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三話 これが俺のチートか

 剛鬼が熊と対峙している。


 まずはお互いに様子見をしていたが、先に動いたのは剛鬼の方だった。


 思いっきり振りかぶった拳は熊の胴体に入った。

 木を粉砕した拳に生物が耐えられるはずはない。


「えっ?」


 しかし、そんな予想とは真逆の事が起こった。


 剛鬼が俺の隣を通り過ぎて行った。

 いや、それが本当に人間だったかすら分からない速さだった。


 振り返ってみると頭から血を流した剛鬼が木にもたれ掛かっていた。

 一瞬の出来事で理解が追い付かない。


「おい! どうした!?」


 声を掛けつつ、俺の視線は水を飲めるように煮沸させている坪川の方に行った。

 どうやら集中しているせいで現状が分かっていないみたいだ。


 最悪なことに熊は俺の方をじっと見ている。


 なんとなく、あの熊の口からよだれが見えた気がする。

 完全に獲物を見る目だ。


 今の俺に大した戦闘力はない。少なくとも剛鬼よりは強くはない。

 殴り合っても勝てない。かといって、ここで剛鬼を置いて逃げる訳にはいかない。


 一番、自分が可愛い。それは誰だってそうだ。俺だって自分の命が一番大切だ。


 だが、今の俺は何か変だった。変だと分かっていてもそういう考えを選ぼうとしていた。


 ――ここでおとりになって二人を助ければ凄いかっこいいんじゃないか?


 最高に馬鹿げた作戦を思いついた。


 熊に遭遇そうぐうした時に絶対にしてはいけない事は背を向けて逃げる事。原理は分からないが、熊には背を向けた相手を追いかける習性があるらしい。


 だったら、背を向けて逃げれば熊は俺を狙ってくるはずだ。


 決断するのは驚くほどに早かった。


 もう分かっている。認めたくはないが俺は世界を救う主人公じゃない。その主人公とは無縁のただの巻き込まれた哀れな一般人だ。


 ここで全滅するよりかは俺みたいな奴が死んで、ここはゲームの世界じゃない事を教えてやる所だ。

 死にたくはない。死にたくはないが、ここでやらないと俺は一生つまらない男になる。それは駄目だ。


「うぁああああああ!!」


 発狂し、熊の注意を俺に向ける。

 それと同時に集中している坪川に緊急事態であることを伝える。


 それに大声で叫ぶと死への恐怖が少しだけ薄まった気がする。


 二人の目からは俺は熊相手にビビって逃げた軟弱者に見えるだろう。それでいい。

 俺の死を間抜けだと言ったって構わない。むしろ、そうやってあざけられた方が後腐れがないってもんだ。


 まあ、まだ死んだ訳じゃない。

 川を下って行けば、町があるかもしれない。希望はゼロじゃない。


 そうして、俺は四ツ目の熊から逃げ切れず崖から落ちてしまった。


 ――――――


 起きた。

 切り裂かれた腕と胴体が痛い。


 どうやら、天国ではないみたいだ。

 まだ地獄の可能性もあるが、鬼もいないし拷問器具もない。


 じゃあ、俺は生きているという訳だ。


「いてぇ」


 傷口を見ると大量に血が出ていた。鼻血以外でこんな湧き出る出血は初めてだ。


 このままだと死ぬ。

 痛みは脳内麻薬のお陰で許容範囲内だが、この出血は普通に死ぬ。


「はあはあ、回復の魔法さえ使えりゃーな」


 壁を掴み、立ち上がる。血が溢れ出るが気にするわけにはいかない。


 もうじき貧血で動けなくなるだろうが、僅かに残った希望に手を伸ばす気力だけは残っていた。


「洞窟か。薬草とかねーかな?」


 ここはきっと異世界だ。それも魔法有りの世界だ。坪川は転移してすぐに魔法を使っていた。

 なら、どんな傷でも治す魔法の薬草みたいなものがあってもなんらおかしくはない。


 きっと、この洞窟は隠し系のアイテムがある。っていうかそうじゃないと死ぬしかない。


 壁を伝いながら暗闇に消えて行く。


 意識が遠のいているのか、周りが暗いのかその違いも分からない。

 平衡へいこう感覚もなくなって来た。


 ここは宇宙だと言われても反論できないほど浮遊感がある。


 歩いているのか寝転んでいるのかすら分からない。


 彷徨さまよっていくうちに液体の入った何かに手が乗った。


 真っ暗で何も見えないが、手にドロッとした液体が触れた感覚だけが確かに神経を撫でた。


 もう動けそうにない。

 一か八かだ。例えこの液体が硫酸であっても俺はこれを飲むしかない。


 顔を液体に突っ込んで思いっきり飲んだ。

 ――めっちゃ不味い。


 そんな味を感じて俺は喜んだ。


 良薬は口に苦し。

 用法が全然違う事は分かっている。あいつ(坪川)のノートの問題にあったから使い方は知っている。だが、どうしても頭の中にその言葉が巡っていた。


「ぷはっ。これは薬草だ!」


 そのまま俺は倒れた。

 いきなり体の操作をする権利を奪われたみたいだ。


 きっと治る。そう信じていると体中から激痛が走った。


「ぎゃああああああ!!」


 痛い。特に腕と胸の傷口がきつい。


 熱湯。焼きごて。そういったものが脳をよぎった。

 地獄の可能性を無視していた自分にいら立ちを隠せない。


 その怒りで何とか自我を保つ。


 痛いのに意識を手放せない。傷口以外の場所は細胞一つ一つが内部から破裂しそうな程(ふく)らまされている。


 ――――――


 何分? 何時間? 何日? 何か月?


