二四話 暗闇での戦闘
「あっ。これ渡しておくね。こっちは切りはしないから自由に攻撃してね」
何かを投げられた。
それは刀だった。使った事はないが、エンテは俺の戦闘スタイルを刀を使ったものだと勘違いしている。
気化シルトで相手の動きを見る。
真っ暗で何も見えないが、大まかな位置は分かる。
あいつも暗闇で何も見えないだろうが、何かこっちを捉える能力を持っている。
「なるほどな。じゃあ……」
俺は不意打ちの《かまいたち》を放った。
気化シルトの操作はある程度できるようになったが、広範囲に及んでしまったものを操作する能力はない。
俺はシルトの残量を完全に把握している訳ではない。このままシルトを流失させ続けると確実に限界がくる。
だから、不意打ちで短期決戦を挑んだ。
「おっ。見えなかった!」
ッ!?
上半身のバランスを崩された。
何が起こった!?
俺は確かに《かまいたち》を撃った。しかし、あいつの気配は変わっていない。
剣を少し動かしたとか細かい動きは分からないが、倒れたりしたら流石に分かる。
訳も分からずにいる隙をエンテは見逃してはくれなかった。
「こんなもの?」
急接近と同時に剣を振り上げられていた。
この体勢で躱すのは無理だ。
俺のスピードであの剣から逃れる方法はない。
「シルト!」
俺は空中にシルトで作った板を展開した。
その板を腕で弾き、体勢を変える。
そして、エンテにタックルをした。
「おおっ」
なんとか剣を振られる前に距離を取れた。
ここで新技が役に立つとは思わなかった。
「シールド」
どういう訳かあいつには《かまいたち》が効かない。
残りのすべてのシルトを盾に注ぎ、耐久力を大幅に上げた。
これで、気化させたシルトがなく暗闇で相手の居場所が全く分からない状況になった。
どう立ち回れば、こいつに勝てるか。
……いや、別に勝たなくてもいいか。
何か懸かっているいる訳でもないし、修行の一環程度に考えるか。
「来ないのか! じゃあ、こっちから行くぞ!」
エンテが盾にぶつかった。
「盾? いつの間に!?」
動揺している隙に湖の奥の方までバッシュしてやる。
「まあ、対策はあるけど」
「その技は……」
突っぱねると紙にでも当てたかのような感触のなさだった。
それと同時に腕を掴まれている事に気づいた。
「はい。お終い!」
「お前がな」
盾から少し回収したシルトで作った刃の無い短剣を押し当てた。
「ありゃー。これは投げるより先に刺さりそう。私の負け」
「……あの距離のエンテに勝った?」
これで俺の勝ちだ。
「どうして事前に動きが分かったの?」
「あの盾を流すやつは、一回受けたことがあるからな」
あれは修行初日にゲルバルドさんと手合わせをした時に受けたことがある技だった。
もし、事前に知らなかったら俺は確実に地面に投げられていた。
「私の戦い方を知っていたのか!?」
「いや、先輩はエンテについて何も知らなかったですよ。それよりも、まずは離れて下さい。ほら、服も着て下さい。持って来たんで」
エンテから離れて、服を受け取った。
「待て!」
「さっさと服着ろよ。風邪ひいたら大変そうだし、何より光を出せない」
エンテが服を着ない限りは光を灯す《ライト》を使わせられない。
向こうも恥ずかしいし、俺も恥ずかしい。いや、あいつには羞恥なんて感情はなかったな。
「着たか?」
「着たぞ!」
「じゃあ、《ライト》」
光が現れ、辺りを照らした。
「よし、忘れ物はないな。帰るか」
「好きだ! 結婚してくれ!」
いきなり訳も分からないことを言われて何も言えなかった。
「……はあ、まーた始まりましたよ。先輩。こんな価値観の変な奴の言っていることは無視していいですよ」
「そうなのか?」
「ええ、こいつは強い人なら誰でもいいなんて考えているに決まってます」
「それは違――」
エンテが何かを言い出す前にカイトが口を抑えた。
