六話 最下級の魔族?
俺はあの二人に巻き込まれただけの哀れな一般人。そう思っていた。
しかし、能力の事を考えるとどうやら俺はあいつらとは違った理由で召喚されたみたいだ。
そのことを知ってやる気が湧いて来た。
こんなやる気になったのは高校受験以来な気がする。
「今まで手加減してたの?」
「そんな訳ないだろ。命懸けだ」
「じゃあ、さっきの言葉は……」
俺はさっき、手加減をする必要はないと言った。
そうは言ったが、さっきまでの戦いで手加減したことはない。殺さない様にとは思っていたが今もそれは変わりはない。
こいつは殺さない。
捕縛して、この世界についていろいろ話して貰う。それに、一人で遭難するのはもう飽きた。
手に持っていた刃物状に変形させていたシルトを引っ込めた。
そして、角女に突進しにいった。
「《くず星》!」
接近と同時に後で降って来る魔法を放った。
俺は一瞬で剣を生成し、女に切りつけた。
「同じ手は効かないよ」
腕に集中させたシルトで防御された。
だが、それでいい。
俺は膝から刃物状のシルトを生やし、女の顔に打ち付けた。
剣で抑えたお陰で女は移動して回避することは出来ず、顔をのけ反らせて直撃は避けた。
当たりはしなかったが、女の前髪を数本切れた。
そして、今回の《くず星》も密度は低く、女も範囲に入っていた。
俺は気化したシルトを散らし、感覚を共有した。
それでどこから落ちてくるか分かる。
前は避けながら角女を警戒するだけで手一杯だったが、今は戦闘しながらでも躱せる。
肉体のスピードやパワー。その全てで俺は負けている。
だが、シルトを展開する速さだけは負けていない。
女の攻撃を避けつつ、チマチマと即席展開のシルトでダメージを与えていく。
避けられない攻撃は角度を付けたシルトで軌道を変える。直接打撃を受ければシルトを破壊されてしまう。だが、集中的に守っていれば当たり方次第では何とかなる。
攻撃が飛び交う内にだんだん女の動きが見えるようになっている。
しかも、先の行動まで読める時もある。
これが、慣れってやつか。
相手に慣れさせないために少し攻撃を変えるか。
攻撃を刃物から棒状のシルトに変えた。攻撃力は下がるが攻撃の癖が変わって相手は対応を変えなければならない。
そして、攻撃の手段を変えてすぐにチャンスが訪れた。
「しまった」
足から出したシルトで女の足を払った。
転倒していく女の姿がスローに見えた。
俺はシルトでバットを作った。
これまでの戦闘であの女の耐久力もある程度分かっている。
こいつは本気で殴っても死にはしない。
大きく振りかぶり、殺す気でスイングした。
「散れ。《爆星》」
「まず――」
女の手から球体が現れたかと思ったら視界が白く塗りつぶされた。
――――――
真っ暗な世界にいる。
俺は……死んだのか?
苦しい! 息が出来ない。
酸素を求めて俺は藻掻いた。
「はあはあはあ」
空が眩しい。どうやらまだ生きているみたいだ。
なんとか爆発する前に足からシルトを出して、地面に潜ることが出来た。
何が起こったか分からなかったが、辺りの惨劇を見る限り、俺が生きているのは奇跡だったみたいだ。
巨大なクレーターが出来ていた。観客席付きの陸上競技場を作れるほどの大きさだ。
「これにも耐えられるんだね」
「無理だ! バカ!」
クレーターの中心にいた奴に思いっきり言葉を飛ばした。
あいつ。俺との戦闘で本気を出していなかった。
あの大爆発はあいつの通常攻撃みたいだ。あの余裕そうな表情を見れば分かる。
ポーカーフェイスとかそういったものじゃない。
「《爆星》で死なない人なんて初めて見たよ。まあ、一度も誰かに向けて使ったことはないんだけどね」
「お前、四天王とかそういった幹部だろ?」
こんなハチャメチャな強さの奴が一般兵な訳がない。
もし、こいつが一般兵なら俺は土下座して魔王軍に寝返る。だって、そんな化け物集団に勝てるはずがないからな。
靴舐めは百回ぐらいは覚悟したほうがいいか。
ただ、そんな化け物が数人だけだったらまだ人類が勝てる可能性はある。
あの二人が成長すれば、こいつに勝てるかもしれない。きっと、あの天才二人の成長力はチートクラスのはずだからな。
「僕は最下級の魔族だよ」
「最下級?」
「そうそう。底辺って言えば分かるかな?」
こいつが一番下? そんなはずはない。
こんな辺り一面を軽く更地にするような化け物が最弱?
