二二話 男二人の水浴び
コウが俺を睨んでいた。
俺から見てもコウはミヤに好意を抱いていることは分かる。
あいつはミヤが一人でいるのを気遣って自ら集団を離れるほどの意識っぷりだ。
気になる子に嫌がらせをするようなことは聞いたことはあったが、同じ境遇になろうとしている奴は初めて見た。
それに、誘拐犯が来た時も立ち向かうほどの勇気があった。
「お前のせいでミヤが可笑しくなった!」
「ミヤは可笑しくないもん! コウくん大っ嫌い!」
「うっ!」
大っ嫌いという言葉がコウの心に刺さった。
「はいはい。喧嘩はやめよーな」
「お前のせいで……」
「コウ。お前は強いよ。俺がお前と同じ歳だったらあんな怖い大人に立ち向かえない」
純粋の俺はコウの事を評価している。
こんな年齢で大人に立ち向かおうなんて考えられない。だが、コウは大好きな子を守ろうと足掻いた。それだけでも凄い。
更に、魔王城なんて場所に一人で行く勇気も凄かった。
俺なんか小学生の時は職員室ですら、ビビってしまったほどなのにな。
「勝負しろ!」
「はあ、嫌だ。戦い好きじゃないし」
「に、逃げるな!」
子供と戦っても何一つメリットもない。
勝ち負け関係なく俺が損をするだけの戦いをしたくはない。
「戦略的撤退ー。利益のない戦いはムダだぞー!」
あえて大きな声で伝えた。
このことは子供たちに知って欲しいことだ。
人間と戦争をしている魔族だが、俺から見ればどこに利益があるのか分からない。
そもそも、戦争をしている当事者が利益を上げている例をあんまり聞いた事がない。
得をしているのは戦争を焚きつけた他国なんてよくある話だ。
戦争が世界から消えることはない。そんな事、歴史を学んでいれば誰でも分かる。
だから、せめて子供には逃げるという選択肢を考えて欲しい。
そのことをそこはかとなく伝える為にコウを利用することにした。
だが、あいつもそう易々と利用される気はないらしい。
「ふざけるな! インチキ野郎! 魔法の力を執行せし……」
「はい。こんな所で魔法はダメっすよー」
カイトがコウの口を塞いだ。
「丁度、暇なんでオレが相手しておくっすね」
「任せた」
「よーし。お兄ちゃんと外で遊ぼっか」
カイトなら上手くやれるだろう。
「お兄ちゃん!」
ミヤがいつの間にか背後に回っていて、いきなり飛びついて来た。
「にーちゃん。俺たちとも遊んでくれよ」
「はいはい。今日は何をしよっか」
そんなこんなで、遊んでいたら夜になった。
今日は教会で一夜を超えた。
――――――
修行が始まって四日目。
朝から、俺は《かまいたち》で岩を切っていた。
「それが先輩の能力っすね。確か……」
「シルトだ。修行に付き合って貰って悪いな」
「いや、いいっすよ。オレも昨日はいっぱい遊べて満足しているんで」
カイトに土のドームを作って貰って、中心に硬い岩を用意して貰った。
昨日の感覚を忘れないように両手で同時に仕留める練習をしていた。
「それにしても、よく切れますねー。これ、鉄よりも硬いんっすよ」
「そうなのか」
「好きなだけ用意できるんで、どうぞ自由にやっちゃって下さい! オレの修行にもなるんで」
ゲルバルドさんが負傷して、しばらく帰って来れそうにないしどう修行したものか悩んでいたが、いい助っ人がいてくれて助かった。
この際。《かまいたち》以外の練習もするか。
「ゴーレムを出せるか?」
「大丈夫っすよ。軽い奴から徐々に強くしていくっす」
魔法陣が現れ、そこからゴーレムが出現した。
「フルアタック」
「早いっすね」
刃物のシルトを使って、ひたすらゴーレムを切り裂いていく。
三十分で体力が尽きるまで無我夢中で切り続けた。
「お疲れ様っす」
「まだだ。次は攻撃重視の大きい奴を出してくれ」
「えっ? まだ続けるんっすか?」
「ああ、俺は弱い。辛くても努力しないといけない」
「ひえー。リンネさんに認められるほどなのにまだやるなんて尊敬ものっす」
次はシールドを鍛えた。
何枚も作っては割られ、腕だけではなくや体全体にダメージが入った。
「はあ、はあ」
「もう。終わりっすよね」
「まだだ。最後に《かまいたち》の精度を高める。的を出してくれ」
今度は離れた場所にある的を同時に狙った。
「最後にゴーレムを一体出してくれ」
「本当にこれが最後っすからね。終わったら水浴び行きますよ!」
「分かった」
ゴーレムが一体現れた。
「シールド」
まずはゴーレムの攻撃を受け止め、打ち上げた。
「フルアタック」
宙を舞うゴーレムに連撃を入れた。
最初は硬かったゴーレムだったが、今ではバダーを切るよりも簡単に切れるようになっていた。
「ふう、弱い奴をだしてくれてありがとう。強くなった実感が湧く」
「ははは、それはどうも」
なにか呆れた顔をしているが、どうしたのだろう?
