五話 もしかして別枠?
俺は魔族を名乗った角女に高速の《かまいたち》を放った。
あっちは俺を仕留めたと思っているはずだ。それにこの視界が悪い状況ならただでさえ早い《かまいたち》を回避するのは不可能だろう。
俺の予想は当たった。
《かまいたち》は回避されることなくあの女に当たった。
しかし、それは最悪の結果だった。
「お、折れただと?」
固体化したシルトが砕け散った。
鋼鉄を想起させる何かにぶつけた。
この辺にある木や岩ならシルトが砕けるはずがない。
そして、この場には俺とあの女しかいない。
つまり……
「へえ、人間相手にこれを使う事になるなんてね。悪魔憑きや天使憑きは別にしてね」
「おいおい。それは俺のチートのはずなんだがなぁ」
土煙が晴れると、そこにはシルトを展開した女が立っていた。
「これ、君のオリジナルの魔法だったの!? すごいね。人間にしてはよくやるね!」
「それはシルトだ。一体何をした?」
「へえ、シルトね。気に入ったよ! 僕の《コピー》で真似させて貰ったけどいいよね!」
はあ、こんな序盤で《コピー》なんてチート能力を持つ相手と戦う羽目になるなんてな。想像もしていなかった。
「駄目だ。って言っても無駄なんだろ? 俺の成長力にビビるなよ」
こういった真似をしてくる相手には戦闘中に成長して倒すというセオリーがある気がする。
所詮はコピー。オリジナルに勝てる道理はない。
……そう思った瞬間。俺の頬を敵のシルトが掠った。
「へえ、結構難しいね」
無理だこれ。全然見えないし、あいつのシルトの量がえげつない。
俺の数倍? いや数十倍はある。
それに威力も違う。あいつのシルトは俺に当たっていない。なのに俺の頬から血が流れている。
衝撃波みたいな奴が発生しているんだろう。
スピード、威力ともに俺を遥かに超えている。
ほんと、俺を突き落とした四ツ目の熊にしかり異世界に来て間もないのに出会ったのが化け物ばっかりだ。
こんな序盤ならもっと弱い相手に会いたかった。
チート能力で圧倒できる相手が良かったが、世の中そんな甘くはないみたいだ。
「どっちにしろ。成長するしか道がないか」
顔を叩き覚悟を決める。
どれだけ強かろうと生物である限りはどっかに付け入る隙があるはずだ。
多分、その隙はあの《コピー》されたシルトにある。
シルトはまだ謎の多い物質だ。
真の力が隠されているかもしれないし、まだやっていない運用方法もあるかもしれない。
それに一番の可能性としてはあの女のシルトの扱いの雑さが勝機に成りえるだろう。
パワーは桁違いだが、その分この距離からでも俺に命中させられていない。油断は出来ないが、攻撃においては大した恐怖にはならない。
ただ、防御面が面倒だな。あの膨大な量のシルトをどうやって削るかだ。
《かまいたち》とかの中射程の攻撃は確実に弾かれる。なら、近接戦闘しか勝ち目はない。
シルトを肘から出し、刃物状に変えた。
「また近接戦? 別にいいけど」
女は防御用のシルトを引っ込め、また上空に花火を放った。
確か、超遠距離魔法《くず星》っていう魔法だ。
落下物はもう怖くない。今の俺なら躱しながら行動することも出来るはずだ。
女に近づき切る寸前に手から剣を作り、切った。
シルトの展開するスピードは俺の方が上だったのか、女はガードをせずに躱した。
すぐさま、肘の刃で追撃する。
「凄いね。君、本当に人間?」
やっと、俺の攻撃が角女に当たった。
腕から赤い血を流している。小さな傷だが、ダメージを与えられたという精神的な余裕が出来た。
あいつは化け物なんかじゃない。
そう思っている間に《くず星》が落ちて来た。
今度は量こそ多かったが、前と同じ程度の密度であり避けるのはそう難しくはなかった。
シルトを防御に集中させようとしたが、俺は思い止めた。
「こっちを狙ってやがるな」
「気づいちゃったか」
今度の爆撃の範囲にあの女も入っていた。
