結婚するって本当?嘘?3
……。
ごめん、ちょっと待って、頭フリーズしてる。
ふらふらする頭を押さえ、心を落ち着かせる。
「あのさ、たえ、忍野たえ、今なんて言ったんだ?」
バツが悪そうに、横を向くたえ。
「ふーふふふー♪」
「くそ下手くそな口笛だな!!こっち向け!!」
たえのあごを親指と人差し指でつまみ強制的に此方を向かせる。(アゴくい)
「いや、あのぅ、お姉ちゃんが今度、結婚する事になりまして、その、なりました」
たえは、アゴくい状態にも関わらず俺から視線を反らす。後、何で最後言い直した。
……マジか。何となく悪酔いしている気がして来た。
「あっ!!それじゃ、あの医者が云々ってのは?」
「あーあれ?お姉ちゃんの結婚相手、医者なんだって」
「そこは、微妙に本当なんだな」
嘘をついていた事に、罪悪感はあったらしく、俺が手を離すと、たえは罰が悪そうに、ふて腐れながらハイボールを飲んだ。
カランと、コップの中の氷が音を立てた。
「お姉ちゃん、まことによろしくって言ってた。式の招待状送るって」
「あいよ、了解した……って、本題はそこじゃ無いだろ」
今、俺の頭の中が怒りと安堵でひしめき合っていた。マジマジと、たえの可愛らしい酔った顔を見る。
「じゃあ、本当に結婚しないんだな?」
少し、恐る恐ると言う感じになったかも知れない。
「うん、本当にゴメン」
たえの言葉に力いっぱいのため息を吐く。
思い切り、怒りのあまりに机をぶっ叩きたくなって、その破壊衝動の収め所を探して両手を見る。
次の瞬間、パンッ!!という乾いた大きな音を立てて、俺の両頬に紅葉マークを作った。
店内の人達が凄い顔でこっちを見るけど気になんてしない。気にしてられない。
代わりに、たえがペコペコお辞儀しながら両手を合わせてすみませんでしたと周りに謝っている。
「もう、何やってるのよ?!」
たえが、慌てて冷えた濡れタオルで、俺の頬を冷やそうとする。
「何で、こんな嘘をついたんだ?」
俺は濡れタオルを持つ、たえの手を掴んで言った。
流石に、バツが悪そうに目線を外し、斜め下から舐める様に俺を見てボソッと言う。
「あのね……怒らない?」
少し可愛らしく見えるのも、腹立たしかった。
「時と場合による」
正直、先程に比べて、だいぶ怒りは治まってる。
と言うより安堵が勝っている。
けどまぁ、一応ね。
「本当は、お姉ちゃんが結婚する事だけラインで教えようと思ったんだけどね、急にまことの声が聞きたくなって……調度、用もあるからって思って」
渋々、話し始めるたえと仏頂面の俺。
「電話したら、まことが、久しぶりなのに、なんか余裕綽々な感じだったし……」
「余裕じゃ、悪いのかよ?」
まったく意味が解らない。
「五月蝿いわね!!黙って聞きなさいよ!!」
たえがキレ気味に言うが、キレたいのはどちらかと言えば俺の方だ。
まずいな、少しずつとはいえ酔いが回り始めて来たようだ、冷静にならなければ。
「3ヶ月前の夜の事、その……頭に残ってて……」
それを、言われると少しきつい。
「なぁ、たえ、どうしてあんな所にいたんだ?」少し興味が湧いて聞いてみる。
「あれは、その……最近会えて無かったから、たまには料理でも作ってあげようかと思って」
少しふて腐れ気味に言うたえに、やっぱり偶然であるわけ無いかとバツの悪さを感じる。
「あのさぁ、何で連絡くれなかったんだ?」
そうすれば、あんな事になんて成らなかった。
木元さんとも、穏便に別れて、たえを迎えに行くなんて言う未来図も……。
「そんな事したら、サプライズじゃ無くなっちゃうじゃない」
照れた顔をして、ふて腐れる幼馴染み。
あぁヤバい、畜生可愛い。
これは、結局怒れなくなる奴だ。
ずるいんだよな、結局こいつは、無意識に人の心に踏み込んでくるんだ。
小さい頃からずっと、隣で……。
「正直さ、あれは俺も悪かったと思ってるんだ。」
「偶然とはいえ、あんな所見かけたら焦るだろう?」
ぬるくなったピーチサワーを飲んで、甘ったるさに顔をしかめる。
「ねぇ、まことって、あの人の事好きなの?」
テーブルの上に肘をおき、その窪みにアゴをおいて、たえが少しムッとした顔をしながら言った。
