十話 魔王(ラスボス)が身内に似てるせいで怖くない
訳も分からず、泣き続けて数分経った。
「ありがとう」
「落ち着いた?」
「ああ、醜態を晒してしまったな」
「ううん。ケントは強いけど、こうやって弱い所を見れて僕はちょっと安心しちゃった。気分を悪くしたなら謝るよ」
「いや、そういって貰えると助かる」
女の前で思いっきり泣いてしまった。
男のプライドはズタズタだが、こうでもしないと俺は泣き続けていたかもしれない。
「水持ってくるね」
リンネが出て行った。涙を流し過ぎて体が水分を欲していた。
出て行ったリンネの代わりにネフィーが戻って来た。
「あの子が戻って来るまでに軽い診察をするわ。素直に答えて頂戴ね」
「分かった」
「まず、異界から来たそうだけどそこでよく命の危機に瀕したことはあるのかしら?」
「いやあんまりなかった」
あっちでは一度だけ死ぬかもしれないと思ったことはある。だが、こっちの世界に来てから体感したものに比べればまあ大したことはなかった。
「この世界に来てから人間のいる安全な場所で休めた時はあったの?」
「いや、そもそもこの世界の人間にあったことがない。リンネとネフィーの二人だけだ。あっ。あの四つの目のある熊も含めれば三人? だな」
一緒に転移した坪川と剛鬼の事は話さない。あいつらは俺とは別の目的で召喚されたはずだ。ここで喋って妨害になることはしたくない。
「そろそろ帰って来そうだから、お姉さんから軽く一つだけ。日常から非日常に変わると生物は乱れてしまうの。そんな緊張が一気に解けたら涙が出るのは生理現象よ。決して恥ずかしい事じゃないわ」
そう言い残してネフィーは出て行った。
なんか、初めは怖い相手かと思ったがかなりいい奴だった。
「さっきネフィーさんが出ていく所を見たけど、何かあったの?」
「メンタルケア……心の治療をして貰ってた」
「心!? 大丈夫なの?」
「そんな深刻なことじゃなかった。まあ、リンネのお陰だな」
あそこで泣いていて良かった。
もし、泣いていなかったらいつか爆発していたかもしれない。
もしもの話はなってみないと分からないが、リンネが抱きしめてくれなかったら絶対にいつかどこかで心が死んでいた。
「僕がいなくてもケントなら大丈夫だよ。僕が認めた唯一の人間だしね」
「どうだろうな。まあ、お陰で痛いのは体だけだ」
リンネが持って来た水を飲みながら体をゆっくり動かしてみた。
やはり治して貰ったとはいえ、動かす度に痛みが走る。
「その、どうしても無理なら僕から伝えるけど……」
「どうした?」
リンネが何か言いにくそうにしている。
「魔王様がケントに会いたいって」
「んんッ! えっ? 魔王様ってあの?」
「うん。魔族の一番上の方の」
思わず水を噴き出しそうになったが、何とか飲み込めた。
魔王が俺に会いたいだと? 敵側のトップじゃないか。
俺に与えられた使命じゃないにしろそんな大物にこんなにすぐに会えていいものなのか?
「俺、礼儀作法とか分かんない」
「大丈夫。その辺はあんまり気にしない方だから」
「それならいいけど、怒らせて死にたくはないぞ」
魔族のトップ。リンネが最下級であのレベルの強さを持っている訳だ。あの通常攻撃がバカみたいに広い範囲と威力を持つリンネの完全に上の存在。
手加減したリンネを何とか相手出来た俺なんて、その気になれば指を軽く振るだけで粉砕してきそうなレベルの相手だ。
「ちなみにいつまでとかあったりするのか?」
「今すぐにでもって……」
「すぐに会いに行こう」
「でも、体が……」
「大丈夫だ。後で機嫌を損ねて死ぬよりも今無茶をするしかない」
急いでベットから転がり出た。
だが、体が思うように動かず顔面で地面に着地する羽目になった。
痛いし、動きにくい。
「大丈夫!?」
「ああ、この程度あの重力リンゴに比べればなんてことは……」
「もう。すぐそうやって無茶しようとするんだから」
リンネが肩を貸してくれた。
痛み以上に体の操作が上手く行かないのが問題だった。
思いっきりリンネに体重を掛けてしまっている。だが、こうでもしないと足を前に出せない。
想像以上にリハビリは厳しいみたいだ。
今までとは違う体を操りながら、部屋を出た。
「魔王様がいる部屋はここからそう遠くないからね」
「そうか、なら良かった」
徐々に麻痺した体を操ることに慣れてきた。
少し長い廊下を歩いている内に自立出来た。
「もう大丈夫だ」
「ダーメ! 危ないでしょ」
「いや、本当に大丈夫だから」
リンネは放してくれなかった。
本当に一人で歩ける以上、リンネとただ肩を組んでいるだけなのだが。まあいいか。本人がダメと言っているのだししばらくこれでいいか。
まあ、痺れ自体は全く治っていないしただこのいつもと違う体に慣れただけだ。
廊下を歩いていると、他の魔族の人が歩いているのだがリンネを見つけた途端、端の方に移動して跪いていた。
最下級の魔族に向けられるソレではないのだが、リンネは何も見えていないかの様に振る舞っていた。
流石にどういう訳か聞き出すことは出来ず俺たちは進んで行った。
「ここが魔王様のいらっしゃる部屋だよ。心の準備はいい?」
「ああ」
警備していた人たちが扉を開けた。
俺はリンネに肩を貸して貰ったまま入って行った。
その部屋は体育館よりも広く、前方には布が垂れておりその先に姿を隠した誰かがいた。
あれが魔王か。
ある程度の場所まで進んだ所で跪いた。
『異界の者と話をしたい。全員退室しろ』
重い。声だけで目の前の存在感を増大させた。
汗が頬を伝う。
俺の緊張を読み取ったのかリンネが小声で話し掛けて来た。
「ケント。大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ」
余裕そうな返答をしたが声が震えているのがバレた。
「魔王様! この者は疲弊しております。同伴をお許し下さい!」
口答えしちゃった。もし、怒りを買ったら俺も戦闘をするか。ここまで来たんだ。絶対にリンネの味方をしよう。
『却下する』
戦闘になってもいい様に俺は顔を上げて魔王の方を見た。
すると、姿を覆っていた布が取れていて丸見えだった。
「あっ。リンネ。これは大丈夫だ」
「えっ。さっきまで凄い怯えていたけど」
「いや、これ言っちゃいけない気がするけど俺にはこの魔王は怖くない」
強さとかは分からないが、見た目を見れば全然なんてことはなかった。
「それならいいけど……」
リンネは渋々部屋から出て行った。
俺はリンネがいなくなったことを確認した後に立ち上がった。
「何やっているんだよ。恵」
その魔王の姿は俺の妹である里川恵と全く同じ姿をしていた。
真っ黒い角とか右半身からネフィーと同じような天使の翼と反対側から悪魔っぽい黒い羽を生やしているがその姿は俺の妹の恵と同じだった。
雰囲気とかもほとんど一緒だ。声を変えて威圧を増そうとかそういった馬鹿さ加減とかもまるっきり恵と一緒だった。
「独り言か。我の名はヴィアイス・ロッター。楽にして良いぞ」
この魔王は俺の妹と瓜二つだが、同一人物じゃない。
だが、さっきみたいな恐怖は全くない。