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三一話 切磋琢磨

 子供たちに見えないようにカイトに土のドームを作って貰い、俺たちは朝の修行を始めた。


「エンテ。お互い素手で戦わないか?」

「ああ! 勿論だとも!」


 過去の記憶の一部を取り戻した影響か、体がついて来ていない感じがある。解消法としてとにかく戦闘を繰り返すことで感覚を取り戻すことにした。


 エンテは近接格闘のプロだ。おそらく俺の実力では勝てない。だが、それぐらいが丁度いい。


「ではいくぞ!」


 エンテが拳を突き出して来た。これは……


「手首への手刀。私の負けだな」

「本気でやってくれ」


 エンテは本気じゃなかった。こんなのは俺の望みじゃない。


「すまない。少し舐めてしまっていた。私と本気で打ち合いができるのはおじいちゃんぐらいかと思っていた。でも、どうやら違ったみたいだ。あとで後悔しないでくれ」


 サウナを彷彿とさせる気温まで上がった。いくらドーム状で密閉性が高いとはいえ、この気温の上昇は普通じゃない。

 エンテの真っ赤な髪が本物の炎でも纏ったかのように揺れた。


 体が震える。これは恐怖か。


「先輩! 危ないッ!」


 エンテの貫くような拳が俺に命中した。


「打点ずらしか。流石だな」


 防御をしたのに腕が痺れる。背後の土壁が崩れている所からするにこの攻撃で腕が痺れるだけで済んだのは幸運な方だろう。


「まだまだいくぞ!」


 防戦一方。だが、鈍い体が徐々に動き始めている。エンテの拳を捉え始めた。


「蹴り――」


 勝ち筋が見えかけた。だが、俺の意識を縫うかのように蹴りが飛んできた。

 予測していなかった動きに為す術もなく頭に蹴りを受けた。


「私の勝ち――」

「まて、まだおわちゃねえぞ」


 平衡感覚がない。立ち上がるのも難しい。だが、俺は立ち上がれた。


 血が脳が、世界を変える。


「もうこれ以上戦っても」

「あと少しでなにか見えそうなんだ」


 過去では何度も死の淵から這い出て、ようやく手に入った境地。今の俺なら一度の偽装の死に際で手に入れる。


「そう言うなら見せてみろ!」


 再び、光の槍のような拳が向かってきた。


「見えた」


 腕を掴み、少しいだ。


 次の瞬間、エンテが背中から地面に叩きつけられた。


「――っ!? 何をした! いいぞ! もっと見せてくれ」


 一瞬だけだが、意識を失っていたな。

 今度は警戒しながら攻撃を仕掛けてくる。


「ふははは! どうなっている! 当たらないぞ!」


 動きが分かる。だから避けられる。


「これならどうだ」


 蹴りを躱し、エンテ背後に回り、腕を首に巻き絞める体勢を取った。


「私の負けだ」


 エンテの体温が少し下がった。


「何が見えたんだ? 教えてくれ!」

「力の流れというかそんな感じ。ちょっと休ませてくれ」


 力の流れの目視する能力。これで力を見て疑似的に未来を視ていた。《力場を視る目》なんて昔は言っていたな。そのまま使ってもいいが少し異世界感を出して《見通す目(オールシーカー)》なんて呼ぼう。


「うっ。これは」


 エンテの背中から天使の羽が生えて来た。

 髪が本物の炎を纏い、周囲に放出されている。不思議と炎の形が蝶のような形に見えた。


「まさか、天使憑きの誕生に立ち会えるなんて、すごい幸運ですよ!」

「これが新しい力。《不死蝶の焔》」


 炎がドーム内を包んだ。


「俺の傷が治った」

「あちっ。あの! 自分は熱いんですけど!」

「味方に癒しを、敵には熱を。私にもツキが回ってきたぞ!」


 エンテが俺の前まで来た。


「ケント! 私に血を分けてくれ!」

「血?」


 訳も分からず聞き返すことしかできなかった。


「はあ、魔族にとって血を貰うということは相手を絶対に裏切らないという意思表示になります。つまり、この女は先輩にとって都合のいい駒になりたいってことです」


 裏切らないという意思表示というのは、まあ理解できる。だが、都合のいい駒という表現は気に入らない。


「ちょっと表現が悪かったですね。天使憑きで貴重な回復系の能力を手に入れたことでサポートが可能になったお陰で自信がついているだと思います。受け入れるかどうかについては先輩の判断に委ねますが――」