「あのな、俺はあの人とは同じ課の先輩にあたる人だから信頼はしてるけど、無関係だし、あの後は飲みにすら行って無い」
まぁ、後で他の子から狙われてるよと教えてもらった時は、焦ったけど…
…。
「でもさ、あの時のまことの顔って、高校の時、後輩にハニトラにかかりそうになった時と同じ顔だった」
肘の窪みにアゴを乗せたまま両頬を膨らませる。
嫌な事思い出させるなー、あの時も助けてくれたのはこいつだったけどな。
こいつ、古い事なのに良く覚えてるよ……大事な事は忘れてる癖に。
「まぁ、だから少し驚かせてやろうと思ったんだけど……まことがマジになるから」
「はぁ?当たり前だろ、お前の事なんだぞ」
真面目な顔をして言えば、たえは、小さな声で「ゴメンね?」と言って来た。
「なぁたえ、お互い、ああいう冗談は辞めような?」
あんな思いなんか、二度としたくない。
たえも、流石に頷いて、謝ってきた。
「うん、まこと、本当にゴメンなさい」
残りの飲み会が反省会になりそうになった頃だった。
「ふわぁ、ねぇ、まこと?私達の関係って、このままが楽……なんだよね……?」
大きなあくび、全く、気が抜けたのか、飲み過ぎたのかお眠になってるし……。
「寝る前に聞け、たえ」
俺は、眠そうなたえの頭をゆっくり撫でる。
「……うん」
「その……たえ今回の件でさ…俺本当に考えてたんだ」
「……うん」
「一週間、良く眠れないし、頭が回らないし、何にも手につかなかったんだ、正直今日が来るのが怖かった」
「……ごめんね」
俺は、たえの頭を、もう一度撫でた。
「俺達は、どうなっても、いつまでたっても幼馴染みだ」
「……えっ?やだ」
たえの瞳から涙が流れて化粧を落として黒い線を作った。
「ずっと幼馴染みなんてやだ!!」
「変わらないのなんて、やだ」
「幼馴染みは変わらないよ」
優しく、心から優しく目の前の愛しい人を見る。
「何でそんな事いうの?まことの馬鹿!!まことなんか嫌い!!」
「それでも、俺はお前の事が好きだよ」
「ずっと幼馴染みのままなんて!!……え?」
たえは、キョトンとしている。
「その本当に、何度も言わせるなよな」
恥ずかしくなって頬を掻く。
「俺は、たえの事が好きだよ 」
「俺達が例え恋人同士になったり、それ以上の関係になっても、ずっと幼馴染みのままだ、それは変わらない」
「……バーカ、バーカ、まことのバーカ」
テーブルに突っ伏して両手で顔を覆う。
そんなたえの頭を人差し指でウリウリとつつく。
「やーめーてーよー!!」
恥ずかしいらしく、顔を突っ伏したままテーブルから離さない。
「いつも、意地悪ばっかりして、子供扱いして、へたれのクセに……」
お酒のせいなのか、少し情緒不安定気味なたえの両頬を両手で包み込む。
「あのね……私もまことが好き」
俺の手の平に頬擦りするたえ、夢を見る様な顔で……。
「じゃあ、乾杯」俺達は今日何度目か忘れた回数の乾杯をした。
たえのお姉ちゃんのお祝いと俺達幼馴染みの新しい関係性のお祝いを。
本日、一番気分の良い乾杯をした。
☆☆☆
カーテンの隙間から薄く朝日が差し込む。
「頭痛っ、腕痛っ、身体中痛っ」
ソファーベッドは、二人で寝るには狭すぎる。
「ベッド買おうかな?」
隣で眠るたえの髪の毛を撫でた。
「うにゃあ、ウヘヘ」
何の夢を見てるんだろう?思わず吹き出しそうになる。
結局あの後、俺は酔ったたえを背負って俺の住んでいるマンションに連れてきた。
ソファーベットに一人で寝かそうとしたが、手を離さない、しょうがないな……俺は、酔っぱらいの幼馴染みの隣で寝る事にした。
「こいつ、酒強い癖に、次の日になると綺麗さっぱり記憶無くすんだよな」
「告白したのも、本当は2度目なんだぜ?」
二十歳のお祝いの時に、一度告白して、お互いに自分の気持ちを伝えあった。
でも、その時のアイツは、何も覚えていなくて、ただ酔って眠ってしまった事になっているらしい。
あまりに綺麗に忘れていて結局、告白したって事を言う事は出来なかった。
まさか、今回もって事は無いよね?
幸せそうに、眠る幼馴染みを見て、俺はそろそろ起こそうかどうしようか迷っていた。