9 返答
「貴女は、現状に満足している?」
そう、余裕をもって、だが内心はおっかなびっくり聞いてみる。
すると、サラセニアちゃんはニヤリと、いたずらっ子の様に、不敵に微笑んだ。
「さて、どうですかね。まぁ、不満ではありませんよ。夫も、他の女の子達も優しいですし」
「それなら無理に現状を否定する必要は無いんじゃないかしら。一夫一妻制の国でも、相手に不満を抱く事はあるというし、現状上手くいっているものを、無理に変える必要は無いと思うわ」
もちろん、不満があるなら、改善策を考える必要もあるとおもうけど。
そう付け足して、私は彼女の反応を見た。
すると、彼女は少し、意外そうな顔をした。
「へぇ……。てっきり、夫や私を全否定するのかと思いましたが。健全な関係ではないのは確かですし、普通他国の人間はこういうのは嫌悪するものかと」
「まあ、正直、その辺りも頭によぎったけど、見た感じ、あなたは現状に特に不満を持っている様な口調では無かったし、よその家の事情に赤の他人が首を突っ込むのはどうかと思ってね」
「……気に入りました。これで頭ごなしに私達を否定するようなら、何も知らない癖に、分かった様なことを言うんじゃない。と、激怒していた事でしょう。流石、王女様です」
「はは……」
まさか、記憶が戻らなければ本当にそう言っていただろう、とも言えず、私は愛想笑いをした。
「……それで、この国の男性は愛人や側室を作るのに、そこまで抵抗がないという事ですが、問題の第2王子はどうなんですか? やはり、下半身がだらしない方なので? 」
今度は、サイウンが口を開いた。少し、言葉に棘がある。それだけ、私の事を心配してくれているのだろうが、今度はこちらが余計な地雷を踏まないか、少し不安になった。
「……さて、どうでしょう。まぁ、好色か枯れているかで言えば、間違いなく好色に分類できますよ。既に、王女様が嫁ぐ前から、3人もの女性を妻にしているそうですし」
「うへぇ、浮気者、ですか。というか何ですか? お嬢が来る前にすでに結婚してるんですか!? その方」
「えっ、聞いてないんですか?」
「そんな話、初耳なんですが……」
「……もしや、ローク側、こちらの事情などロクに考慮せずに、この話を振ってきたんですか? こっちだと、正室を側室に格下げする事になり、少し物議を醸した事もあったんですが……」
「あのスケベ国王……私のお嬢が、そんな相手の調査もロクにしてない雑な婚姻を強いられるとは……。よりにもよって、相手が三股野郎とか……」
自分で聞いておいて、サイウンはげっそりした顔になった。やめなさい。ド当事者が今運転しているんだから。
もしかして、機嫌を損ねてしまっただろうか。
しかし、サラセニアちゃんはそれに微笑で返すと、反論する様に口を開いた。
「はは、手厳しいですね。……とはいえ正室は、王女様と、この婚姻が結ばれる前からの、元々の婚約者殿。残り2人についても、完全に双方合意の元の重婚で、非常に強い絆があるとか。特に正室様については、ボスとして強い統率力で完璧にハーレムを維持しているとか……王女様はあくまでよそ者、異物、下手に彼女を敵に回さない方が良いでしょう」
そのボスご本人からの牽制ともとれる言葉に、私は愛想笑いする。うーむ、とりあえず敵認定はされていない様だが、味方認定もされていない。そんな所だろうか。
「……話は変わるけど、メイドさん、その第2王子様ってどんなお方かしら?」
とりあえず話題を変えよう。彼女から見た夫で、なおかつ、私が嫁ぐお方はどんな人なのかしら。
「そうですね……」
少し悩む様に沈黙するサラセニアちゃん。たっぷり1分程思考した上で、ようやく口を開いた。
「……とても可愛らしい人ですよ。色々な意味で」
「可愛らしい人……」
「一見、少女の様な外見は、下手な貴族令嬢よりも可愛らしいですし、性格的な意味でも、基本的に慇懃無礼な一方、好きなものや自分の欲望には、良くも悪くも何処までも素直で……そこのギャップも魅力的です」
「……」
流石に、口に出すことは無いが、サイウンの顔には、厄介そうな男だ、と警戒に近い感情が浮かんでいる。ジト目で『大丈夫? この男』と、私にアイコンタクトを取ってきたので、同じくアイコンタクトで『大丈夫じゃなないけど、なんとかする』と返した。
『彼』の設定を作ったのは私だ。その設定通りの性格を示された。
一見美少女の様な外見に、慇懃無礼な性格。その割に身内認定した相手には甘く、素直な所はとことん素直な男。まさに、そんな風に描いたのだ。どうも昔から、主人公サイドよりもライバルサイドの方に感情移入してしまうたちで、『彼』ウィン・ラヴメニクロスには、私が好きな要素をこれでもかと入れた記憶がある。
変わった性癖だなって? 自覚はある。
「それに、何より、誰よりも強い」
「……空の上では」
「ご存知でしたか」
サラセニアちゃんは、少し嬉しそうに微笑む。
「個人的に興味があって、色々調べたの」
そう、上手い事返した。
『彼』の最大の個性。それは、この国、いや大陸でも屈指の腕の、空軍のエースパイロットという点だった。
「今もまさに、私達の上を飛んでいますよ」
彼女は一瞬だけ視線を上空に向けた。釣られて見てると、ねずみ色をした曇天の空を引き裂く様に、貴金属を思わせる銀色と、荒れ狂う海原の様な青色の迷彩を施した、最新技術を惜しむ事なく投入されたであろう1機のジェット戦闘機が、一直線に駆け抜けていった。
とりあえず現正室から敵認定の危機は去ったスカイちゃんの図。
貧乏なりに航空技術に極振りした結果、ジェット戦闘機をお出ししてくるラヴメニクロスは腐っても技術立国。
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