「あー。すいませんでした」
そっと土下座をした。
無理無理。人間に魔族は倒せませんわ。
内心変な口調になってしまうほどに無理だ。
人間の強さは分からないが、あのレベルはいないだろう。
「ん? もう戦いはおわり?」
「えー。私はー神聖なる魔族の方にー大変不躾でー愚かな行為をーしてしまいましたー」
適当に謝罪の言葉を述べる。
だって、こんな化け物より強い相手が大量にいる軍隊とか勝てる訳が無いじゃん。
それに俺は魔王を倒す為に召喚された訳ではないはずだ。ここで魔王の軍門に下るのも悪いはなしじゃない。
ただ、俺がここで生かされればの話だが……
「うーん。天使憑きでも悪魔憑きでもないしなぁ。でも、《爆星》にも耐えたし……分かった。仲直りしよう」
「仲直り、ですか?」
「そんな取ってつけた口調はいいよ」
女が歩いて来た。
仲直り? 何か怖い気がする。
あれか、ヤクザとかであるケジメみたいなものか。
確か、小指を切って相手に渡すというあの理解しがたいあのイカれた文化か。
クソ。指一本で済むかは分からないが、生きている限りどうにかなる。どんな仲直りになろうとも従うしかない。
「ほら立って」
土下座の姿勢からゆっくりと立ち上がる。
「手を出して」
恐る恐る手を出す。一本丸ごとやるつもりか?
目を瞑って震えていると手に予想していたものより柔らかいものが触れた。
ゆっくり目を開くと俺が触れていたのは手だった。
「これで仲直りだね」
「ああ」
なんか、こいつは俺が思っている以上に優しいのかもしれない。
「僕の名前はリンネ。君は?」
「健人だ」
どうやら、この異世界は貴族にしか姓がないタイプの異世界らしい。
それに合わせて俺は名だけを名乗った。
「ケントね。所で、なんでこんな場所にいるの?」
「異世界から召喚された。多分、昨日ぐらい」
「だから、あんな所で寝てたんだね」
信じて貰えるとは思わなかったが、意外とすんなり信じられた。
「自分で言うのは難だが、こんな事信じるんだな」
「ケントは変な服着てるし、普通の人間とは違った戦い方してたしね」
「確かに学生服はどんな文化が形成されようとも普段着になることはないだろうな」
なんとなくだが、このリンネという女は信用してもいいと思える。
一度は殺し合いをしたが、どうも憎めない。
「所で、リンネはどうしてここに?」
「西の方を制圧しろって魔王様に命令されて、そのまま迷子になちゃったんだよね」
笑いながら言っているが、結構危険な状況な気がする。
いくら強くても食料もなく森の中を彷徨えば、いつか死んでしまう。
「どれぐらいこの森の中に?」
「えっと、よく覚えていないけど三か月ぐらい? そろそろ空腹が辛くてね。あっ。ケントを食べたりはしないからね」
「三か月も飲まず食わずだったのか!?」
「まーそうだね。食べ物も見当たらなかったし。でも、僕は我慢強いから大丈夫」
空腹は我慢とかそう言った次元で解決できる問題じゃない。
確か人間は水がなかったら三日しか生きられなかったはずだ。
仮に魔法とかで水はどうにかなったとしても、食料無しだと二週間も持たないなずだ。
それなのに、三か月!? 十倍はあるぞ。個人差とかそういったレベルを超越している。
「本当に大丈夫か?」
「どうだろ? ケントと戦った時にかなり魔力を消費したから結構厳しいかも……」
そう言いながらリンネが倒れた。
「おい。どうした」
俺は倒れた体を持ち上げた。
「もしかして……」
顔を近づけてみると微かに息はしているが反応から診るに意識はないみたいだった。
唇の乾燥を見ても脱水症状があることは明白だ。
「はあ、しょうがない」
ここでリンネに死なれては困る。
この世界の事も知りたいし、魔族の強さについてももっと詳しく知りたい。
俺がこの世界に召喚された理由の手掛かりを少しでも見つける為にもリンネが必要だ。
それに目の前で死なれたら目覚めが悪い。
幸いリンネは最下級の魔族だ。助けた所であの二人の目標には大して邪魔にはならないはずだ。
更地になった所から辺りを見渡す。
あの切ったら重力が強くなるリンゴを見つけた。
「《かまいたち》!」
液状化した半透明の物質のシルトを操作して、遠くにあるリンゴを切った。
遠くから切られたリンゴは地面に勢いよく落ちた。
これほど離れていれば、なんの被害もないな。
足にシルトを纏う。
硬質化と液体化を組み合わせれば、移動の補助になるのではないだろうか?
少しでも早くしないとリンネに後遺症が残るかもしれない。
「くっ。動きにくいな。だが、もう慣れた」
初めこそ、ギプスを付けたかのように邪魔にしかならなかったが使うたびにコツを掴み、脚力が飛躍的に上がった。
車の中のように景色が流れ、あっという間に切ったリンゴの近くに到着した。
「おい! 起きろ。食べ物だ!」
意識がない相手に無理やり飲ませると肺とかに入ってしまう可能性があり、危険だと薄くなっていた記憶から呼び起こした。
中学の時に真面目に勉強して良かったと心から思っている。
「おい! 起きろ!」
何度も声を掛けながら頬を叩いた。
だが、返答する気配はない。
クソ! こんな状況なのに救急車を呼べない。こうなるんだったらもっと踏み込んで勉強しておけばよかった。
受験に関係ないからって途中で投げ出すんじゃなかった。
しばらく考えた。
「やるしかないか」
一か八かだ。
「胃に直接入れる!」