43 突入(旦那視点)
「隊長、燃料と機関砲の補給は終わっていますが、ミサイルは、例の試作品のみを積んだだけです。大丈夫ですか?……何しろ急な出撃命令だったもので」
「仕方ありません。ミサイルは前部座席からでも撃てますね?」
「それは問題ありませんが、長所の誘導性と長射程を生かすには、後部座席の火器管制官の補助が必要です」
「実質、ただの大型短距離ミサイル、というわけですね。まぁ良いでしょう。あまり重量があっても速度が出しづらい」
ウィンは、格納庫で整備兵と愛機の具合について話している。
大佐は、ウィンの要請……スカイが攫われたので、奪還の為に愛機を飛ばしたい、という願いに、初めは混乱していた。が、彼の様子があまりにも真剣だった事、何より、彼と言い争いをするには、大佐自身も限界まで疲労していた事から、撤退する敵の偵察という体で飛行許可を出してくれた。持つべきは話の分かる上官である。
という訳で、格納庫に彼はいる。奪還時にスカイを後部座席に乗せるつもりなので、ウトリクラリアは留守番だ。必然、火器管制が必要な複雑かつ大量の兵装は積めない。今回の奪還作戦で使えるのは、20mm機関砲と、整備兵が良かれと思って積んでくれた、先日完成した試作魔力誘導式多目的大型誘導弾1発のみだ。
「あとは……向こうで機体からの乗り降りに使う縄梯子あたりですか。それに、通常の無線が使えない事に備えて、魔力無線機」
必要そうなものを積み込んだウィンは、整備兵から受け取った機体を、自分でも一通り離陸前のチェックを済ませて、管制塔の指示通り離陸位置にタキシングさせた。
「ビッグ・ディッパー、離陸を許可する」
「了解、離陸します」
ウィンは、難なく機体を空に上げると、すぐに車輪をしまいスロットルを操作して、機体を増速させる。
「こちらは空中管制機ナイトランナー。話は聞いている。なんとも厄介な事になったな。お疲れ様と言いたい所だが」
「ありがとうナイトランナー。お疲れなのはお互い様ですよ。もうひと頑張りです」
「疲労は大丈夫か?」
「なーに、空を飛んでいると疲労も吹き飛ぶ」
「……本当に根っからの飛行機バカだよ、貴官は」
「はは、それはそれとして。話を聞いているなら早い。もし異世界への扉らしきものが現れたら教えてください」
「了解」
次いで、今度はウィンは、水晶玉……魔力無線機の方に声をかけた。ちなみに、旋回やロールや宙返りでずり落ちない様に、パイロットスーツの中に入れている。
「サラ、ネペ、クラリア。それに、サイウンさんも、魔力無線の調子はどうです?」
彼女達には、基地から適宜、サポートをしてもらう手はずだ。
「感度良好! 困った事があったら言ってね」
「頼りにさせてもらいます。早速ですが、ネペ。この指輪の使い方ですが……」
グローブに覆われて見えないが、ウィンの指には件の、片割れの位置が分かるという機能がついたネペンテスの指輪がはめられている。これで、スカイの位置を探知するつもりだ。
「魔力を込めて、ぐわーんって感じに、念じてみて」
「ネペぇ……相変わらず、説明が下手っぴだねぇ。お兄ちゃん、困ってるじゃん」
「仕方ないじゃない。アレ、言葉で説明するの、地味に難しいんだもの」
「ま、やってみますよ。ぐわーんって感じですね」
ウィンは言われた通り、指輪に魔力を込めた。何度かやって、コツが掴めた。そのうち、脳裏にスカイの位置が表示された、その反応といえば言語にしがたい、独特な感覚だ。確かに、ネペンテスが言っていた通り、異世界にいるのだ、というのが伝わってくる。
「なんとなく、ですが、この指輪の使い方、分かった気がします。……これは確かに言語化し辛い。この反応を辿って行けば、王女様の元にたどり着ける、という事ですね」
「そういう事」
まずは、手がかりたる指輪を使いこなす、という第一関門はクリア。後は、異世界への扉を開く事だが……。
「後は、異世界へ行けば良い訳ですか。とりあえず、やれるだけやってみますか」
異世界への扉を開く鍵にあたる、魔法陣を描いた紙は、コックピット内に貼り付けてある。
ウィンは、機体をインメルマンターンで一気に上昇させて、位置エネルギーを貯める。ある程度高度を稼いだ所で、アフターバーナーを吹かしながら、一気に急降下した。位置エネルギーが速度に変換され、Gに身体が押さえつけられる。
速度計の示す数字はみるみる上昇する。そのうち、衝撃と炸裂音……ソニックブームが発生し、機体が音速を越えた事がウィンにも分かった。
「ナイトランナー、音速を超えました! 周囲に変わったものは?!」
「待て……ビッグ・ディッパーから見て1時方向、レーダーにアンノウンを確認。そちらから見えるか?」
ウィンは速度を維持したまま機体を水平にして、そちらの方向を見る。すると、まさに目を向けた方向で、奇妙な事に空中に穴が空いていた。穴は、丁度戦闘機が1機、潜れそうな大きさである。
「クラリア、空中に穴が空いています。あれがそうですか?」
「本の記述によると、多分それだねぇ」
「サラ、お手柄ですよ! 貴女の描いた魔法陣、上手く機能しています」
「これでも聖女よ、私。それくらいは朝飯前よ」
口調的に、水晶玉の向こうでサラセニアがドヤ顔をしていそうだ。そんな事を思いつつ、ウィンは操縦桿を操り、空中の穴に向けて、機体の機首を向けた。
「それで? アレに、音速のまま、突入しろと?」
「そう。お兄ちゃん、出来そう?」
「これでもエースですよ、私。舐めないでください」
ウィンは、アフターバーナーを再度吹かし、速度を維持したまま、吸い込まれる様に穴に向かう。
「速度よし、角度よし、突入します!」