二八話 元の世界
星が輝く夜空の下でリンネと二人っきりでいる。
「ケントってさ。いい意味でバカだよね」
「そんな変なことしてたっけ?」
「だって、初対面で殺そうとしていた人の命を命懸けで助けるもん」
「そんな事もあったな」
リンネとの初対面はそうだった。
俺は人間だからという理由で殺されかけた。序盤で会う相手とは思えないほどリンネは強かった。
「あの時は魔力が限界で本気を出せなかったけど、逆に良かったよ」
「本気のリンネと戦えば俺なんて一瞬だろうな」
「どうだろうね。でも、今はケントも強くなっているし最下級の魔族の僕じゃあ勝てないかもね」
リンネは自分のことを最下級魔族と思い込んでいる。
だが、実態は魔王から魔神の生まれ変わりと言われているラスボス級の戦闘力を誇る。
あまりにも強すぎて大抵の魔族が戦う前から負けを認めるほどだ。
「実はね。ケントが助けてくれた時。体は動かなかったけど、全部聞こえていたんだ」
あの時は聞こえているかもしれないと思って語り掛けながら処置をした。
「だから、あの熊と戦っている時も知っているよ」
「あの時は死を覚悟した」
「だよね。元々、致命傷だったもん」
リンネとの戦闘でシルトを割られて、治療する過程で頭に重力リンゴを受けた。
今でもあの状態でよくあそこまで戦えたなと自分でも思う。
「今更だけど、ありがとうね。あの時、血を流してまで助けてくれたからボクがここにいれる。ケントのお陰だよ」
「それはどーも。俺もリンネのお陰でこの世界に馴染めた」
「はは。そんなのボク以外でもできたよ。それに魔王様に気に入られたのはケント自身の力だよ。きっとこの世界に来ることはモテたんだろうね」
「ふっ」
俺がモテるか? すべてにおいて凡庸な存在が異性から好意を抱かれることはあまりない。モテる奴らというのはどんなジャンルであっても極端な奴らだ。
「……ねえ、ケントはさ。元の世界に帰っちゃうんだよね。そっちの世界について教えてくれないかな? 特に交友関係とか知りたいな」
元の世界か。
話をする為に過去を振り返ろうとした。
しかし、記憶の一部が欠け落ちている事に気付いた。
あれ。可笑しい。家族の事も知識も正常だ。だが、交友関係がほとんど思い出せない。クラスメイトとかちょっと交友がある程度の奴は思い出せるが、重要な人間ほどほとんど思い出せない。
「ケント? 大丈夫?」
俺の名前は里川健人。高校受験を少し頑張って名門慶統高校に入学した高校一年生。家族構成は両親と妹の四人家族。
異世界に行く直前に坪川と勉強を……
「なるほど、そういう事だったのか」
ずっと疑問に思ってきたが生きるのに必死で気にしていなかったことがある。
それは、俺の戦闘慣れがあまりにも早すぎることだ。
平和で安全な世界から転移してきた高校生がいきなり命を張った行動をしたり、他人と戦闘なんてできるはずがない。
俯瞰的になってようやく考えることができた。
そのお陰で、ほんの少しだが思い出せた。
「リンネ。俺は超能力やダンジョンのある世界からやってきた」
俺は元々戦闘が日常にあった世界からやって来た。だから、戦闘慣れがあまりにも早かった。
「へえー異世界は魔法も剣もない世界って聞いたことがあるけど、ケントのいた世界は違うんだね」
「ああ。俺もあまり思い出せないが、たった一人思い出したんだ」
前の世界で俺が戦った世界最強の男。一色薫という男を思い出した。厳密にはあいつが起こした天変地異を。
「地面を一瞬で奈落に変えて、鉄より遥かに硬いゴーレムを作成する男。あの世界は今の俺の常識の範囲に収まっていなかった」
「それって、カイトみたいな能力だね」
「ああ。それで、多分あいつもこの世界に来る」
薫の奴は神から寵愛を受けている。あいつが望めばこの世界に来ることも不可能じゃない。
「そして面白半分で確実に俺の敵になる。あいつはそんな奴だ」
あいつの実力はヴィアすら凌ぐ可能性がある。あいつが本気で敵になったらここら一帯は確実に吹っ飛ぶ。
「どれだけ強い人でもケントの敵ならボクも戦うよ」
「ありがとう。よし! かなり先の未来を考えるよりも目先の事だ。ミヤのために四天王を一人引きずり落とすことを考えよう」
過去の俺がどんな手を使ってあの化け物と戦ったか思い出せない以上はどうしようもない相手より、今は確実に倒せる敵から解決したい。
「すごいね。ケントはこっちに来てからすごい成長しているよね。もう、ボクじゃ到底敵わないかもね」
リンネは自己肯定感が低いせいでその圧倒的な能力を生かし切れていない。
「リンネも俺の修行を手伝ってくれないか?」
俺が異世界で戦った中で、底が知れなかったのは師匠ゲルバルドさんと魔王ヴィア。それとリンネだけだ。
ゲルバルドさんとヴィアからはかなり鍛えて貰ったが、リンネからはまだ学んでない。
本当は魔王直属部隊の二人と切磋琢磨をすることで実践勘を鍛えようとしたが、前の記憶のお陰か実践経験の時間を削ることができる。
「ボクもいいの? 役立てるか分からないけど……」
リンネを除いていたのには事情がある。単純な話、レベルが違うからだ。リンネとは共に成長すると言うよりかは、あっちが枷を着ける練習にしかならない。
それなら、リンネにとってもいい事ではない。だから、修行を誘っていなかった。
「俺たち仲間だろ。気にすんな」
だが、今の俺ならリンネ相手でも善戦できる。シルトの能力をいくつか思い出した。
「ありがとう」
リンネの笑顔が俺の何かを刺激してきた。
「あっ。ケントって彼女とかいるの?」
「えっ?」
「……? あっ」
リンネが急に赤くなった。
「あの、そういう意味じゃないよ。エンテが気になっていたみたいだからね。ボクはケントに彼女がいるかもとは思うけど――」
「いないぞ」
「そうなんだ! 見る目がなってないね。そっちの世界の人たちは」
出会いは何度かあった気がする。だが、そのすべてが最後には別れになった。だから、俺には彼女なんてモノができたことはない。
「そろそろ寝ようか。明日からは修行で疲れるだろうから」
「うん。ボクも寝るよ。おやすみ」
元の世界か……