 カイトが俺たちの間に挟まった。


「別の世界から来た人間がその責任を負えますか?」


 警告か。


「オレたちがどれだけ先輩を信じようと、先輩が最後に裏切ることは分かり切っている。だから、期待させないでください。夢を見させないでください」


 そう言いながら、悪魔の羽を出した。


「先輩。俺とも戦ってくれせんか? オレの得意距離でお願いします」

「……ああ。分かった」


 カイトが何を考えているか分からないが、戦うしかない。これは話し合いで解決するような感情じゃない。男同士の戦いでしか分かり会えない。


「オレは殺す気で行きます」

「ああ」


 地面が消えた。今の俺なら回避できたが、抵抗することなく地下に落ちた。


 落ちた先には無数のゴーレムがひしめき俺を囲んでいた。


「カイト。悪い。俺は土に強い。《かまいたちまわし》」


 《かまいたち》を周囲に放ち、ゴーレムを真っ二つに切った。


「可笑しいなぁ。昨日まで苦戦していたゴーレムも何体かいたはずなんっすけど、一撃とは。コアまで正確に狙うなんて、バケモンっすか?」

「お前の能力には見覚えがある。ゴーレムで攻めて、本体はそうでもなさそうだが、本体の能力こそが本当の力だろ」

「なんでそんなことまで分かっちゃうんっすかね。まあ、知った所で対応なんて不可能でしょうけどね」


 《見通す目(オールシーカー)》が周囲の地面の隆起ととんでもない質量の物体がタックルをしてくることを予測した。


 足止めからのタックル。なかなかに厄介なコンボだが、相手が悪い。


 地面にシルトの板を作り、地面の変化を防ぎ、タックルは低い姿勢で受け力の方向を変えた。


「うわっ!」


 カイトは受け身も取らずに地面に激突した。酷い着地体勢だったが背中から受けた影響で大した怪我はしていないみたいだ。


 だが、あの勢いのまま背中を打ち付けたとなればただでは済まない。


「コヒュー。うぐ。はあ!」


 呼吸が絶え絶えになっている。

 あれはかなりツラいだろう。


 しばらく、悶え苦しむカイトを俺はただ見ていた。


「なんで、攻撃してこないんですか? オレを殺すチャンスだったのに」

「そんな過激なことする訳ないだろ」


 カイトの奴にどんな事情があるかは知らないが、あいつの中で何か譲れないモノがここまで掻き立てているのだろう。


「来いよ。何度でも相手をしてやる」

「……」


 カイトが下を向いた。


「いや、今回はやめておきます。まだ任務の途中ですし、修行の範疇を超えてますからね。ただ、エンテの件についてはもう少し考えて下さい。先輩の事は嫌いじゃないっすけど、オレたちは魔族で先輩は人間なんですから。じゃ。戻りましょう」


 感情が煮え切っていないみたいだ。カイトの奴。俺が思っている以上に闇を抱えていそうだ。

 どうにかしてやりたいが、俺ができることは今の所少ない。


 あまり思いたくなないが、カイトはどこかしらで裏切るだろう。その時に全部聞くしかない。


 ――――――


 今日の朝の修行を終えて、教会に入ると子どもたちが、翼の生えた二人の方に走ってきた。


「わぁー。天使の羽だー」

「悪魔の羽かっこいい!」


 男女で明確に憧れが分かれ、二人に群がっていた。


「ずっと気になっていたんだが、天使憑きとか悪魔憑きってなんだ?」

「お兄ちゃんの世界にはいなかったの?」

「いなかったな」


 ミヤは他の子どもたちと違い俺の頭に来ていたので聞いてみた。


「ミヤもよく分かんない。でも。人間と魔族を合わせても十人もいないぐらいの貴重な人たちって聞いたよ!」

「じゃあ、魔王様はかなり特別ってことなんだな」

「うん!」


 世界で十人もいない存在か。俺が知っている奴らではヴィアとネフィー、、そして魔王城に攻めてきた連中の一人がいたな。

 俺はそいつのだけは戦っていないが、ネフィーが力を行使したことで勝っていた。あいつは二対の羽が生えていた。魔王のヴィアは特別枠としても、そんな世界で一人いるかいないかの人があの場に来ていたのか。


「あっ! お兄ちゃんだけに教えてあげる。ミヤね。鱗が生え始めたんだ。ほら」

「おー。すごい堅そうだな」


 ミヤは服の袖を捲り、真っ黒の鱗を数枚見せてくれた。体から生えていて接着剤でくっついている感じはしない。


「お兄ちゃんだから見せてあげているんだからね。二人だけの秘密だよ」

「ああ」


 俺としては秘密にしてあげたかったが、ミヤが見せて来た時にリンネもこっちを見ていた。リアクションこそ出していなかったが、瞳孔が開き、驚いていた。


 つまり、ミヤの鱗は異常なモノなのは確かだ。


「あの赤い髪のお姉さんの羽を触って来てくれないか。どんな触り心地か教えてくれ」

「うん!」


 ミヤを離し、リンネの所に行った。


「あのこ、竜人なの?」


 リンネは小さい声で俺に聞いてきた。




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