最終話 疾風迅雷
穴の中は、石造りのトンネルになっていて、不思議な事に、その石自体が発光している様で、内部は明るい。
ウィン様は、そんなトンネルの中を、凄まじい速度のまま、進んでいく。
「サラ! ネペ! クラリア! 聞こえますか?!」
「こちらサラセニア。聞こえてるわよ! どうしたの?! 突然、通信が出来なくなったけど」
「なーに、ちょっとしたトラブルです。もう解決しました! 今は帰りのトンネル内です」
魔力通信機も回復した様だ。皆の声が聞こえて、私達も少し安堵する。
「お嬢も、怪我はありませんか? 私、ずっと心配で……」
「サイウンにも、心配かけたわね。私は無事よ。怪我1つ無い」
私の元気な声が聞こえて安堵したのか、彼女は息をついた。随分、心配をかけたらしい。
「まだ安堵するのは早いですよ。このトンネルを抜けるまで、油断出来ません」
「ウィン様、そう言っている割に大分余裕を感じられるけど」
「はは、戦闘機での綱渡りは、本日3度目ですので」
ウィン様は余裕を見せながら、トンネルを器用に飛び回る。怖くない、といえば嘘になるが。
「……?」
私がなんとなく、横を向いたた時だった。妙な違和感を覚える。
すぐに、その違和感の正体が分かった。トンネルの、それまで光っていた石壁が、輝きを失い、どんどん暗くなっていっている。
「ウィン様! 壁の光が無くなっていきます!」
「その様ですね……」
ウィン様も、違和感に気付いたのか、少し、狼狽の色を浮かべた。
「クラリア、トンネル内部の明るさが、どんどん失われていきます。何か本には書いてありますか?!」
「待って……まずい! 転移先の異世界が、何らかの事情で消滅したら、ゲート自体も消えてしまうって書いてある! それかも!」
「という事は……」
「急いでトンネルを抜けて! お兄ちゃん達も、それに巻き込まれて消滅してしまうかも!」
「ええっ?!」
私は、流石に焦る。冗談じゃない、ここまで来て、皆の元に帰れないなんて……。
「ウィン様! ねえさま! 」
「急いで! ここまで来て未帰還なんて許さないから!」
軽くパニックになったのか、ネペンテスちゃんとサラセニアちゃんが焦った声を上げた。
「……スカイ、加速するので、気をしっかりもって。大丈夫、エースを信じて下さい」
私は軽くうなずく。ここまで来たら、彼の腕を信頼するまでだ。
「アフターバーナー、全開!」
途端に機体は加速し始める。私は舌を噛まない様にしっかりと歯を食いしばった。この間にもどんどん、トンネル内は暗くなっていく。
速度は相当なものだ。もしかしたら、最高速度に近い速度が出ているかもしれない。そんな状況でも、機体はブレず、狭いトンネル内部を真っ直ぐに進む。
「見えました、ゴールです!」
前方には、明るい出口が口を開けていた。反比例する様に、トンネルの中はほぼ、暗闇である。
「進路そのまま! トンネルを抜けます」
ウィン様の操る機体は、一気にゴールを駆け抜けた。狭いトンネルから一転、辺りに広がるのは、一面の、夜明け前の茜色の空だった。
後ろを向くと、私達が出たのと、ほぼ同時に、今しがた出た、宙に浮いた穴が閉じた。ギリギリセーフである。
「トンネル突破! 我々の居場所に帰って来ましたよ!」
「ウィン! やったわね! お帰りなさい!」
「ウィン様! ねえさま! よくぞ無事に……!」
「流石私のお兄ちゃん! 流石私の相棒! 一生着いて行くよ!」
無線ごしに、皆が歓喜していた。改めて、無事に帰ってこれた事を実感して、どっと安堵が押し寄せてくる。
「お嬢、お怪我はありませんか?」
サイウンも、無線ごしに声をかけてきた。彼女には、馬鹿親父に婚姻の話を振られて以来、今日まで随分心配をかけさせた。なので、元気よく返事を返す。
「ピンピンしてる! サイウンにも、心配かけたわね」
「いえ、お嬢に心配かけさせられるのなんて、いつもの事ですから。気にしないで下さい。帰ったら、お嬢の好きな、ミルクティーを淹れて差し上げましょう」
「良いわね。向こうの世界で飲みそこねて、喉がカラカラよ。極上の1杯を頼むわ」
「準備しておきます」
時刻はすっかり朝だ。もう日が昇り始めている。
「こちらは空中管制機ナイトランナー。聞こえるかビッグ・ディッパー。貴機の反応を再度確認した。突然レーダー上からロストしたから、焦ったぞ」
「こちらビッグ・ディッパー。心配をかけさせました。こちらは無事です。こちらの『任務』も完了しました」
「そいつは良かった。基地まで誘導する。本機の指示に従え」
「了解」
ウィン様は、指示通り、機首を基地の方角に向ける。聞けば、基地まで15分程、という事だ。
「……今日は、疲れたわ」
「奇遇ですね。私もです。今日1日で、色々な事があり過ぎました」
ウィン様は、そう言って軽く笑った。言葉の割にあまり疲労して無さそうな辺り、この人、見かけによらず、相当タフである。
「そう言えば、本来、今日は結婚式だったわね。この調子じゃあ、状況が落ち着くまで式は延期でしょうけど」
「残念ですね。貴女の花嫁姿がお預けなのは」
「なぁに、時間なんてあっという間に過ぎるわよ。それまで、楽しみに待っててねって事で」
「はは、素敵な式にしましょう」
「ええ!」
私達は、そう言って、どちらからともなく笑い合った。
これにてこちらもHappy end!
読了、お疲れさまでした。これにて、本作は完結です。
よろしければ、ページ下から評価していただけると嬉しいです。作者が喜びます。
コメント、ブックマーク、誤字脱字報告もよろしくお願いいたします。