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一話 あー巻き込まれだこれ

 今、俺は足場の悪い森の中を必死に走っている。


 今までどれだけ整えられた道を歩いていたか身を持って思い知らされている。

 絶対に転んではいけないと思う一心でバランスを崩しそうになる度にザラザラした木に手を削られてしまう。


 少し痛むがそれ以上の危機が後ろから迫ってきている。痛みなんて気にしてはいられない。


「はあはあ、なんだよ。あいつは!」


 後ろを振り返ったりはしない。

 ずっと強大な気配を感じている。今もあいつは俺を追いかけている。


 なるべく間の狭い木々を走り抜ける。こっちが勝っているのは体の小ささと手を使った小回りしかない。


 スピードや地理、その他諸々はあっちが断然上だ。


 流れていく景色は何一つ変わっているようには見えなかった。

 ただ、少しずつ少しずつあれは近づいている。


 遠く先に森が途切れている所を目視した。あと少しで情報が変わる。


 この先に町とかがあって、後ろの奴をどうにかしてくれる。もしくは、猟銃も持った熟練のマタギみたいな人が助けてくれる。そう、信じるしかなかった。


 あともう少し、あともう少しでこの恐怖からおさらばできる。


 ギリギリ、追いつかれる前に森を出た。


「うそ、だろ……」


 その光景を見て俺は絶望した。


「崖。……逃げ場はもうないか」


 振り返ると巨大な四足歩行の黒い獣がすぐそこまで来ていた。

 そいつは熊に酷似している見た目をしている。


 ヒグマとかツキノワグマとか、それでも怖いのにその化け物は目が四つあった。


 環境破壊とかが原因で突然変異が起きた時に奇形な動物が生まれてくるとか言われているが、そういった次元を既に超えているのが目の前の化け物だ。


 複数の目をぎょろぎょろと動かし、不気味さが一気に増している。


「こ、こいよ。ぶっ飛ばしてやる」


 逃げられないのなら戦うしかない。

 拳を握り、化け物に向けた。


 体中が震えている。


 怖い。ただひたすらに恐怖しかない。


 戦って勝てる相手じゃない。そんなことはもう分かっている。

 これが夢だったらどれだけ良かっただろうか、痛む手足がその願いを否定しているが今でも現実だとは思えない。


 化け物が立ち上がり、届かないはずの鋭い爪を振るった。


「ッ!?」


 咄嗟とっさに動いた手が激痛を訴えて来た。


 こっからあの真っ黒い爪が届くはずはない。

 斬撃か!


 おそらく腕から出血しているだろうが、気にすることは出来ない。

 今はひたすら耐える。次の攻撃を絶対に避けてその隙に森に入る。


 脳から分泌されたアドレナリンによって集中は保てている。


 化け物が再び同じ攻撃を仕掛けて来た。


「二度目はない!」


 勘で体を動かした。あの斬撃は直線にしか飛ばないはずだ。


 予想は的中し、地面が抉れる音だけが響いた。そして、攻撃の隙を突いて逃げようとした。


 その瞬間。化け物の四つの目の一つが紫に光った。


「は? ふざけんなよ。行動封じなんて……」


 悪態を吐くと同時に化け物が近づき、斬撃ではなく直接爪で裂きに来た。


 動けず胴体にモロに喰らった。


 そして、衝撃によって吹っ飛ばされ崖から落ちた。

 この高さではまず助からない。


 死ぬのか。


 ……しょうがないか。俺は主人公じゃなかった。


 あの二人ならきっと世界を救ったりして元の世界に帰れるだろう。

 まあ、何もせずに無能のまま死んでいくより主人公を庇って死んだ脇役になれたのならまだマシか。


 なんの才能もなく結果も残せていない俺なんかより、才能も結果も出しているあいつらの方が主人公に向いている。


 はあ、でも……


「死にたくないな」


 せっかく、()()()に来たし俺もチート能力欲しかったな。


 あいつらみたいに世界を救えるレベルの主人公みたいな能力はなくてもいい。ただ、安全にこの世界で生きていけるぐらいの力が欲しかった。


 この結末は失敗だろうか?


