十四話 一時決着
女が逃げ切った所で体の自由が戻った。
「我が幻術に嵌るとは、一体奴は……」
魔王のヴィアが俺の前に移動してきた。あまりの速さで俺は目で追えなかった。
これが、魔王の力。それもほんの一部なんだろう。
戦闘が完全に終わったと思ったら、訓練場の扉がぶっ壊れた。
フードを被った男が吹っ飛んで来たものによるものだった。
その後から天使の羽を持つ白衣のネフィーが入って来た。
「二枚持ちの悪魔憑きは強かったわ」
ネフィーの体は所々、切り傷やら打撲痕。焼け跡に凍傷の跡までいろんな種類の傷があった。
いつ倒れても可笑しくない傷なのに当の本人は余裕そうに笑顔を浮かべている。
「全てお返しさせて貰うわ。天門。《因果応報》」
フードの男の全身から血飛沫が上がり倒れた。
反対にネフィーの傷の一切は消え去った。
あれがネフィーの能力か。見た限り受けたダメージを相手に返す能力なのだろう。
もし、あんな力を持つ奴が敵にいたらと思うとぞっとする。
「あら、魔王ちゃんとケントくん。そっちにも襲撃があったのね」
「ネフィー。ケントの傷を治してやれ」
「分かりました」
ヴィアは怒っているみたいだ。ネフィーは俺の傷に何やら魔法を掛けながら、少し怯えているのが分かる。
「他の奴らは何をやっておった?」
「魔王城に居た者は全員、あいつ一人にやられました。……四天王も含め」
「分かった。一週間後、反省会を執り行う。後で伝令しておけ」
どうやら、あのフードの男にやられたせいで援軍が来なかったみたいだ。
いや、四天王を含め魔王城の魔族を全員倒せる特級戦力をよくこんな時期に送り込んで来たな。
相手は情報に疎いのか?
あともう少しすれば、坪川や剛鬼が勇者として台頭してくるはずなのにな。そうすれば、魔王の討伐を理由にあいつらを手伝わせて今回の襲撃は相手の有利になっていた。
一体、何が目的だったのかはこれからの尋問次第で分かるかもしれないが、こんな統率の取れた集団が簡単に口を割るとは考えにくい。
まあ、今は敵側の心配をしても意味はないな。
「拘束は我の能力で行う。《鬼枷》」
虚空から出た真っ赤な手錠が男たちを拘束した。結局、襲撃したメンバーの男しか捕らえられなかった。
「我は少し休む。ネフィーは治癒が終わったら来い。ケントは医務室で休んでおけ」
そう言って、ヴィアは出て行った。
「結構酷い怪我ね。切り傷もそうだけど、左肩のそれと手が焼き爛れているわ」
「手?」
動かない左手を見てみると確かに焼かれたかの様に爛れていた。
あの時を思い出すと盾で魔法の雨からヴィアを守った時に出来たものだろう。盾で防ぐ前に掠っていたか。神経がやられていたのか? 全然分からなかった。
「大丈夫? 痛くない?」
「いや、そこまでは痛くはない。ヒリヒリする位だ」
「我慢強い……そうじゃなさそうね。でも、不安に感じる必要はないわ。戦闘馬鹿になっちゃた若い子は一時的に痛みなんか忘れちゃうものなんだから」
「優しいんだな」
ネフィーはただ傷を治すだけではなく、患者の事を気遣っている。
手の傷を指摘された時に神経系に異常をきたしているかもしれないと不安に思ったが、経験の豊富なネフィーから実例を教えて貰って安心した。
魔王城にいた奴らを全滅させた奴を単騎で倒す実力やこの回復魔法と優しさ。
美人なのも相まって男性からモテるんだろうな。
天使の翼もあるし、本当の天使と言われても俺は信じてしまう。
「強大な力を持つ天使憑きや悪魔憑きって一人で行動することが多いの。なんでか分かる?」
「急だな、力を縛られたくないとかか?」
「ほとんど正解よ。他人との関わり方が分からなくなるの」
そもそも天使憑きや悪魔憑きについて何にも知らないが、言葉から察するに強い力や能力を持っている奴らだろう。
肩に刺さった矢を抜かれた。さっきより痛い。
徐々に痛みが戻っている気がする。
