40 懐かしい光景
「大佐、敵軍が撤退し始めたとはどういう事です?!」
「そのままの意味だ。鎧野郎ども、あの山の大穴に帰っていく」
ウィンはウトリクラリアを伴って、作戦会議室に向かい、そこにいた大佐に問うた。彼も困惑しているのか、峡谷飛行から一気に情勢が動き続けているせいか、かなり疲れている様に感じる。
ちなみに、サラセニア達は、地下の遺体安置所で永遠に眠っている敵兵の遺体から、彼が持っていたペンをくすねて、今魔法陣の制作に取り掛かっている。
「敵兵が撤退を始めた、という事は核攻撃の件は……」
「今王城から、通信が入った。核攻撃は中止だそうだ!」
「……良かった」
ウィンは緊張の糸がほぐれて、思わず、その場にへたり込んだ。自分でも意外な程、肉体的、精神的な疲労感を抱えていた様だ。
「ま、状況次第では、再度、攻撃を再開する予定らしいが」
「勘弁してください……」
少し不安になりつつも、ウィンはウトリクラリアにアイコンタクトを送る。
(お誂え向きに、目の前の問題は体よく解決しましたね)
(だね。なんで突然連中が撤退したのか、わからないけど)
(とはいえ、敵の攻撃が収まった以上、状況は、有効に活用させて貰いましょう)
即座に視線だけで以上のやり取りを終えると、ウィンは大佐と話を続ける。
「とりあえず、私が王城に行く必要は無くなりましたかね?」
「ま、大丈夫じゃないか? 撃ち込む相手がいない以上、自国で核兵器なんて、誰も使いたがらないだろう」
「そこで、1つ提案……というより希望があるんですが……実はかくかくしかじかで」
「は? スカイ王女が敵に拉致された?! それで音速で飛べる機体が必要?!」
ウィンの話を聞かされた大佐は、案の定、困惑している様子だった。
さて、上手く説き伏せなければ……。王子としての権力を使ってでも。あまり、上官であり師匠を脅かす様な事はしたくないが、現状、このオカルトめいたやり方に賭けるしか、スカイを連れ戻せそうな方法が無いのだ。
***
「う、う〜ん……」
「意識、戻った様ね」
「……?! ここは?!」
私、スカイ・キングフィッシャー・ロークが、意識が戻って初めて見たのは、自分を攫った少女の顔だった。
彼女は、銀髪の、活発そうだが、同時に気品も感じられる容姿をしている。顔は美人に分類出来て、魔族の象徴的な角はついていない。
私は、彼女の事をよく知っている。
「貴女は……マリス……マリス・ストライダー」
「御名答。流石は創造主様、ね」
銀髪の少女、マリス・ストライダー。
彼女は、私が書いていた……そして、完結できなかった小説の主人公だ。
元々、貴族令嬢で、早くに母を失い、後から来た継母とその連れ子から、ひどい扱いを受けていた。まるでシンデレラだが、彼女には魔法使いの知り合いはいない。必然、かぼちゃの馬車も、ネズミの従者も、ガラスの靴も無かった。
ある日、父親から告げられたのは、魔王バアル・バエルの元に、従属の証として半ば生贄として嫁げ、という、あまりにも無茶振りめいた命令だった。彼女の国は魔族達によって攻撃され、降伏・従属する事と相成った。その為、人質が必要になったが、それに彼女が選ばれてしまう。
絶望しながら魔王に嫁ぐマリス。だが魔王バアル・バエルは彼女を気に入って、溺愛する様になる。始めは、捨て猫の様に頑なだった彼女の心は絆され、相思相愛になり、魔王とファーストキス……といった所で、私が死に、いわゆる「エタった」状態で、話は止まっている。
そんな背景の彼女が、どうして目の前にいるのだろう。どうして私を攫ったのだろう。
「……何故、この世界の魔族は、次元を超えて侵略なんてしたの? 私を攫ったの?」
娘とも言える存在に、私は問う。彼女の、そして魔族達の意図が分からない。
「何故……そうねぇ、それより創造主様、この部屋、何か見覚えが無い?」
彼女に言われ、改めて今自分がいる部屋を見回す私。
そして、驚愕した。
この部屋を私は知っていた。
「ここは……私の部屋。生きていた時の」
私が今いる部屋。それは驚いた事に、私が『スカイ・キングフィッシャー・ローク』になる前。生前の『一之谷揚羽』として生きていた頃の、引きこもり部屋まさにそのものだったのだ。