まあいいか。汗も凄いし早く流したい。
「オレ。いい場所知っているんで、ちょっと待って下さい」
「待つ?」
疑問を口にした瞬間。地面が消えた。
俺たちは重力に逆らえず落ちて行った。
「これはなんだ!」
「魔法っすよ。ゴーレム以外にもこういうの出来ます!」
落下しながら、考える。
空中でどうにかして体を動かせないだろうか?
魔王城に襲撃された時に空中に逃げて、腹を蹴られた事を思うと空中で移動手段があれば躱せたのになと思う。
確か、ヴィアは魔法の使い方を言っていた。
「気化させたシルトをその場で硬化する」
魔力を外に出せればいい訳で、気化させたシルトは正しく魔力と同じだ。
修行をする前は気化したシルトを操ることは出来なかったが、修行による精密コントロールの習得によって操作が可能になっている。
気化させたシルトを固体化させてみた。
「おっ」
一瞬だけ、空中に固定された。
足にこれまでの落下分のダメージが入った。
新たな技を習得したが、俺たちの落下は変わらなかった。
地面に着地する時に液体化させたシルトをクッション代わりにした。
周りは真っ暗だ。
「この落下でも大丈夫でしたか」
「荒い運び方だったな」
「いやー。つい、先輩の力を試したくなちゃって。謝罪します」
まあ、こっちも新しい技を習得出来たし恨みはない。
「それで、水場はどこだ?」
「こっちっす。《ライト》」
カイトが発光する球体を出現させた。
ただの光ではなくあの小ささで照らせる広さではなかった。
歩くこと数分。俺たちは湖に着いた。
「ここは綺麗な地下水が溜まっている場所なんっすよ」
「確かに透明度が違う」
このレベルの水なら寄生虫とかを気にせずに飲んでも問題はないはずだ。
「冷たっ」
「飲む分には丁度いいっすね」
疲れた体には効く。
元の世界でこの水を売れば、ペットボトル一本あたり五百円は固いだろう。
めっちゃ美味い。
「飲み終わったら、温度変えるんで言って下さい」
「この量の水を温められるのか?」
「まあ、得意属性じゃなくてもそんぐらいは出来ますよ。オレ、一応魔王様直属の精鋭っすよ」
二五メートルプールの三倍はありそうな広さだ。大きな野外プールとかも同じぐらいだ。
確か、水の比熱は……考えても無駄か。
元の世界でこの化学の知識はテスト範囲だった。
エネルギーにすれば相当えげつない量という事は分かる。
「よし、飲み終わった」
「了解っす。少し冷たいぐらいにしときます」
手を入れてみると徐々に温度が上がっていくのが分かる。
カイトを中心として温度が上がっている訳ではなく、この湖すべてを同時に上げている。
なんて、広範囲な魔法だろうか。
「こんなもんっすかね」
「そうだな。これだ」
少し冷たい位。水浴びに最適だ。
だが、こんな広い所を独占しているんだ。ただ水を浴びてもつまらない。
服を脱いでから、全裸で湖に飛び込んだ。
「先輩。泳げるんっすか?」
「少しはな。まあ、妹よりは泳げないがな」
「妹さんがいるんですか!?」
恵は運動神経はトップクラスだ。
いろんな部活に参加して、県で入賞するまでやって辞めていく。そのせいで、いろんなスポーツをこなすハイスペックな奴だった。
男の俺でも恵に勝てるスポーツは無かった。
バカになるという代償はあったが、その分スポーツに関しては疑うことなき天才だった。
「カイトも入れよ。こんなに広いし」
「ちょっと恥ずかしいので、光は弱めますね」
男同士でもそんな見せあうようなものじゃない。
俺は湖の奥へ向かって行った。ケントは気の効く奴で光の球を俺の所に追尾させていた。
これで、向こう岸もよく見える。
泳ぎ出そうとした俺の耳に今は聞きたくない声が響いて来た。
「二人だけ抜け駆けするのはずるいぞー! 私も混ぜろー!」
それは聞き間違えるはずもない。エンテの声だった。