいだ。
大ダメージを負った左手は少し痛むが許容の範囲内に収まっていた。あの状態から一体どうやったんだ?
上半身を起こした。
「あら、起きたわね」
俺の隣に黒い角の生えた白衣のお姉さんが立っていた。
あの角があるという事はここは魔族のテリトリーという訳だ。
勿論、抵抗する気はないが身構えた。
「記憶は大丈夫かしら? どこか途切れている所はない?」
「いや、ないです」
「良かったわ。死んでても可笑しくない傷だったのよ」
この魔族。背中から真っ白い羽が生えている。悪魔の角みたいな奴とギャップがあり過ぎて違和感がある。だが、今はそんな無礼なことは言えない。
魔族はあのリンネですら最下級と言われる化け物どもだ。はっきり言って俺じゃあ勝ち目はない。
「傷の手当は感謝します」
「あら、怖がっているの? 可愛いわね」
「俺をどうするつもりですか?」
はっきり言って怖い。拘束はされていないし、このベットからしても悪い待遇ではないのは確かだが、万が一拷問なんかされたら俺はすぐにシルトを刃物状にして出して自殺する。
「あなた人間でしょ?」
「……」
「ふふ。そんな怖い顔をしなくてもいいわ。普通なら殺しちゃう所だけど、あの子が認めた子を私がどうこう出来る資格なんてないわ」
あの子? 俺が知っている魔族はリンネしかいない。だが、リンネは最下級の魔族だって言っていたし、この人が踏みとどまる権限を持っているとは考えにくい。
じゃあ、一体誰だ?
「自己紹介が遅れたわね。私はネフィーロット。あの子が認めた子だしネフィーでいいわよ」
「ケント……です」
「あら礼儀正しいのねケント君。楽な口調でいいわよ」
「……そうさせて貰う」
一触即発っぽくて言葉を選ぶのが予想以上にしんどい。
っというか、弄ばれている?
「所で、あの子とはどこまで行ったの? ……ごめんなさいね。お姉さんこういう事ばっかり気になちゃう性分なのよ」
そもそも、あの子って誰だよと内心思っているとドアが開いた。
「ケント! 起きたんだ!」
リンネが飛びついて来た。
「心配したんだよ! 三日も寝てたからもう起きないかもって」
「三日でも異常な速さなのよ。治りが早い子でも一か月は掛かる傷だったわ」
なんでかよく分からないが、今無性に嬉しい気持ちだ。
高校受験で成功した時以上の喜びが今そこにある。
言葉に表せないが、なんか生きてるって感じる。
「大丈夫? 涙出てるよ」
「えっ? なんだこれ」
指摘されて気付いた。なんで、涙が流れているんだ?
「どうやら、私は不要みたいね。急変したらまた呼びなさい。いつでも治してあげるから」
生を実感して泣いているのなら、目覚めた時に泣いているはずなのになんで今泣いているんだ?
リンネが無言で抱きしめてくれた。
なぜか余計に涙が出てしまう。他人のぬくもりってこんなに安心できるものなのか。
俺は気分が収まるまでリンネの背を借りた。