「っということで、帰りましょうか。オレが運びます」
空港とかにある動く歩道みたいに地面が動いた。
「おおっ。凄げえな。これ」
「得意属性の魔法なんで」
「そういえば、得意属性ってなんだ?」
「あー。そういった所も知らないんすね」
魔法の概念については詳細な説明こそされていないが、大体分かる。
体にある魔力を空気中に出して、それを火とか水とかに変化させると魔法になる。俺のシルトも魔力に似たような扱いをされている。
魔王のヴィアが俺に魔力を感知させた時に流れていたものが魔力で間違いはない。
「一言で言えば、好き嫌いみたいなもんっすね」
「生まれつきの適正とかじゃないのか?」
「他の人はそう言いますが、そんなのは嘘です。魔力さえあれば、どんな属性でも魔法は使えます」
俺は坪川とヴィアが出していた魔法の球体を思い出した。
あいつらは同時に複数の属性を操っていた。
魔王とチート持ち転移者という特別な事情があるからどんな属性でも使えるみたいなことを考えていた。だが、そんなことはないらしい。
「俺も魔法を使えないか?」
「あー。そのシルトでしたっけ? 魔力に非常によく似た性質があるっぽいですけど、オレの魔力探知には引っかからないですね。現物を見て、解析してようやく探知できるので魔力とは別口の力っぽいっすね」
セカンドオピニオンの様にカイトに聞いてみたが、やはり駄目みたいだ。
「落ち込むことはないっすよ。エンテとやり合える実力さえあれば、オレやリンネさんの様に超遠距離魔法を使える相手以外には負けることはまずないと思うんで」
「うーん。そうだな」
まだ、剛鬼の力に勝てる気もしないし坪川の魔法を捌ける自信はない。
多分、俺はそんなに強くはない。規格外の能力を持った相手には勝てない。
落ちて来た時の大穴の所まで移動した。
「じゃあ、上がります」
「おお。巨大なエスカレーターみたいだ」
土が持ち上がり高速で俺たちを運んだ。
ものの数秒で地上に戻った。
「これで、朝の修行は終了っすね」
「ゴーレムを作るだけじゃないんだな」
「まあ、土魔法はオレの取り柄なんで。これだけはリンネさんに負けてないっすから」
カイトの魔法は俺の想像していた土魔法を大幅に超えていた。
あのレベルの自立するゴーレムを何体も作ってさらに本人も強い魔法使いだとすれば、カイト一人で国一つぐらい落とせそうな気もする。
町を殲滅したとは言っていたが、その時に戦争に対する虚しさを覚えていなかったらと思うと人間としてはぞっとする。
「あっ。この世の中のバカって大体同じ考えをすると思うんっすよ」
ゴーレムが拘束された男を三人持って来た。
「侵入者か」
「白角っすね。雑魚のくせに戦略だけは練って来る奴らですね」
ずっと俺たちの事を監視していたのか、男たちは警備が手薄になった隙を狙っていた。
「離せ! 俺たちは四天王様の命令で――」
「うっさい。黙れ」
口を開いた男の口内にカイトの靴が入った。
「四天王権限かなんか知らないが、オレらには関係ない」
「悪は成敗せんとな!」
「ぐ、苦じィー」
ゴーレムが拘束を強め、男たちが呻き始めた。
「おい。やりすぎだろ」
「オレたち一応軍人なんで、こういったことはしっかりやらないといけないんっすよ。後はオレらがやっときますんで、先輩はリンネさんの所に行って下さい。一人で子供たちに囲まれると疲れると思いますよ」
エンテが剣で男の一人の頭を殴った。
抵抗が出来ない相手にここまでやるのかと驚いたが、ここは異世界。いや、元の世界でも過去にこんな事が起きているし、今でも国によってはこんな事をしている所もある。
相手は犯罪者。
俺だって怒っていたとはいえ、敵を殺しかけている。カイトたちにどうこう言えた立場じゃない。
カイトは子供たちには見えないように岩で仕切りを作った。
痛めつけられている男たちを無視して、俺は教会に入って行った。