 時間の感覚すらなくなりながらも、俺は痛みに抗った。


「はあ、やっと。やっと収まったか」


 一度も意識を失わなかったせいか、すごい眠い。

 傷口がどうなったかは分からないがもう寝ることにした。でも、油断しすぎて寝過ぎたら不味いかもしれない。洞窟にいる生物に死んだと思われて食われてしまうかもしれないしな。


 自然に任せて目を瞑った。


 ――《学習》


 目を開けた。

 眠気が一切なくなっていた。


 体感では数分しか寝たつもりしかないが、体も心もスッキリしていた。


 とにかく、目も覚めたし外に出ることにした。


 意外と入り組んでいた洞窟で迷子になりかけたが、最終的には外に出ることが出来た。


 外は快晴だった。


 明るい場所に出たし、傷跡を確認した。


「おー。あとは残っているけど治っている」


 今まで個性が無かったことを考えるとこんぐらいの傷跡はいいかもしれない。

 それにこんな風にプラスで考えていた方が精神的に楽だ。


 今、俺は一人で未知の森の中にいる。サバイバルの知識は皆無。一晩を越せるかすら怪しい。


「とにかく、腹が減ったな。木の実とかねぇかな?」


 喉も乾いているし、空腹も酷い。一体、どのぐらいの間あの洞窟の中で激痛にさいなまれてたっていうんだ?


「おっ。丁度いいところに……」


 リンゴっぽい果物がっていた。

 一点を除いては最高の状況だ。


 それは、とても素人が登れそうになさそうな木であることだ。


 余裕があれば、もっと採りやすい場所にある物を探すが今は空腹に耐えられそうにない。


「チート能力目覚めてくれよ」


 残された希望は坪川や剛鬼の様に俺にも何かしら特別な力が宿っていることに賭けるしかない。


 多分、あの二人に宿った能力と同じ系統のものは望みが薄いだろう。憶測しか出来ないが、同じ能力だと連携とか面倒な気もする。

 もし、チートを与える神がいるとしたらそうはしないはずだ。


 じゃあ、一体どんな能力なのか?


 見当すらつかないが、まずはあのリンゴを落とせる能力であることを祈るしかない。

 こうなったら、総当たりするしかない。


 リンゴを得るをゴールに設定し、俺はいろんなチート能力をイメージして体を動かした。


 重力を操る力……違う。

 念動力……違う。

 生物以外に限定された念動力……違う。

 空中浮遊……違う。

 瞬間移動……違う。

 異世界から物を取り寄せる能力……違う。

 枝切りバサミを召喚する能力……違う。

 動物の声が分かる……違う。

 不老不死……多分違う。リンゴに関係のない能力は検討すべきじゃない。

 触れた物を燃やす能力……違う。

 植物を操る能力……違う。

 かまいたちを発生させる能力……。


 そうやっていろいろ試していく内に、何か掠った気がした。


「斬撃系か」


 不可視の刃を放つかまいたちを思い浮かべてみるとようやく成果が出た。

 目の前の木に少し切れ込みが入った。


 能力をイメージした時に目を瞑ってしまったせいで、実際はどんな能力かは分からないが十分すぎる成果だ。


 能力の実態は掴めていないが、ひとまず斬撃を飛ばす能力だと決めつけてリンゴを狙う事にした。


 ひたすら、切り裂くことだけを考えて得物のいる上空を見ていた。


 初めは、数十秒をかけて抜刀をするイメージすれば、百回に一回出ればいい方だったが何度もやって行くうちに徐々に成功率やイメージにかける時間が短縮されていった。


「よし!」


 精密なコントロールは出来なかったが、何とかリンゴに斬撃が当たった。


 リンゴの汁が顔に降りかかって来た。口を開けると数滴、口の中に入って来た。


 ほんのり甘い風味だけが口に広がった。こんなんじゃ全然足りない。


 何回もやって行くうちにある程度、斬撃をコントロール出来るようになり、とうとうリンゴの切り落とす事に成功した。


 落ちて来るリンゴを掴もうと手を伸ばしたが、咄嗟に嫌な予感がした。


 なんとも言えないが、重力を感じた。

 雰囲気的なものじゃない。明確に俺の体が数十キロ増えた。鉄アレイを体中に巻かれたみたいだ。


 状況からみればこの現象の原因はあのリンゴで間違いない。

 しばらく止まっていた事と急な重力の増加のせいで動けなかった。ただ、体を丸めることしか出来なかった。


 リンゴが地面に触れた。


 ――瞬間。そこを中心として小規模な爆発が起きた。


 土煙が当たりを覆った。

 俺はそこである異変に気付いた。


「砂が来ない? それにこれは……」


 俺の周りに半透明の壁が出来ていた。

 壁に触ってみると水あめっぽい粘度のある感触がした。


 どうやら、触れても問題はなさそうだ。


 水あめ状の壁に更に手を突っ込んでみると今度は硬い感触がした。


 砂煙が晴れると壁だけが残った。


 その壁は一向に消える気配がない。

 ふと、そこでかまいたちを撃とうと思った。


「なるほど、能力が分かったぞ」


 その壁が変形し、刃物みたいになって木に突き刺さった。

 更に確認の意味を込めて、ゆっくりと壁状に戻した。


 予想が正しければ……


 最後に俺の体に入るようにしてみた。これで、体に入ってきたらこの液体っぽい物質の所有者は俺にあるという事になる。


 結果、俺の予想通りその液体の物質は俺の中に吸収されていった。


 少し不思議な感覚だったが、本来あったものが戻ってきてスッキリした気分がする。


 坪川が使っていた魔法らしきものを俺も使えるようになった。


 体から出る半透明の魔力っぽい物を硬質化させたり液状化させたりできる。

 多分、中・近距離戦闘向きの能力だった。


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