二六話 帰るために
病室で寝ているゲルバルドさんの隣にあるイスに座った。
「ケントくんは、今までに修行したことはある?」
修行か。練習という意味なら中学校の時は陸上部にいたからした事があるが、あれは修行とは言えない気がする。
あくまで、修行は戦うための訓練だ。
「こんな本格的な修行はやったことはない」
「凄いわね。この世界に来て初めて命の危険に晒されたっていうのに頑張れるのね」
別に俺は凄い人間なんかじゃない。
坪川や剛鬼の方が凄い。
俺はあいつらを天才なんて言っているが、努力をしていないはずはない。
ここで俺がどれだけ頑張った所であいつらの一歩後ろに追いつくのが精々だろう。
「なにか自信なさげね。もしかして、あの子たちの才能と比べてないかしら」
「リンネたちの事か。確かにあいつらは凄い奴らだ」
エンテに勝ったとは言え、あれは状況が特殊で更に一度見たことのある攻撃だったという奇跡が重なった結果だ。普通に戦えば俺は負けているだろう。
リンネとカイトは言わずもがなあの桁違いの魔法を行使できる実力がある。
「あの子たちは特別よ。リンネちゃんは当然だけど、残りの二人も私でも勝てるか怪しいもの」
「ネフィーよりも強いのか?」
「仮に力を数値化出来れば、私が勝てる要素は少ないわね。ただ、経験差でなんとか勝てる位ね」
ネフィーは悪魔の翼を二対持っている相手に勝っていた。
天使憑きとか悪魔憑きの詳しい事は分からないが、四対あるヴィアの力を見れば翼の数が多い方が強いという事はなんとなく想像がつく。
ネフィーは一対しかない。どれぐらい差が開いていたかは分からないがそれでもネフィーは格上の相手を倒していた。
「あっ。ごめんなさいね。私は回復魔法しか教えていないの」
「いや、そんなつもりはない……経験ってやっぱり大きいな」
「そうね。いろんな経験は絶対に役に立つのよ」
戦う経験はこの世界のほとんどの人は俺以上にあるだろう。
「俺。強くなれているかな」
自分のものさしでは強くなれているのは分かる。だが、この世界の基準として俺がどれぐらいの立ち位置なのかはよく分からない。
「ふふ。ごめんなさい。ゲルバルドと同じ様な考え方でちょっと懐かしく感じたわ。彼も若い時はそんな事をずっと言っていたわ」
「あのゲルバルドさんが?」
「ええ。私とゲルバルドともう一人のネクロマンサーの子と隊を組んでいた時はいつも自分の弱さを嘆いていたわ。彼、一番弱かったから」
あのゲルバルドさんが弱かった?
その時の話が凄い気になる。
「私の弟子に余計な事を吹き込むのは止めていただけますかな」
ゲルバルドさんが目覚めた。
「あら、ちゃっかり起きていたのね。最近は狸寝入りが得意な子が多いのね」
「寝たフリを指示したのは一体どなただったかな?」
「もう目覚めていたんですか?」
「ええ、この人に指示されて下手な芝居をうってしまいました。体は動きませんが、会話は出来るほどには回復しています」
良かった。これで子供たちも安心できる。
「私がいない間。子供たちを守ってくれてありがとうございます」
「いえいえ、俺はそんな大したことはやっていないです」
「なんと謙虚な」
俺はただ力を使っただけだ。一番の勇者は俺じゃなくて好きな子の為に行動したコウだ。
「ネフィーロットから話は聞いています。私が問題を先延ばしにしていたせいで、巻き込んでしまいました」
「ゲルバルドさんは悪くありませんよ。あのクソ野郎が悪いだけです」
四天王の一人、獄炎のネイルレンド。あいつだけは許さない。
必ず、俺の手でその座から引きずり降ろしてやる。
「失礼します」
決意を固めていると扉が開いた。
「準備が整いました」
「あら、もうこんな時間なのね」
一体なんだろうか?
「ケントくん。とある人が君に会いたがっているの」
「とある人?」
俺が知っている相手じゃなさそうだ。
「邪神教の一人よ」
「あいつらか。洗脳されていたんだっけ」
「情報源はよく分からないけれど一人、ケントくんが異界から来たことを知っていたわ」
俺が異世界人と知っている?
