十三話 開放
この戦いにおいてあのフラフープの拘束だけ桁違いの威力を誇っている。
ラスボスのはずの魔王ですら拘束を解除することを諦めたレべルの代物だ。
多分、俺が捕まったら一瞬で自我を持っていかれるレベルだ。
そんな危険な物が競技場全体に広がっていた。
「はあ、無理だこれ」
スナイパーがライフルをこちらに構えている。こいつはまあ正直そこまで警戒しなくてもいい。
場所が分かっているスナイパーなんて相手にはならない。
それよりも不味いのがあのゴスロリの出した広範囲を指定したフラフープ拘束だ。
正直、あれの縮まるスピードは目視不可能だ。出現した段階で反射的に躱すだけがあの拘束を逃れる術だ。
ほぼリンクが切れていた気化させたシルトが背後から高速で飛来するものを感知した。
「特殊能力つきの弾丸かよ!」
俺は振り返り、盾で受けようとしたが威力の高い銃弾を受け止めきれず貫通した。
盾は欠けた代わりに弾道が変化し盾を持っている左肩に命中した。
そして、俺はまた背後から殺気を感じ取った。
すぐに振り返り、盾を構えた。
今度は弓矢が直線に飛んで来た。さっきのような増殖はない。
数こそ少なかったが威力とスピードの桁が違った。
盾でガードしたはずなのに弾道すら変えられなかった。
その矢は弾丸が入っている肩に寸分の違いもなく叩き込まれた。なんつう弓の腕だ。
シルトで威力を軽減して貫通する事だけは避けたが、もう左腕は使い物になりそうにない。
「守りを優先するか」
俺は盾を右手に移し替えて、刀の方は体に戻した。
そして、盾の面積を小さくして、強度を上げる。あいつらの攻撃を受けるにはそうするしかなかった。
シルトで出血は抑えているが、左手の操作は完全に持っていかれている。あの後衛二人も馬鹿みたいに強い。
リーダーみたいな男は何とか倒したが、あの後ろの二人も思っていた以上に強かった。
こっちのダメージはハッキリ言って甚大だ。腕は使えないし、シルトの量もそれほど余裕がある訳でもなさそうだ。
シルトが切れれば俺の勝ち目は無くなる。
「なんで、我を庇う? あいつらの狙いは我のはずだ。差し出せばお前は逃げられるかもしれないのに」
「俺の妹に似ているからだ」
「いもうと?」
どうやら話している時間はないみたいだ。
対物ライフルの男がこっちに銃口を向けて来た。
あいつの弾丸は撃った後に操作が出来るタイプの能力を持っている。ただ流すだけでは前と同じ結果になるだろう。
敵に向かって走った。
何をするにもあいつらの得意距離にいては一方的に攻撃されるだけだ。
「撃つな。こいつは学習能力が高い。一撃でやれ」
「了解」
弓を使っていた男が剣を抜いた。あいつらの持っている黒い武器ではないが、近接戦をするつもりらしい。
厄介すぎる。近寄れさえすればいいと思っていたが近距離も行ける口か。
俺は盾から剣に変化させたシルトで男と競り合った。
相手の剣の扱いは俺よりも上だ。そりゃそうだ。俺は剣道もしたことがない初心者中の初心者だ。
それに片手であることに加え、スナイパーの狙撃を警戒しながら戦わないといけない。
劣勢を強いられているとフラフープ拘束が出現した。
「チッ。こいつも動くのか」
競技場を覆う拘束は消えている。あれは俺を陽動するためのハッタリか。まんまと騙されたな。
拘束を避けつつ、狙撃を警戒しつつ。
ただでさえ、男の剣に押し負けているというのに不利が強すぎる。
既に躱せておらず、徐々に切り傷が増えていく。
このままじゃあ本当に不味い。
シルトの強みは形の決まらない無定であることだ。そのお陰で経験不足による差を縮めることが出来ていた。だが、意識をいろんな場所に向けなければならない今の状況ではその無定を生かせない。
剣の動き自体には慣れつつあるが、周りの妨害のせいで状況を好転させられない。
ライフルの銃口が光った。来る!
意識を割いた瞬間、畳みかけられ俺の剣を吹っ飛ばされた。
「もうお終いだ」
あれもフェイクかよ。なんで、こんな統率のある奴らが来ているんだ?
