三四話 血の盟約
また、俺は真っ黒の空間に立っていた。死にかけるとここに来るみたいだ。
俺はミヤを守れなかったのか?
微妙なラインだなー。
敵の目的だった血は取られてしまったが、一応ミヤの身柄は守れている。
それにあの女。おそらく人間じゃない。
「初めまして。私はあなたの世界の神とでも名乗りましょうか」
「また神さまか」
「私は現世に干渉致しません。私が見るのは一色薫。ただ一人です」
急に現れた女神さまが俺に話しかけて来た。どうやら本当に俺に興味がないのか目は明後日の方向を向いている。
「一色? 誰だ……そいつ。はっ!」
記憶が流れ込んで来た。
「あなたの魂。もとい運命力とでも言いましょうか。私の管理する世界でもずば抜けていました。今はこちらの世界を支配下に置く神に目をつけられて大変でしょう。しかし、あなたにはあの人のライバルという役割もあるのです。では、私はこれで」
「ちょっと。まってくれ」
記憶が溢れて頭がクラクラする中、女神を引き留めた。
「チートはくれないのか?」
「先ほども申し上げましたが、私は一人の男にしか興味はありません。なので、力を与える行為は致しません。しかし、それで何もしないというのも面白味に欠けます。一つだけ教えておきましょう」
女神は一枚の紙を取り出した。
「あなたが転移して死にかけた時に飲んだ液体ですが、あれは再生能力を与えるものです。どんなに大きな怪我、欠損であっても時間がある限り治るというモノだそうです。それ以外はあなたの素の力ということです。では、残りの時間は記憶の咀嚼に充てて下さい」
俺が四ツ目の熊に落とされた時に飲んだ液体の効果か。
正直、この情報が役に立つかどうかと言われても分からないが何も教えて貰えないよりかはマシと思うしかない。
「記憶の咀嚼か……」
昔の記憶を見ていると、自分が死にたがりなんじゃないかと思ってしまった。
これまでの人生での戦闘のほとんどを思い出したが、薫との戦いだけはどうもはっきり思い出せない。俺が一番強かった時期の戦いが思い出せないのはあの女神の意図なのかは知らないが、仕方がない。
思い出した範囲で戦闘に関する場所を中心に反芻した。
――――――
目が覚めると、両腕の感覚がしっかりあった。
視界も良好。体に異常はないみたいだ。
ただ、体が動かせる状態ではなかった。
なぜなら、二人の女性が俺を挟んで寝ていたからだ。
リンネとエンテだ。
腕を抱きしめ、もう片方の手をお互いに繋げ、俺の胸辺りで二人の手がある。
腕の感覚はかなりいい心地なのだが、胸に置かれた手を見ると百合の間に挟まってしまったのではという罪悪感が先行してしまう。
まあ、二人の美少女に添い寝をして貰っていることは百歩譲っていいとしよう。
だが一番の問題は誰も服を着ていないということだ。
本当は起きたかったが、状況的に起きれないと判断し、俺はただ無になる事を考えた。
しばらく続くと思っていた無の時間は扉が開いたことで終わった。
「あら、もう起きたのね」
ネフィーが俺に向かってそう言った。
「一日中、眠っていたのよ。この前より酷い怪我だったのに回復が早かったのは二人のお陰よ。エンテちゃんの回復能力をリンネちゃんは膨大な魔力を使って使い続けたの。今は気絶しているけど、エンテちゃんは二枚持ちになったわ」
エンテの翼が一対増えている。
「三傑なんて言われた私ですら成しえなかった二枚持ち。一体、どれだけの狂気的な願いを願ったのかしら。ちょっとだけ嫉妬しちゃうわ」
「その何とか憑きってなんなんだ?」
ずっと気になっていた疑問をネフィーにぶつけた。
「何なのかしらね。私も分からないわ。でも、天使憑きは誰かを守りたいという強い気持ちと適合する運があればなれるわ。悪魔憑きは世界への憎悪と聞いたわ。それで、エンテちゃんみたいに更に願い続けることで二枚持ちになれる。満足のいく回答かしら?」
「ああ。やっぱりヴィアは特別なんだな」
「それに関しては魔王ちゃんから直接聞いて欲しいわ」
そうか、エンテは俺の回復を願い続けてくれたのか。それも、翼が増えるほどに。
「出会ってそんなに経っていないのにこんなに想ってくれるなんて、いい奴なんだな」
「いいえ。エンテちゃんはお世辞にもいい子じゃないわ。興味のない相手にはとことん興味がないもの。だから、ケントくんは彼女の気持ちに応えないといけないのよ」
「そうだな」
最初はうざい奴だと思っていたが、関わっていくうちに手合わせに狂っているだけで、いい奴だと知った。それに今回の件では俺は多大な借りを作ってしまった。
「着替えを置いていくわね。私はこれで……半日は魔王ちゃんも来ないわよ」
ネフィーはウィンクをした後に出て行った。
後で片翼を手羽先にしてやろうと思った。