別に異世界から転移してきたことは隠してはいないが、そんな噂で広まるような範囲で教えたつもりはない。
それにあいつらが来たのは俺が初めてリンネに異世界から来たことを伝えた三、四日後だ。俺の事を知っていること自体がありえない。
「行きなさい。私は大丈夫です」
「はい。子供たちは任せて下さい。命を懸けてでも守り抜きます」
ゲルバルドさんに背中を押して貰い、俺はその男に会う事にした。
――――――
薄暗い地下室でその男は手錠をしたままイスに縛り付けられていた。
ドラマで見る取り調べ室みたいな部屋で向かい合った。
俺を呼んでいたのは俺が刀を奪ったリーダーの人間の男だった。
「二人きりにしてくれ。そっちの方がこの子供の為になる」
一番最初の言葉がそれだった。
「どうする? 私たちは別に構わないけれど」
「そうだな。二人にしてくれるか」
「分かったわ」
こいつの情報網がどんなものかは知らないが、坪川や剛鬼についての話だったらネフィー達に聞かれるのは困る。
ネフィーとその部下たちが退出していき、金属の扉が閉まった。
「ガルバディだ。ガルバでいい」
「ケントだ。なんで俺を呼んだ?」
「まあ、そう焦るな。数日ぶりの人間との会話だ。少しゆっくり話そうじゃないか」
ガルバの目的は分からないが、特殊な手錠をされていて暴れる気配はない。それに捕虜になっている相手だ。
そこまで警戒する必要はない。
「もう知っていると思うが俺は邪神様を信仰する邪神教徒だ。俺は人類を救う協調派だ」
「協調派? 宗派か?」
「そうだ。分かりやすく言えば俺は邪神様の力を借りて、邪神様以外が平等な世界を作りたいっていう思想だ」
それと似た思想を俺は知っていた。
神は人の上に人を作らずと言う有名な言葉がある。確か福沢諭吉の言葉だった気がする。
ガルバはそれを実現したいらしい。
その思想を咎める気はない。
「それで、要件はなんだ?」
「邪神様が仰っていたが、お前も力を貰う予定だったみたいだな」
「……」
「俺たちはある意味同胞って訳だ。仲良くしようぜ」
やはり、あの夢に出て来たあの黒いもやの掛かった奴は邪神だったか。チートをくれるって言うから即答したが、結局別の女神みたいな奴が来て阻止された。
「俺は魔族に恨みがある訳じゃないし、俺を倒したお前にも恨みはない。むしろ、洗脳から解放してくれて感謝しているぐらいだ。それに同じ力を授かろうとした兄弟でもある。魔族の奴らには聞かれた事にしか答えてないが、ケント。お前には俺の知っている情報を教える」
どうやら情報をくれるみたいだ。
俺は一つだけ気になる事があった。
「俺が元の世界に帰る方法はあるのか?」
王道なら魔王を倒すとか特別なアイテムを集めるとかを想像していた。
もし、魔王を倒せだった場合を考えて俺は魔族には帰還の条件を聞かなかった。
邪神とかいかにも討伐されそうな神を信仰しているガルバなら何か知っているかもしれない。
「ある。しかも、簡単だ」
「教えてくれ」
「召喚してきた奴らが持っている『帰還の書』を使えばいい。奪う手間はあるがそんなに難しいことじゃない」
帰還の書か……
よし! これならあのバカ強い魔王を倒さなくてもいい。
仮に俺が凄い力を持っていたとしても妹に似ているヴィアと殺し合いなんてしたくなかった。
「その召喚した奴らはどこにいるんだ?」
帰り方さえ分かってしまえば後は俺たちを召喚した奴らを探し出して、帰還の書を強奪でもなんでもして手に入れれば帰ることが出来る。
坪川と剛鬼を見つけ出して、三人で帰る。
「わりぃ。それは分からない。ただ、今回はどうやら三つの団体が同時に召喚を行ったらしい。俺の情報だとシルバ王国と邪神教の混沌派だ。もう一つは分からない」
「シルバ王国と混沌派だな」
「ああ、シルバ王国は人間の中では一番大きい国だ。混沌派は世界を意味もなく滅茶苦茶にしようと企むヤバい奴らだ」
なるほど、これで俺が元の世界に帰る為にやらなければならない事が分かった。
場所が割れているシルバ王国に行って帰還の書を奪う。
運が良ければ邪神教の混沌派から奪う。
最終目標が決まった。
「ありがとな。これ返そうか?」
机に刀を置いた。
使わないからただのお飾りだし、今回の情報だけで洗脳されていた時に受けた膝蹴りは許そうと思った。
「いや、いい。俺は操られていたとはいえこの国の王に牙を剥いた。処刑は確実だろう」
「そうか」
「ただ。もし一つわがままを言えるのなら、長年連れ添った相棒で最期を迎えたいぐらいだな……気にしないでくれ。俺はあの世でお前を応援しているからな」
無言のまま、刀を戻してから部屋を出た。
なんか、負けた気がした。
あの男は俺が勝った相手だ。しかし、相手は洗脳された状態で全力じゃなかった。
「もう終わったのかしら?」
「ああ」
「ご機嫌斜めの様ね。何かあったの?」
「わがままを言っていいか?」
「面白そうね」
元の世界に帰るには全く関係ないが、どうしても本気のあいつらを倒したい。
「あの三人と戦わせてくれ」