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七話 死ぬな!

 三か月も何も飲まず食わずで森を彷徨っていたリンネが倒れた。


 さっきまで殺し合った相手だが、ここで死なれては非常に困る。


 今、俺の手にはリンゴがある。これをどうにかして飲み込ませないといけない。


「直接胃に入れる!」


 自力で飲めない相手に無理やり水分を入れると肺に入るかもしれない。そうすれば窒息。だが、このまま何もしなければ死ぬだけだ。


 何度呼びかけても、叩いても目覚めないリンネに俺は語り掛ける。


 もし、動けないだけで聴覚だけは生きているかもしれない。不安にさせないためにもやる事を声に出している。


「まず、液状化させたシルトを流し込む。それで胃まで管を作る。そして、そこにリンゴの汁を流し込む。一度呼吸を止めさせる。最速でやるが、死ぬなよ」


 緊張してきた。

 シルトの操作は難しい。リンネとの戦闘を経て、高速で展開する事には慣れたが、人体に入れることは初めてだ。傷つけない為に精密さが求められる。


 リンネの顔を膝に乗せる。


 戦っている時は意識していなかったが、リンネの角は真っ黒で髪は紫っぽい。


 はあ、緊張のせいか変な事ばっかり考えてしまう。

 ああ、リンネが異世界で初めて会った美少女ってやつだ。絶対に助けなければ……


 助ける理由は下品でも何でもいい。俺は医者じゃない。なら、少しぐらい下心があった位が頑張れるはずだ。


 大丈夫だ。俺なら救える。


 自己暗示をかけながら、リンネの口を手で開かせた。


「今から入れる。大きく息を吸い込んでくれ」


 シルトは手で操作した方が操りやすい。だから、直接手を口まで入れた。

 手を入れたことでリンネの呼吸がよく分かる。


 いち。にい。さん! 今だ!


 液状化したシルトをリンネに流し込んだ。


 医療には詳しくないが、肺の場所位は分かる。

 感覚を共有したシルトが肺に行かないように制御する。


 人間の体内は思っている以上に柔らかい。こんな化け物レベルの強さを持つリンネでもそれは変わらない。

 もし、これがリンネみたいな美少女じゃなくておっさんとかだったら躊躇ためらっていたかもしれない。


 絶対に救う!


「熱っ!」


 反射で手が引っ込みそうになったのを強引に引き留める。


 シルトの感度を上げていたせいで胃酸によるダメージを負った。

 涙目になりながらも目標に辿り着いた。


「今からリンゴの汁を入れる!」


 液状化させたシルトを固体化させて、内部だけ液状化させる。

 このシルトは水分の代わりには……なりそうにないな。正体不明の物質だし。


 これで即席の管が完成した。


 後はリンゴを流し込むだけだ。


 口に入れたシルトの形を変えて漏斗ろうとのかたちに変えた。


 回収する為に漏斗にしたシルトには触れている。


 残った腕でリンゴを持つ。そして、シルトでギザギザのある板で挟む簡易的な圧搾あっさく機を作った。


 ゆっくりと圧搾機を握る。


 すると、リンゴの汁がゆっくりと流れ始めた。


 横の状態では流れない事を知り、俺はゆっくり膝を上げてリンネの体を傾けた。

 空気イスみたいでかなりきつい体勢だ。


 両手で精密なシルト操作をしていると足にシルトを使う余裕はなかった。


 一気に果汁を入れると胃が大変なことになるかもしれない。だから、ゆっくり力を込めてリンゴを入れる。


 あと少しで、リンゴ一つが絞り切れる。

 そう思った瞬間。


「クソ! あのリンゴ自然落下もしてくるのかよ!」


 重力が増した。これはあのリンゴが落ちている前兆だ。


 今はシルトを出せないし、この体勢でこの重力は辛い。

 足が震える。


 だが、一番最悪なのがあのリンゴが落ちた時だ。


 あのリンゴがどこに落ちるか分かった物じゃない。

 俺一人なら身を守るのは簡単だ。だが、この状態じゃあ動くことすらできない。


 クソ! 一体。どうすりゃあいい!?


