49 一つの結末
ミサイルの撃ち方を、ウィン様から聞いた私は、早速、言われた通りの手順で、発射態勢に入った。
「ええっと……赤いレバーに手を添えて、ゆっくり、魔力を注ぎ込んで……」
「間違えて、脱出装置には触らない様に」
ウィン様の声を聴きながら、私は確実に発射シークエンスを続ける。
「そして、魔力が溜まったら、目を閉じて、意識を集中する」
「ミサイル視点の映像が、脳内に流れ込んでくるはずです」
「ん……見えてきた。後は、このレバーを引けば、ミサイルが放たれる」
「なるだけ、敵に近づいてから放ちます。引き金を引いたら、ミサイルが放たれて、脳内で思った通りの方向に動くはずです」
「分かったわ……何か、妙な感覚ね」
かつての戦争で日本が作り、実戦投入した特別攻撃機の事を思い出して、少々複雑な気分になる。だが、これはあくまでミサイル。中に人は乗っていない。
「ビル街を抜けます。引き続き遮蔽物でレーザーの狙いを逸らす為に、かなり低空を、高速で飛びます。攻撃チャンスは一度きり。攻撃のタイミングはあなたに任せますよ、スカイ」
「了解。あの魔王城の門に居るはずね。任せておいて」
「場所が分かりますか?」
「かつての愛読書よ。どの地点に、何があるかは分かってるわ」
魔王城の間取りは頭の中に入っている。こちとら原作者だもの。
そうする間にも、レーザーは私達を撃ち落とそうと、前後から飛んできている。それを掻い潜りながら、ウィン様は門へ機体を近づけていく。相変わらず、魔力無線機からは、マリスちゃんの罵声が響いているが、それを聞き流して集中を続ける。
更に、私の能力、『狙った所に物を落とす力』。それをネペンテスちゃんの指輪で増幅し、ミサイルにその力を付与する。これで、狙いを外す事は無いだろう。本来、世界を滅ぼす組み合わせ。それを、自身の生存の為に活かす事にする。
「……発射!」
私は、絶好のタイミングでミサイルを放った。レーザーの迎撃を防ぐ為に、低空を這う様に進んでいく。
そのうち、マリスちゃんもミサイルに気付いたのか、レーザーが何本も飛んでくる。が、それらは全て外れて、私は、門の前に陣取る少女を捉えた。流石に恐怖を感じたのか、彼女の顔が歪んだ。
「ごめんなさい。私には帰る場所があるの」
私はそう言うと、門にミサイルを命中させた。途端に、視界が暗転し、誘導が切れた事が示された。
「命中! レーザーが止まった! 爆発に巻き込んだみたいですね!」
「ウィン様、今のうちに!」
「はい! ロケットブースターを使います! 高Gに注意!」
ウィン様は、アフターバーナーを限界まで吹かし、更には、機体に取り付けられたロケットブースターに点火した。急激に機体の速度が上昇し、キツイGに身体が悲鳴を上げる。すぐに機体から、ソニックブームが発生する。
「音速突破! このまま異世界へのゲートを潜ります!」
目の前の門からは黒い穴が、ぽっかりと口を開けていて、ウィン様は躊躇いなく、そこに自機を進入させた。
「皆! もうすぐ帰るからね!」
***
私、マリス・ストライダーの計画は、完璧とまではいかないが、それなりに上手くいくはずだった。
創造主様を異世界から拉致し、この世界の食物を食べさせて、帰れなくさせてから、私達の物語をずっと紡いでもらう。
だが、その計画は、あの本来敵役として雑にザマァされるはずの王子によって、崩壊してしまった。彼女を奪い返され、取り返そうと、こんな事もあろうかと学んでいた、レーザー攻撃は全て回避され、虎の子のバエル様の攻撃すら凌ぎきり、しかも、私にミサイルを撃ち込まれた挙げ句、異世界に帰られてしまった。
……まだだ、もう一度。
身体は流石にボロボロだが、まだ、私は生きている。命さえ繋いでいれば、チャンスはまた巡ってくる。
もう一度、仕掛ける。異世界へ軍勢を送り込み、創造主様をまた攫う。そうしなければ、私が、これまで費やした十数年は全て無駄になる。
バエル様達も永遠に動けない。
しかし、その為には、まずは自身の回復が先だ。そう思って、重いまぶたを上げた。
「?!」
目の前に広がる光景に、私は驚愕した。
ここは魔王城。そこの魔王の間だ。かつて、私が、ここに人質として送り込まれた時に、初めて連れてこられた、懐かしい場所。
そこに、かつてと変わらない姿の、最愛の人の姿があった。
「バ、バアル・バエル様……!?」
「どうしたマリス? そんな驚いた様な顔をして」
目の前の魔王様は、かつてと変わらない姿で、私を見つめている。
……そうか、あのフォルダに最終回として続編が保存されて、創造主様が帰ったから、時間が動き出したんだ!
心当たりに即座に気付いた。と、いうことは、この後の展開は……。
「それより、マリス、答えを聞かせてくれまいか?」
「えっ?」
「……私の愛の告白の続きだ」
創造主様の書いた文、そのままの展開が続く。このまま、彼の告白を受け入れて、口づけをすれば、話は完結。ハッピーエンドで、終わってしまう。
(このままでは、終わってしまう。私達の話は……私は、ずっとこの話の続きが読みたいのに!)
嫌だ。まだ、ストーリーを続けたい。そんな思いが、私の心を支配しそうになる。
だが、私それ以上に、最愛の人の時間が再び動いた事、再び、声をかけてくれた事が嬉しくて、話が永遠に続いて欲しいという思いは、ゆっくりとしぼんでいった。
(……このまま、終わらせても良いか)
無念な気持ちは無くは無い。だが、私は、魔王様に笑みを向けると、彼の唇に、口づけを落とした。
これで、おしまい。この話は完結する。
「魔王様、私、ずっと、待っていました。お慕いしています」
――Happy end
もうちっとだけ続くんじゃ