 ……分からねえな。


 ――――――


 俺は里川さとがわ健人けんと。高校受験を少し頑張った位しか自慢することのないこれといって特徴もない男だ。


 私立の名門である慶統けいとう高校に入学した俺は勉学では下位レベルで運動はそこそこといった微妙な位置にいる。


 別に勉強で上位になりたいと思ってはいない。平均の半分以下と設定された赤点でさえなければそれでいいやという意識の低さで日々生きていた。


 そもそも、この高校に来たのは近所のどうしようもないバカな奴らばかりいる高校から少しでも遠い所に行きたかったからだ。

 留年や浪人さえしなければ、大学もどこでもいいし勉強に対する意欲は人生の中で最底辺を迎えていた。


 ただ、天才やら秀才やらが集まる慶統では凡人である俺は努力をしないと赤点を取るのは必然の話であり、結局勉強漬けの日々だ。


 もし最小の努力で赤点を回避できれば、楽なのになと思う。

 ふと、そう思ってしまうのは隣で行儀よく参考書のカバーを掛けたライトノベルを読んでいる女を見ているからだ。


 そいつはこの国では珍しい白い髪を伸ばし、学内でもトップクラスの容姿をしている。目立つ見た目をしているが、周りからは真面目な優等生として通っている。


 席替えで隣になった坪川つぼがわけいという女は本物の天才だ。


 学年一位なのは当然であり、ほぼ満点しか取らない。こいつの存在のせいで先生の方もテストを難しくしてくるし、赤点ギリギリ組にとっては重要な平均点を上げてくるわで迷惑極まりない奴だ。

 

 まあ、そんな逆恨みもしているが赤点は俺の怠慢が原因だ。


 そろそろ夏休み前のテストも近づいて来ているし、俺は休み時間も勉強をしていた。

 周りもほとんどが勉強をしている。


 ただ、やる気が出ない。


 勉強をさせられている今は『苦しい』しかない。文字ばっかりいじくる数学やすぐに忘れてしまう暗記科目。正直、飽き飽きしてきた。


 隣の奴は相変わらず勉強とは一切関係の本を読んでいる。


 天才っていうのは本当に羨ましいな。と思っているとこっちが見ていることに気づいたのか坪川はノートに何かを書いて渡して来た。


 苦情か何かか? と思いつつ渡された紙を読んだ。


『勉強お教えしましょうか? 放課後、近くの図書館の自習室にいます。興味があれば是非ぜひ


 最後に『返事はいりません』とあった。


 とりあえず、ノートを返して考えた。


 この調子だと絶対に赤点は確実だ。教えて貰っただけで点数が上がる保証はどこにもないが、それ以外にあてがない。


 テストを難しくさせている張本人に教えを乞うなんて少し屈辱的だが、背に腹は代えられないか。


 放課後、少しだけ学校で勉強をした後に図書館に向かった。

 慶統の周りには塾や予備校が多くあり、ほとんどがそういった所で勉強をする。だからかは知らないが、図書館の自習室には人の気配がほとんどなかった。


 部屋に入ってみると窓側に坪川がおり、反対の廊下に一人、高校生がいた。

 俺はその高校生を見て目を疑った。


「……角田かどた剛鬼ごうき? なんでこんな所に」


 俺の住んでいる地区はお世辞にも治安がいいとは言いにくい。その原因は近くにマンガの世界にしかないんじゃないかというレベルのヤンキーの巣窟になっている高校があるせいだ。


 中学の時にその高校から離れたいが一心で勉強に打ち込んだ。


 そんなヤバい高校でも飛びぬけて頭のネジが外れているのがこの角田剛鬼という男だ。

 その筋骨隆々の体を見るだけでも分かるが喧嘩がめっぽう強く、百人以上を同時に相手取り全員を素手で病院送りにしたという噂まである。


 意図的にそういった情報を遠ざけている俺でも知っている化け物だ。

 ただ、俺はただ出会った事以上に驚いていることがあった。


 なんであんな奴が真面目に勉強しているんだ?


 すぐに視線を逸らしたから詳しくは分からなかったが土木関係の本を読んでいた。


 あんな脳みそまで筋肉が詰まってそうな奴が勉強? 世の中面白いこともあるもんだな。


 とにかく、今のあいつは凶暴性が見えない。いきなり何かしてくるなんて事はないだろう。

 逆に下手に逃げたりすれば、相手を刺激してしまうかもしれない。


 そう、俺はあいつの事を全く知らない一般人だ。


 そうして俺は冷静を保ったふりをしつつ、坪川の隣に座った。

 こいつは相変わらず、ライトノベルを読んでいる。


 すると、こっちに問題と書かれた一冊のノートを渡して来た。


「これを解いてみて下さい。分からなそうでしたら勝手にお声掛けしますから」

「分かった」


 開いてみると今回のテスト範囲に沿った難し目の問題があった。俺には解けないレベルだ。

 とにかく、解こうともがいてみた。


「そこはこうした方が早いし正確ですよ。あと、この公式はこういう意味があるので……」


 失敗をする度に指導が入る。公式もただ暗記したものを利用するだけではなくそれぞれの意味を理解できるように教えられた。

 同級生に指摘されているという葛藤こそあるが、着実に成長できている気がする。


 坪川の指導力が高いからかはまるで分からないが、トライアンドエラーを繰り返す度に身に付いている気がする。


 そうして解いていると自習室の床に光る何かが現れた。


「なんだこれ?」

「これは――」


 その声と同時に俺たちは森の中に転移させられていた。



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