「私は魔王ちゃんがいたから魔王軍に所属しているわ。でも、今でも魔王ちゃんがいなかったらって考える時があるの」
「怖いのか?」
「そうね。怖くないって言ったら嘘になるわね」
誰でも悩みってあるんだな。こんな悩みがなさそうな優しいお姉さんなネフィーですら力で悩んでいる。
そう思っている内に素手で弾丸が取り除かれた。
痛みの感覚が戻ってきている。戻り切る前に治療が終わると嬉しいのだが。
「リンネちゃんや魔王ちゃんにも当然悩みはあるわ。だから、ケントくんのような優しい子に寄り添って欲しいの。ごめんなさいね。こんな若い子に重荷を背負わすようなことを言って。お姉さん失格だわ」
俺は言葉を返せなかった。
まるで、もうじき死ぬような人間の言葉だったからだ。
「はい。治療お終い」
「ありがとう」
体は戦う前と同じぐらいまで回復して貰った。
流石、異世界。全治一か月はありそうな傷を一瞬で治した。
「ぐふっ」
「おい! 大丈夫か!?」
突如、ネフィーが吐血した。
「大丈夫。みんなには言わないで。余計な心配をするだろうから」
「分かった」
「……いい子ね。ただ『黙って』って言っても不公平ね。これは天使憑きの代償よ。身に余る力は必ず自分を滅ぼす。でも、私はこの力でいろんな人を救えたから満足しているわ」
そう言ってからネフィーは去ろうとした。
なんか、もやもやする。俺はネフィーに二回も助けて貰っている。
「もし、俺が元の世界に帰る前に死んだらその翼を手羽先にして食べるからな」
「ふふ。やっぱり若い子って面白いわ。……これ、あまりおいしくないわよ?」
最後に自然な笑顔が見れてよかった。
ネフィーが去るのと入れ替わりで、訓練場の真ん中から黒い球体が現れた。
「ふう、やっと帰って来れた」
「お帰り」
「そっちも終わったみたいだね」
「ああ」
俺たちは魔王のヴィアが作った手錠で拘束された男たちを見た。
「こっち方はね。追い詰めたけど逃げられちゃった。能力は《コピー》したけど、扱いが難しくてね」
「また迷子になったら大変だな」
「そう。僕、方向音痴だから迷ったら危険なんだよねー」
リンネは森で迷子になった挙句死闘をした相手に助けて貰っている前科がある。
「俺はヴィアに医務室で休んどけって言われたから休みに行くけど、リンネはどうする?」
「うーん。ついて行ってもいい? 今回の襲撃の情報交換をしようよ」
「んじゃ、決まりだな。あっ。ちょっと待っててくれすぐ戻る」
俺はリーダーの男の所に行った。
まだ、男たちは誰一人目覚めていない。まあ、例え目覚めたとしても関係はないのだが。
「これ、顔蹴られたやつの慰謝料として持っていくからな。後で文句言っても返さないからな」
俺は地面に落ちていた真っ黒な刀を貰った。鞘も忘れず回収する。
剣と鞘は二つで一つだ。絶対に貰わないといけない。
「それ武器?」
「ああ、かっこいいだろ?」
「男の子って感じがするよ。でも、ケントが嬉しそうなら良かったよ」
刀は日本男児の憧れであり誇りだ。
やっぱり、異世界に来たら西洋風の剣よりこっちを使いたいって思ってしまう。
しかも、黒刀だ。それも特殊能力つきの一品。これは貰うしかない。
剣を一回鞘に納めて抜いてみた。
「あっ」
「色抜けちゃったね」
「これじゃただの刀……まあいいか。実践で使う事ないだろうし」
「本当にかっこいいからって理由なんだね」
本当は対物ライフルも欲しかったが、流石に上手く扱える気がしないし多分俺はスナイパーに向いていない。
マシンガンなら持って行っていたかもしれないが、連射の出来ない対物ライフルは置いて行くことにした。
ん? 今更だがあのスナイパーは観客席とかその辺から撃てば接近されずに済んだ気がする。なんか、統率が取れていた分、そういった部分が抜けていたことは少し疑問が残る。
まあ、もう終わったことだし深く考えるだけ無駄か。
俺たちは医務室でしばらく体を休めながら、今回の襲撃について話し合った。