 頭を回す。この状態でどうすればリンネを()()()


 一つだけ方法を思いついた。かなり危険だが、やらないよりはマシだ!


「シルト展開!」


 俺は頭からシルトを出した。形状は帽子の逆。

 分かりやすく言えば、小学生の時にあった赤白帽子でつばを逆さにして遊んだ奴を巨大化させた。


 この状況で耐久力を上げることは出来なかった。だから、こんな形にらせた。


 リンゴがシルトを滑り、俺の頭に命中した。


 ――やべッ。これ意識が飛ぶ……


 視界がぼやけた。


「ッ!?」


 痛みで意識が一気に戻った。


「はあ、はあ。気にするな。ちょっとれただけだ」


 リンゴを持つ手から針状のシルトを作り手を貫通させた。

 ほぼ無意識的な行為だったが助かった。


 すぐにシルトで傷口を塞いだが少し血がリンネの口の中に入ってしまった。


 この緊急事態だ。ちょっとやそっとの事は許せ。


 リンゴを絞り切り、ゆっくり飲ませられた。


 呼吸の関係で一度シルトを解いた。


「はあ、ひとまず様子見だな。起きてくれよ」


 やっている最中は気付かなかったが、想像以上に疲れた。


 汗が顔から溢れ出ている。頭からの血が汗で薄まっている。

 チートを使ってこれなのだから手術をする医者とかは本当に凄い精神力の持ち主なんだろう。今までよく知らなかったが、もう医者に足向けて寝れないな。


 リンネを木陰で休ませる。

 脱水さえどうにかなれば、空腹はどうにかなる気がする。


 リンゴをシャーベット状にする力はあるし、胃が弱っていてもなんとかなるはずだ。


「死ぬなよ」


 俺は出血した頭の所をシルトで塞ぎ服で汗を拭いた。


 こっちもしばらく動けそうにない。出血もあるし、意識もかなり危険なレベルだ。

 頭に落ちやがったリンゴを食べながら今後を考えた。


 一番最悪なのが、リンネが治らずに死ぬことだ。そうなれば俺の努力は無駄になってしまう。

 それ以外なら後はどうにかなるだろ。


 俺の傷も見た目以上に危険だ。

 ただ、俺の場合は洞窟に戻って、謎の液体を飲みに行けばいい。


 今、考えるとリンネにあの液体を飲ませた方が良かったかもしれない。

 だが、あれを飲むと意識を失えないで痛みを味わい続けるし、あの液体は怪しすぎる。


 俺の傷はリンネが治ったのを確認したあと、地面を這いつくばってでも飲みに行けばいい。


 だが、そうのんびりしている暇はないみたいだ。


「最悪のタイミングだな。四ツ目熊」


 俺を瀕死にした四ツ目の熊が崖から降りて追いかけて来ていた。


 シルトを展開する。


「なあ、場所変えようぜ」


 リンネだけは狙わせない。


 正直、動くだけでもしんどいが四の五の言っていられる余裕はない。


 俺の提案に全く乗る気はないのか四ツ目熊は立ち上がり、爪を光らせた。

 あの技は一度受けた。


「二度目は通用しない!」


 液状にしたシルトを飛ばして熊の爪に纏わせた。


 鋭さを失った爪は斬撃を飛ばすことは出来なかった。


 俺から離れたシルトは操作することは出来ないが、解除をしないということは出来る。


 これで第一関門突破だ。これで奴は中距離攻撃が出来ない。

 リンネへの攻撃は直接こっちに来る以外にはなくなった。


 ただ、一番の難所があの目だ。


 魔眼みたいなやつであれが光ると動きを止められてしまう。


 四つ目があるという事は能力が違ったりするんだろうな。


 初見でそれらに対応しないといけないのか……いや、そんなことはやらせない。


「絶対に倒してやるから覚悟しとけよ」


 剛鬼のチートで上乗せされたパワーですらダメージを与えられない四ツ目熊だが、俺の頭の中では一つの勝ち筋が見えた。


 シルトを展開した。



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