二話 チートが欲しい
さっきまで図書館にいたはずなのに突然、森の中に移動させられていた。
周りの様子を確認する。
さっきまで持っていたシャーペンやら持ってきていた荷物は全部こっちに来ていない。どうやら、服以外は来ていないみたいだ。
隣にいた坪川や少し離れた場所にいた大男の剛鬼も同じ場所にいるな。
直前に見た魔法陣みたいなものから考えると異世界召喚が一番妥当な考えだろう。っていうかそうあって欲しい。
大体の当たりを付けていると、剛鬼がこっちに向かって来た。
流石にこの状況で俺たちに危害を加えるはずもないだろうし、敵意は見られない。一見怖い奴だがそこまでバカじゃないはずだ。
「おいケイ。どうなってんだ?」
「私に聞かれても知りませんよ。ただ、現実離れしたことが起こっているのは確かですね」
「そうか。お前が言うならそうなんだろうな。ただ一つだけ気になることがある」
そう言って、男は近くにあった中で一番太い木の前に立った。
大木という程ではないが、十分大きい。チェーンソーを使っても伐採するのは面倒なサイズだ。
あいつは拳を握った。
おいおい。まさか……
瞬間。爆裂音が鼓膜を強く揺らした。
それと同時にあの大きな木の殴られた部分が粉砕され、倒れた。
その拳の威力はそれだけに止まらず奥にあった木の樹皮を削り飛ばしていた。
「頭のいいお前なら何か知っていることはあるだろ」
「いえ。少なくとも今の所はあなたに伝えるべきはないですよ」
「チッ! 八方塞がりってか」
二人が話している間にこっそり俺も力が宿ってないか、木を殴ってみた。
……へこみすらしなかった。
少しがっかりしつつも、俺は二人の会話に混ざらないことにした。
どうやら、あの二人は何かしら関係があるみたいだ。ここで下手に話し掛けて剛鬼の機嫌を損ねたくはない。
「どうやら、私にも変な力があるみたいですね」
俺は目を疑った。
剛鬼の力はまだ少しばかり現実味があった。あんな鍛え上げられた肉体から放たれるパンチがどんな威力を持つかは分かりはしない。屁理屈をこねれば、まだ物理的な範囲に収まっていた。
だが、坪川の今やっていることはどう考えても現実のそれではなかった。
火や水や土の球体や光っている球や真っ黒い球。そういった神秘的なものが彼女の周りをグルグル回っていた。
それを見て俺は確信した。
ここは正真正銘、異世界だ。
そうだと分かれば、俺にも不思議な力があるはずだ。
純粋な筋力増強ではない。じゃあ、魔法か?
そう思って、坪川の真似をしていろんな属性を思い浮かべてみた。
……少し粘ってみたが、何も出なかった。
き、きっと今どうこう出来る能力ではないだけだ。
「とにかく、こんな異常な状況じゃあどうすればいいか分かんねえ。俺はお前の指示に従うぜ」
「そうですね。里川さんもそれでいいですか?」
「うん。それでいい」
明らかにしょぼくれてしまった。
だって、二人がチート能力を授かって俺にはまだ何もない訳だ。
それによくよく考えれば、俺はただの一般高校生だ。対して、あの二人は希代の天才と化け物レベルのヤンキーだ。確実にキャラが成立している。
召喚された理由は分からないが、多分どんな事でもあの二人だけで十分だ。
俺は完全に無駄だ。自分自身でもそう思っている。
多分、能力もあの二人にだけ授けられてこっちには何もないなんてあり得る話だ。
異世界召喚についてはフィクションの世界では知っている。
そして、このタイプの物語も知っている。
これは『巻き込まれ系』だ。
「ここを異世界と仮定して動きます。まず救助はないと考えた方がいいでしょう」
「異世界? なんだそれ?」
「とにかく、しばらくはサバイバルをしないといけないとだけ。あなたに無駄な情報を与えても意味ないでしょう?」