魔王の討伐。それは分からなくもないが、あのスナイパーの男の頭には角がある。魔族同士で仲間割れするとは考えにくい。
それに、何よりの疑問があのゴスロリの女だ。あいつだけは頭一つ抜けてヤバい。
魔王すら捕縛するあの拘束をいろんな所から出現させてくる。簡単に躱しているみたいに見せているがあれが出る度にかなり焦っている。
さて、この状況。どうしたものか。
剣を持った男は俺を警戒しているのか結構距離を離している。近ければ《かまいたち》で不意打ちできるが、この距離だと見切られる可能性もある。
スナイパーは俺にずっと照準を合わせている。激しく動いていてもずっと銃口を向けてきてヒヤヒヤした。
「全員動くなよ。動いたら一人でも道ずれにして死んでやるからな」
シルトの残量はあと一回、《かまいたち》を撃てるほどだ。
仮に《かまいたち》を撃ってもこいつらに当たる保証はどこにもない。
俺が勝てる筋とすれば、援軍が来るぐらいか? いや……
そういえば、リンネの方は大丈夫だろうか? 相手は瞬間移動をする女だった。あいつも角が生えていたな。
リンネは大丈夫だ。魔王に聞いた話だと魔神の生まれ変わりとも言われているらしいし、まず負けはしないはずだ。
それに《コピー》の能力で相手の転移する能力を手に入れれば帰って来る可能性は大いにある。
そもそも四対一という状況が可笑しすぎる。
ここは魔王城なのに魔族が誰一人こないってどういう事だよ!?
「我の命が目的だろう。もう良い。抵抗はせん。だから……」
「駄目だ!」
「なんで……会って間もないはずなのに」
「兄は妹を見捨てられるか!」
敵はまだ攻撃してこない。
あっちも何か狙いがあるのか。
何を狙っているかは分からないが俺の方の攻撃はもう終わった。
「あ、あ、あれ? こ、これ……」
ゴスロリの女が腕にシルトが巻き付いていることに気づいた。
俺は残りのシルトをあの女を捕まえる為に使った。俺たちが勝つ手段は敵の全滅を一人でする事じゃない。
魔王であるヴィアの拘束さえ外せれば、勝ちは確定だ。
俺はこの戦いの最中あの女が一歩も動いていない事が気になっていた。
男たちで陣形を組んだ時にもっと後衛に行けば安全なはずなのにあいつは一切動いていなかった。
つまり、そこから考えられる能力の制限が一つ。
「一歩でも動けば解除される」
シルトを引っ張り、女を動かした。
瞬間。俺は真後ろから漆黒の斬撃が来ていることに気づいた。
致命傷を与えたはずのリーダーの男が満身創痍ながらも立ち上がっていた。
あれがあいつらの狙っていた事か。
「よくやった。この勝負我らの勝ちだ」
斬撃は俺に触れる直前に消え去った。
振り返ると羽を使って飛んでいるヴィアがいた。
「天獄門。逢瀬!」
――何が起こった?
ヴィアが技名みたいなものを叫んだ頃には三人の男たちが宙を舞っていた。
魔法か? いや、微かに感じ取った風の流れから考えるとヴィアが高速移動をしたようにみえる。
「つ、つ強い」
「貴様。一体、誰から力を貰った? 天使憑きでも悪魔憑きでもない。かといって聖具も持っていない。それにその拘束は魔法じゃない。魔法ならどれだけ油断していても我が捕まるはずがない」
「に、に、逃げなきゃ」
「三度目はないぞ。その異常な力は誰から貰った」
その威圧は見間違うことない『魔王』だった。
「た、助けて。神様」
「そうか、死にたいらしいな」
ヴィアの目は止まらぬ速さで――見当違いの方向に跳んで行った。
それと同時にあの女の雰囲気が変わった。
「丁度、いいタイミング。やあ! 愛しの魂。ああ、やっと会えたね」
そいつの赤くなった目を見て、俺は妙な胸騒ぎに襲われていた。
「あれ? ボクの事忘れちゃった? まあ、今はそれでいいよ」
いつの間にこんな距離にまで迫られた!?
それに、体が全然動かない。
「いきなり背後取ってごめんね。そう長い時間はこっちにいられないからさ。ああ、早く君を独占して永遠に愛したいなあ。愛する時はこんな体じゃないから。期待してね」
俺には一切触れずに抱きしめて来た。服は当たっているが体は当たっていない。
この怖いはずなのに受け入れてしまいそうな感覚……思い出した。こいつは夢に出て来た女だ。
なんの脈略もなく現れたあの黒髪の美少女だ。
「人生に疲れたらボクの所に来るといい。ボクはいつでも君を受け入れよう」
「なんだ。お前」
「まだ秘密。君のことが好きなただの異常者さ」
リンネを転移させた魔族の女が血まみれの状態で再びここに現れた。
あいつの傷を見る限り、リンネが勝ったのだろう。まあ、リンネが負けるとはもとより考えてはいなかったが。
「じゃあ、これはボクの大事な駒だから撤退させて貰うね。あそこの男達はボクが差し向けた訳じゃないから、好きに尋問するといいよ」
奴らがいなくなった。
ひとまず、これで襲撃は終わりか。