シルトを気化させ感覚を共有する。直撃だけを避けて余波は生身で受ける。
視線を逸らさらず躱していく。
少しでも防御にシルトを使えばあいつは攻めてくる。
集中的に使わなければあいつの打撃を防ぐことは出来ない。それはお互い知っていることだ。
余波のダメージを防ぐためにはかなり大きなシルトの壁を作る必要がある。それを作ってしまえばあいつの攻撃を防ぐ術が無くなる。
正直、衝撃で飛び散って来る砂粒ですら俺の体を痛めつけてくる。いかに俺の肉体が脆いか嫌でも分かってしまう。
こんな貧弱な体でシルトを砕くあいつの打撃は絶対に耐えられない。
肘と手の刃物で牽制しつつ《くず星》を受け切った。
「はあ。はあ。これでお終いか?」
全身が痛い。余波だけでもこんなダメージがあるということはあの本体に当たってしまったら一撃であの世行きだな。
警戒をしながら刃物を向ける。
「すごいよ。君」
女は拍手を始めた。
チッ。まだ余裕しゃくしゃくじゃねえか。
「人間は簡単に壊れるから面白くないけど、君は違うみたいだ」
「じゃあ、見逃してくれないか?」
「うーん。個人的にはそれでもいいけど、魔王様から人間は殺せと命令を受けているから。ごめんね」
はあ、辛いなあ。
この世界には魔王がいるらしい。俺たちが召喚されたのはこの魔王を倒す為なんだろう。
人間を殺そうとしてくる魔王がいるという事はその魔王を倒す為に勇者が必要な訳だ。
辛い理由としては、俺は勇者じゃないことだ。
もう既に勇者格の天才二人が召喚されているせいだ。
真面目に勉強せずとも満点を出す天才の坪川とヤンキーで伝説も多い剛鬼。あの二人は召喚早々に己のチート能力に気付いている訳だし、それも賢者っぽい魔法の才能と純粋な暴力の才能とそれぞれに似合った力だ。
それに対して俺のチート能力はシルトと名付けた謎の物質を生成、操る力だ。
十分強い能力なのはいいし、現状この化け物みたいな女と戦えているのもシルトのお陰だ。
ただ、一つだけ納得のいかない事がある。
それは熊に襲われて殺されそうになった不幸とか謎の液体を飲んで悶絶し続けた事でもない。ましてやこの女に対峙したことでもない。
確かにそれらも愚痴の一つでも吐きたくなるような災厄だが、現実から目を背けることには何の意味もない。だから、そういう事は納得とかそういった次元を超えたものだ。
なら、何が納得いかないか。
それは単純な事だ。
俺の操るシルトは一体何なんだという事だ。
シルトの正体を知りたい訳ではない。なんで、この能力なのかが分からないのだ。
坪川は名門の学校でも天才だから、賢者が使いそうな魔法の才能を与えられた。
剛鬼はその界隈に詳しくない俺ですら知っている有名なヤンキーだから力の才能を与えられた。
二人とも召喚される前の才能を元にしている。
それに対し、俺のシルトはどうだ?
大した特技もないような凡人に与えられた能力とは思えない。
あの二人の例を取ってみれば、俺は坪川よりも肉体的に強いだろうし剛鬼よりは賢いはずだ。なら、身体能力と魔法の才能がどちらも微妙に与えられた方が納得がいく。
かっこよく言えば、いろんな状況に対応できるオールラウンダーとしてあの二人の役に立てたかもしれない。
これは完全な憶測だが、俺は魔王を倒す為に召喚された訳ではないかもしれない。
そりゃあ、ただ巻き込まれただけかもしれない。
ただ、それなら俺にシルトというチート能力があるはずがない。無能力の雑魚が精々だろう。
じゃあ、俺は別の理由で召喚されたという事だ。
はあ、辛いな。
あの二人に全部丸投げ出来るかもしれなかったのにな。
「もうお前に手加減する必要はないな」
この魔族はあいつら二人が倒すべき相手であり、俺がどうこうする相手じゃない。
少し前までは心の奥底でそう思っていたかもしれないだが、今はそうではない。
俺のシルトはあいつら二人の劣化能力じゃない。
そう思うだけでやる気が湧いて来た。




