39 魔法陣と音速(旦那視点)
「まず、このページを見て」
ウトリクラリアが持ってきた本は、かなり年季が入ったもので、ありがちなエンタメ重視の与太話本というより、ガチガチの研究書といった感じだ。
「ここ。異世界に行くための魔法陣の一覧なんだけどぉ、さっきの魔法陣と似ているのがあるよねぇ」
「そう言われると似ている様な気もします……」
ウトリクラリアが指した魔法陣、それはかなり特徴的なもので、なんとなく、先程スカイの足元に浮かんだものと似ている気もする。
「詳しい原理の説明は眠くなるから省略するけどぉ、魔法陣と同じ物を、行きたい異世界由来のものを使って紙に描いてぇ、ある事をする事で、その世界に行ける、とあるねぇ」
「行きたい異世界由来のもの?」
「少し前に、並行して色々な世界が同時に存在しているって仮説があるって話、サラ達にもした事あるじゃん。その概念を念頭に置いておく必要がある。その仮説だと、色々な世界が並行して存在している。ただ、魔法陣を描きこむだけだと、多数の並行世界の中から、こちらから行きたい世界を選ぶ事が出来ないんだ。だから、繋ぐ世界を固定する為に、その何でも良いから、行きたい世界由来のものを入手して、それにインクを付けて魔法陣を描く事で、繋ぐ世界を固定出来る……らしいよ」
少々複雑な説明に、サラセニアは難しい顔をした。
「つまり……異世界に行くのには、その異世界由来のものが必要って事? なんか、一文で矛盾してない?」
「そうだねぇ……悪魔の証明というか、卵が先か鶏が先か、みたいな話だ。まぁ、オカルト関係の話だと、良くある事だよ。ただ……今は、丁度、行きたい異世界由来の物が、沢山あるよね?」
「敵の鎧軍団! 丁度、先程死体が運びこまれていましたね!」
「正解!」
サイウンの答えに、ウトリクラリアは満足げな表情になる。
「そして、あのローブ女、鎧軍団の仲間みたいな事を自分で言ってた。多分あいつも連中がやって来てるとかいう小説の世界の存在でしょ。これで、世界を繋げる事は出来る」
「でも、さっきの口調的に、それ『だけ』ではまだ足りなさそうね」
「さすがネペ。頭は悪いけど、察しは良いねぇ」
「頭が悪いは余計よ!」
ネペンテスの抗議をスルーしつつ、ウトリクラリアは話を続けた。
「そう、ただ、魔法陣を描くだけだとまだ足りない。ここで、まず、魔法陣の描き方。まず、聖なる能力を持つものが、これを描く必要がある。一般人が描いても、上手く効果が発動しないらしい。そしてぇ、おあつらえ向きに、我が身内には、聖女様がいらっしゃる!」
「私!? それを私が描くの!? 」
突然話を振られ、サラセニアは動揺した。まさか自分が、そして、かつて忌まわしい事に使った力が、重要になるとは思ってもみなかった。
「綺麗に描いてねぇ? 」
「……責任重大ね……」
「あぁ。あと、描いたら、最後に陣中央に、『飽きた』って文字を書かなきゃいけないらしいから、忘れないでねぇ。ラヴメニクロス語で良いよぉ」
「う……地味にややこしいわね……」
次に、ウトリクラリアは、ウィンの方を向いた。
「次にお兄ちゃん。ただ魔法陣を描いただけだと、異世界への扉は開かないんだ。扉を開くには、その描いた札を持った上で、音速以上で動く必要がある」
「音速以上……。と、いうことは」
「これまで、この魔法があまりメジャーじゃなかったのは、ここらのハードルの高さがあったんだろうねぇ。ただ、この場には音速以上で動く事に慣れている人が2人いる」
「私と、クラリア、という事ですね」
「正解! 音速以上で動く事で、異世界に繋がる扉が現れる。そこに、音速のまま、トンネルに入るみたいに進入する事で、異世界に行けるんだってさぁ。異世界から戻る時も同様」
「その扉が、どんな大きさかは分かりませんが……戦闘機でトンネル潜りをしろ……。そう言いたいんですか?」
「鋭いねぇ。流石お兄ちゃん。私も飛行機の操縦自体は出来るけどぉ、そんな繊細な操作はお兄ちゃんじゃないと難しいかなぁって」
「……私が邪悪な龍から、姫君を救う騎士役になるって事ですか」
ウィンはしばし、黙考した。そして、口を開く。
「……駄目です。今は、王女様の事より、核攻撃中止の訴えをする方が先です」
「ウィン様! ねえさまを見捨てるの?!」
「私だって、彼女を見捨てる様な事はしたくありません。でも、王族として、優先すべきは1人より、数千の命なんです」
ウィンはそうは言いつつも、それ以上に、後味の悪そうな顔をしている。
空間に少し悲壮な雰囲気が流れる。それを破ったのは、ウトリクラリアだった。
「……分かった。まぁ、お兄ちゃんならそう言うよね。むしろ、内心、このまま民より王女様を優先したらどうしようと思ったもの。私が出る。機体は……司令官なら割と話は分かるし、ダメ元で相談して……最悪、軍法会議覚悟で格納庫から、適当な複座機かっぱらうかな」
「クラリアに出来るの?」
サラセニアの疑問に、ウトリクラリアは、悪戯っぽく微笑む。
「私だって空軍軍人なんだよ? 戦闘機の操縦くらいは出来るよ! トンネル潜りなんて出来るかは分からないけど、出来なきゃ、多分、王女様帰ってこれないでしょ! こう見えて、アタシ、王女様の事は割と、気に入ってるしね」
そんな会話をしている最中である。部屋の扉がけたたましくノックされた。
「隊長! 隊長ー! 一大事です!」
「なんですか『フェイクニュース』。こちらは取り込み中です」
声はウィンの部下だった。かなり慌てている様で、声は若干パニック気味だった。
「それは失礼しました。しかし、大変なんです!」
「一体どうしました? まさか、もう核が撃ち込まれましたか?!」
「いえ、そうではありません。……むしろ、良い報告というか」
一呼吸置いて、彼は言葉を続けた。
「敵軍、退却を始めました。あの大穴に帰っています!」
峡谷飛行に並ぶ戦闘機もののお約束、皆は分かるかな?
そうだね!! トンネル潜りだね!!
魔法陣中央に「飽きた」と書くのは有名な都市伝説のパロディ。
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