45 黄泉戸喫
「……」
「どう……かしら?」
「……」
私、スカイが書いた小説を、マリスちゃんは、真剣な表情で読んでいる。
言われた通り、私は彼女達の話の続きを書いた。
マリスちゃんと、魔王バアル・バエルが相思相愛になる直前に止まった話。私は、その時間を動かし、彼女達の気持ちを通じ合わせ、口づけを交わした所で、物語を閉じた。
拉致され、無理矢理に書かされたとはいえ、完結出来ずに心残りがあった小説のラストに、ハッピーエンドの字を書いた時には、長年の胸のつかえが取れた気分だった。
「エクセレント。流石創造主様。やるじゃない」
マリスちゃんに褒められた事で、私は一安心する。満足いく出来だった様だ。
「ただし……」
「ただし?」
マリスちゃんが、声色を変えた事で、私は警戒を露わにする。これ以上、何をさせる気なのだろうか?
「これで終わり、というのはいただけないわ」
サラリと、彼女は言い放つ。
「というと……?」
「まーだ完結するには早い、って言っているの。私はずっと待ったのよ! たったこれっぽっちで完成、なんて認めない!」
マリスちゃんは、ノートパソコンのバックスペースキーを押して『ハッピーエンド』の字を消した。
「ああっ!?」
「分かっていないみたいね、創造主様。貴女は、もう元の世界には戻れないの。一生、ここで私達の物語を紡いでもらうの」
そのまま、マリスちゃんは私に掴みかかる。
「絶対に簡単に完結させない。私は、あれだけ待ったんだ。簡単に終わらせてたまるものですか。好きな話は永遠に続きが読みたい。そうでしょ?」
「く、苦しい……」
彼女の瞳には、若干の狂気が入っていた。思わず、恐怖を感じる。
「早く! さぁ早く! 続きを書きなさい」
「ゴホッゴホッ! ハァハァハァ」
突き放す様に解放され、私は、思わず咳き込む。身体的な危機に、咄嗟に脳裏に浮かんだのは、向こうの世界の皆の顔である。
「サイウン……サラセニアちゃん……ネペンテスちゃん……ウトリクラリアちゃん……ウィン様……皆」
「まーだ、あの世界に未練があるってわけ……分からない人ね。もう、貴女は帰れないのに」
それを聞いたマリスちゃんは、怒りを見せながら、先程出した、ミルクティーの入った湯呑みを手にして私の顎を持ち上げる。
「本格的に心を折らないと駄目みたいね、帰巣本能ってやつ? いつまでも、元の世界への思いを断ち切れてない」
「私の意思を無視して拉致したくせに、何を……!」
私の抗議は無視し、マリスちゃんは私を押し倒す。
「ここの食物を口にしたら、貴女は完全にこの世界のモノになる。そうなれば、貴女も完全に諦めつくでしょ」
マリスちゃんは、無理矢理、私の口を開かせる。かなり強い力で、全身を使って押さえつけられているので抵抗できない。
「レッツ、黄泉戸喫〜!」
「や、止めて!」
「止めてと言われると、余計にやりたくなる性質でねぇ。さ、諦めなさい!」
あぁ、皆の元に帰りたい。そう心から思った。でも、もうダメかもしれない。せっかく結べた縁だったのになぁ。
「私の妻に何してるんですか! 彼女を放しなさい!」
その時である。この世の人間のものとは思えない美声が、薄暗い部屋に響いた。
そして、私を拘束していたマリスちゃんの頭上に、拳銃の台尻が叩きつけられた。
「がはっ……!?」
背後からの、突然の暴力に、彼女は全く対応できなかった。頭に与えられた衝撃に脳震盪を起こしたのか、マリスちゃんは床に倒れ込む。持っていた湯呑みは、そのまま床に落ちて、入っていたミルクティーが染みを作った。
「?!」
急展開に、私は彼女を殴打した人を見上げる。それは、私が知る人物だった。
「……ウィ……ン様……?!」
「お怪我はありませんか? 王女様。おとぎ話通り、王子が白馬で……いえ、戦闘機に乗って助けに参りましたよ」
彼は、相変わらずの、クレオパトラや楊貴妃や小野小町を思わせる、絶世の美人の顔で、私に対して笑みを浮かべた。
スケベで飛行機バカだけどやる時はやる旦那の図。
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