46 救出
「突然の暴力は申し訳ありません。驚かせましたね」
「えっ、えっ?」
私の前に突然現れた、白馬の王子様に、私の頭は混乱している。ここは、異世界のはず。何故彼が……。
「あー、これは貴女が襲われていたので、緊急避難的に殴っただけで、私に女性を引っぱたいたり、DVをしたりする性癖は無いので、勘違いしないでください。私は至って紳士的な下着フェチであり……」
「ストップ、ストップ。とりあえず、助けてくれた事は感謝するし、貴方の性癖についてはもう聞いているから。それより、どうして異世界に……?」
ズレた事を言い始めそうなウィン様を遮って、私は気になった事を聞いた。
「まぁ、ちょっとした、オカルトに頼ったんですよ。持つべきは有能な妻ですね。彼女達の活躍で、無事にあなたの元に辿りつけました。詳しい事は後でゆっくり話します。今はここから逃げましょう」
そう言って、ウィン様は失神しているマリスちゃんを一瞥すると、拳銃を構える。
「えっ、ちょっ?!」
そのまま、頭に狙いをつけると、躊躇いなく引き金を落とした。乾いた銃声が部屋に響き、私は思わず、短い悲鳴を上げた。グロテスクな光景が広がる事を想像し、目を瞑った。そして、しばらくして、覚悟を決めて薄眼を開けたら、意外な事に、特に床に血だまりが広がっているという事は無かった。
「死んで……無い?」
「あの鎧共の仲間……(?) だけあって、身体的なスペックは高いみたいですね。拳銃弾を弾きましたよ、こいつ」
躊躇いなくトドメを刺しにいくあたり、ウィン様も軍人なのだと改めて思い出させてくれると共に、これも魔法の力だろうか。マリスちゃんも、相当な剛の者という事を思い知らされた。恐らく、ウィン様が来るのがもう少し遅れていたら、私はあのお茶を飲まされて、帰れなくなっていただろう。とても、腕力で抵抗できるとは思えない。
「ウィン様……これは夢ではありませんよね……? 疲労と緊張のあまり、脳が見せてる幻覚でもありませんよね?」
「はい。私は現実の人間です」
「現実かどうか確かめたいので、頬をつねって貰っても良いですか?」
「妻に暴力を振るうのは躊躇わられますが……」
そう言うと、ウィン様は私の頬を軽くつねった。彼の身長はかなり低いので、私を見上げる形になっているのが可愛らしい。……あ、痛い痛い痛い、現実の様だ。
「気が済みました?」
「ええ。現実の様ね……」
そう認識すると、途端に緊張の糸がほぐれたのか、私でも無意識のうちに、涙が頬を伝った。
「あぁ……ごめんなさい、少し強すぎました」
「うっ……うっ、違うの、別に痛くは無いの。ただ、安心したら涙が……」
涙を流す私の肩を、ウィン様はそっと、抱いてくれた。
「怖かったですね。でも、もう安心ですよ。ラヴメニクロス……いえ、大陸でも屈指のエース。ウィン・ラヴメニクロスが来たからには! 皆も、王女様の帰りを待っています」
そう言って、ウィン様は懐に入れた水晶玉を取り出した。噂には聞いたことがある。たしか、魔力無線機、というマジックアイテムだったか。そこからは、私の無事を喜び、心配する皆。サイウン、サラセニアちゃん、ネペンテスちゃん、ウトリクラリアちゃんの声が響いている。
……あぁ、私はこれが……この言葉が、この人達が欲しかったのだ。
純粋に、私の事を心配して、無事を安堵してくれる存在。物質的には豊かだったものの、前世では無かったもの。それが今はある。
……皆の元に戻りたい。
そう、心から感じた。私は涙を拭うと、ウィン様の手を握った。
「……帰りたい。元の世界に。ウィン様、連れて行ってくださいますか?」
「元より、その為に来たのです。こんな所からはおさらばしましょう。王女様」
ウィン様は、相変わらずの美少女顔でウィンクすると、私の手を握り返す。
「近くに、愛馬を停めています。王女様、絶叫マシンは好きですか? 」
「嫌いじゃないわ。あと、話は変わるけど、王女様って呼び方は、もうしなくて良いわ。今後は、私の事はスカイって名前で呼んで」
「そうさせてもらいましょう。それではスカイ。これから、ジェットコースターより、刺激的な体験が出来ますよ。お楽しみに」
ウィン様はそう言って、悪戯っぽく笑う。そのまま、手を握ったまま、私を連れ出そうとする。
「その前に、ちょっと待って」
私は一度手を離すと、ノートパソコンの前に行く。そのまま、開きっぱなしの文章ファイルの一番下に、再度『happy end』の文字を打ち込んで、デスクトップの『続編』と書かれたファイルに保存した。
「これで、心残りが消えたわ。……行きましょう」
ウィンは紳士なので下着ドロみたいなセコい事はしません。
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