「ははは! そりゃそうだな。俺バカだし。説明受けても理解すんのに時間かかるしな」
相当、仲がよろしいみたいだ。
どういった繋がりかは皆目見当もつかないが、剛鬼が思った以上に理不尽な奴じゃなくて良かったと少し安心した。
「とにかく、一番見つけられたらラッキーなのは舗装された道です。ただ、期待はせずに周りの様子を確認しましょう。最悪の事態は誰か一人でもはぐれてしまう事です。ひとまず、防御力のあるかどっちゃんを先頭に辺りを散策してみましょう」
「任せとけ」
俺、多分凄い邪魔になっている気がする。
あの二人、付き合っているんじゃないかというレベルでお互いを信用している。俺という足手まといさえいなければ、もっとスムーズに行動していたんだろうなと思わせる。
クソ! 今はそんな気の滅入る事を考えている場合じゃない。
少しでも、生存に有利になるものを見つけて役に立つ所を見せてやる。
主役の座はあいつ等に譲ってやる。俺はとにかく生き残ることが最重要事項だ。
歩いていると、前にいた剛鬼が止まった。
「川の音がするぞ!」
川があるという事は水があるという事だ。サバイバルにおいて水は必需品。専門的な知識は無いがそれだけなら分かる。
それに、川の下流には町があるという定説もあったはずだ。
そういう訳で、川の音を聞いたという剛鬼について行った。
途中で俺にも川のせせらぎが聞こえ始めた。あいつはあんな距離からこの音を聞き分けたというのか。つくづく化け物染みた身体能力だ。
その涼しい音を聞いていると安心感からか急に喉が渇いて来た。
樹々の隙間を抜けると透き通った川が流れていた。
「よし、これなら飲めるはず……」
「待ってください」
「大丈夫だって、こんなに澄んでいるいるしさ」
「そうとは限りませんよ。寄生虫などはこういった綺麗な場所にもいます。元の世界みたいに医療体制が整っていればまだ大丈夫ですが、この世界の医療のレベルは分かりません。ここは少しでも安全策を取るべきです」
「んで、どうするんだ? 無駄に怯えて結局飲めなかったら死ぬだけだぞ」
剛鬼も俺と同じく、水を飲みたがっているみたいだ。
「確かにそうですね。だからこその安全策です。私がこの魔法のようなモノを使って水を煮沸させます」
そういいながら、坪川は火の玉を出現させた。
次に川の水が球体上に汲み取られ、火がくべられた。
しかし、すぐに水の球が川に落ちた。
「意外と制御が難しいですね。少し集中します」
目を瞑って、水を汲み取り始めた。
どうやら、魔法を使うには集中力が必要らしい。俺には全く分からないが、今の坪川は天才だから成せる芸当をしているのだろう。
少し待っていると肩を叩かれた。
「お前。名前は?」
「里川健人。坪川さんとは同級生だ」
「ケントだな。覚えた。俺は角田剛鬼。ま。しばらくの間よろしくな。所で、初対面とは思えねえんだよな……静かにしろ」
俺を怖がらせない為か不器用な笑顔をしている所を見て、噂と違って意外と良い奴なのかもしれないと思っていると急に雰囲気が変わった。
剛鬼が急に神妙な顔になった。そこで俺もようやく気が付いた。
「あれは熊か?」
「そうみたいだな。ただ目が四つもあるぞ」
俺の視力では目までは見えないが、熊が川を下って来ていた。
「逃げるか?」
「いや、俺が追い払ってやる。丁度、この力も試したかった所だ」
剛鬼の表情はさっきみたいな頑張って作ったかのような笑顔では無く、興奮からくる純粋無垢な表情だった。
やっぱり、暴力が好きなヤバい奴だったかと少し落胆しつつも俺は遠くから見守ることにした。
多分、あの熊は噛ませだろう。木を粉砕する拳を持つ剛鬼の敵ではない。
それにこんな序盤に高レベルの奴が配置されているはずがない。
そう油断しきった状態で俺は観戦を決め込んだ。