「ううぅ。ケント……私が助けるからな――」
寝言と共に目覚めかけたエンテと目が合った。
エンテは一度目を閉じてからまた開き、俺の方を見た。
「ケント!!」
エンテが抱き着いて来た。
「良かった! ほんとによかった!」
本気で心配していたことが伝わって来る。
「今回の件で、私はケントのことが本当に好きだって改めて気づいた。魔族とか人間とかそういう次元じゃないんだ。カイトには止められてしまったが、私の気持ちを受け取ってくれないか?」
エンテらしい、素直で直線的な告白を受けた。
「ありがとう。そういってくれてうれしい。でも、俺はこの世界の人間じゃない。いつか去ってしまう。だから――」
俺は元の世界に帰る。エンテの気持ちを受け取りたいが、無責任に受け取る訳にはいかない。
「血を分け合おう。俺たちは対等に契ろう」
相手の血を飲むということは魔族にとっては忠誠に近い意味合いがある。なら、互いに血を飲めば上下関係なんてなくなるはずだ。
「それはいい! では、同時に飲めるように口で……」
流石にエンテでも恥ずかしかったのか、少し口を止めた。
「私の犬歯は尖っているから、いい感じに噛める。だから、そのだな」
「分かった」
告白をあっちにさせてしまったし、今度は俺の方から行くことにした。
――――――
エンテと血を分け合った。
なんとも言えないが、お互いの位置が分かる気がする。そんなに正確ではないが方角は分かるような状態だ。
これが血を分け合う効果か。
「ケント! 何か見える! これが力の流れなのか?」
驚いた。俺の《見通す目》がエンテにも使えるようになっている。
「俺の《見通す目》を習得したみたいだな。血を分け合うことには何か効果があるみたいだな」
「ケントの方には何かないのか?」
「俺は……」
見た目には影響はないし、すぐに発動する能力じゃないから気づかなかったが、一つ前とは違う感じがする。
「熱の耐性を貰ったみたいだ」
エンテの異常なまでに上昇する体温の耐性の部分のみを貰った。微妙な能力に見えるが、努力とかでは決して手に入らない力で応用ができる。
「これで、パフォーマンスをさらに上げられる。最高の能力だ」
運動の副作用である体内の熱への耐性はそのまま体力や速度に直結する。地味に見えるがここぞという時に効いてくるすごい能力だ。
「よし! そろそろリンネも起こそう! 起きろー! リンネ!」
エンテが体を揺らすとリンネが起きた。
「お、おはよう。ケント起きたんだね。おめでとう」
リンネの表情が少し暗い気がする。魔力を供給していたと言っていたし疲れがまだ残っているのだろう。
「その、服を着てもいいかな?」
「あっ! 忘れてた! ケントの目は私が塞ぐから、リンネは先に着替えて!」
「う、うん。ありがとう」
俺を治療する過程で炎を使ったことで服が燃えてしまったらしい。本来モノを燃やさないエンテの炎だが、服だけは燃やしてしまったみたいだ。
俺たちは服を着た頃に再び扉が開き、今度はヴィアが入って来た。
「お兄ちゃん!」
俺に抱きついて来た。
「心配したんだぞ! もし、もしお兄ちゃんが死んだら全員殺してた。本当に本当に心配したんだぞ!」
この感覚に懐かしさを覚えてしまった。
「今回の事件。主犯を見つけ出して絶対に始末してやるからな! お兄ちゃんはここで待っていてくれ」
「主犯は邪神教の混沌派じゃないのか? 俺が戦ったラッセルっていう男はそう言っていたが」
その場が静まった。
「分かった。そやつらを滅せば良いのだな。我が手足よ。情報を集めそいつらを始末しろ」
有無を言わさない圧力があったが、エンテが手を上げた。
「すいません! 私は従いません! 魔王軍とか魔族よりもケントの方が大事なので!」
エンテは堂々と言い放った。
「……え? そ、そうか。なら仕方がない」
「混沌派の目的は邪竜の復活って言っていた。どんな手を使ったかミヤから血を採っていた。おそらく封印はダメだろう」
「邪竜か。なかなかに厄介な相手だな。奴は我の行動可能範囲に入りはしないだろう」
「行動可能範囲?」
「魔王は基本的に魔王城から出られない。そして、余程の緊急事態の時は魔都の城壁まで行ける。不便だが、初代魔王が古の神と結んだ契約のせいで逆らえない」
なかなか不便な制約があるな。人類側からしてみればありがたい話かもしれないが、今の俺たちにとってはかなり面倒な制約だ。
「我に取って、一番の敵は魔族側の内通者だ。明日。席取りを行う。ケントに重荷を背負わせることになるが、ネイルランド含め内通者を全員――殺せ」
「ああ」
殺しか。気乗りはしないが仕方がない。
そいつらはそれだけのことをやらかしたんだ。俺がきっちりと罪を償わせてやる。