30 トラウマ
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懐かしい記憶。
まだ、私がスカイでは無かった頃。あの頃、私、スカイ・キングフィッシャー・ローク、もとい、『一之谷揚羽』は、孤独だった。
エリートだった父母の元に生まれ、多くの期待を込めて育てられた、名門一ノ谷家の一人娘。それが私だった。
だが、運の悪い事に、私は両親程出来は良く無かった。私の才能はどうも、母の腹の中に置いてきてしまったらしい。
運動神経は皆無。勉強は落第点ギリギリ。顔は、不細工ではないが、別に美人という訳でも無い。芸術的なセンスも無い。小説は書けたが、文豪レベルには程遠い。インターネットを見渡せば、私よりセンスの良い文を書く人などいくらでもいた。
鷹から生まれた鳶。どこにでもいる、どんくさい、平々凡々な少女。それが私の評価だった。
当然、両親は金に飽かして、私に最高の教育を施した。だが、元々の頭の悪さ、どんくささは変わらなかった。これが、ごく一般的な家庭に生まれた少女だったら、何も問題は無かったのだろうが、政界経済界に影響力を持つ一家の元に生まれてしまったのが運の尽き。
期待が大きかった分、周囲の失望も大きかった。特に、両親のあの絶望とも悲しみともとれる表情には、当時を思い出した今でも、戦慄する。
小さなころは、友達も沢山いた。だが、焦りを募らせた両親が、『悪い級友とばかりつるんでいるから』といって、もう私に関わらない様に、わざわざ相手の保護者に釘を刺したものだから、私に関わろうとする者は、同世代の中では誰も居なくなった。
さらに、父が母に「あれは本当に俺の子なのか? 俺の血を引いているとはとても思えない」なんてポロリと言ってしまったものだから、母は激怒し、その日以来、家の中でも常に緊張感が漂っていた。
ただただ、出来の悪い、自分が憎かった。どんなに努力したって、どんなに頑張ったって結果がついて来ない。惨めだった。いっそ、死のうかとも思ったが、勇気のない私には、ただロープを買ってきて、先を輪っかにしてどこか適当な所からぶら下げるという事さえ、出来なかった。
私が逃げ込んだのは、インターネットの海だった。日がな1日、部屋に引きこもり、ネットサーフィンに興じる。最初、両親は口うるさかったが、そのうち、何もかも諦めたのか、何も言ってこなくなった。インターネットの契約を解除したり、食事を提供しなくなる、なんて事もせず、ただ、不健全な現状を維持する事を選んだ辺り、本質的に、厳しさと虐待、それと甘さと優しさをどこかで履き違えた人達だったのだろう。
そうして何か月か引きこもっているうちに、何となく、久しぶりに日の光を浴びたくなって、散歩をしているうちに、ボコボコに叩かれた自分の小説の事を思い出し、そのまま不注意で飛び出して、トラックに轢かれた。
これが、私が『一ノ谷揚羽』だった時の過去。
哀れで、愚かな、女の子の短い一生。
***
「っ! はぁ、はぁ、はぁ……」
「どうされました!? どこか、お体の具合でも? 」
突然呼吸が荒くなる。ウィン様が心配する様に、私を眺めていた。
私が、かつて書いた物を思い出すと同時に、私の脳内には、過去の私、『一ノ谷揚羽』の惨めな一生が流れ込んで来た。なんて過去だ。この記憶には蓋をしたままで良かったのに……。
「大丈夫。少し、前世での嫌な記憶も思い出しただけだから……」
そう言って、自分を落ち着かせる。そうだ、目の前の2人は、私なんかより、よほど悲惨な過去を持っている。悲劇のヒロインぶるんじゃない、悲劇のヒロインぶるんじゃない……。
そう自己暗示をかけようとするが、惨めな記憶は、『一之谷揚羽』だけでなく、今の私、『スカイ・キングフィッシャー・ローク』の精神までえぐってくる。
精神的にダメージを受けた私に、優しく声をかけたのは、サイウンだった。彼女は、私の手をとり、声色同様優しく握る。
「お嬢。お嬢。……私は、お嬢の事、大切な妹分だと思っています。よかったら、何があったか、話してくれませんか? 悩みやトラウマって、人に話して、相談する事で、少し楽になる事もありますよ」
「サイウン……」
「あぁ、勿論、無理にとは言いませんが。今、話すのが辛ければ、いつでも構いません。……貴女は、私の大事な乳母妹ですから。困った時は、お姉ちゃんに頼りなさいな」
「……ありがとう」
「それに、私達もいますし」
「話くらいは聞くよぉ」
ウィン様とクラリアちゃんも、そう言ってくれた。
私は、簡単に取り戻した記憶について述べた。両親から将来を期待されて生まれた事。その期待に応えられなかった事。現実逃避の挙句、しょうもない死に方をした事。それを、サイウンやウィン様、クラリアちゃんは静かに聞いてくれた。
「ごめんなさい。ウィン様やクラリアちゃんはもっと悲惨な事を経験したのに、こんな事でパニックになるなんて……」
「いえいえ。貴女も辛い目に遭ったんですね……。辛いですよね。どんなに頑張っても結果がついてこないというのは」
「別にぃ、悲惨さを競ってる訳じゃないしぃ。どっちがマシとか悪いとかいう話じゃないよぉ」
2人はそう言って共感してくれた。思わず、涙が溢れそうになる。
サイウンはというと、私の手を握ったまま、軽く微笑んでいた。
「話してくれてありがとうございます。お嬢も苦労されたのですね。私、今の話聞いて思ったんですよ。お嬢がこうして、2度目の生を受けたのは、その『イチノタニ・アゲハ』ちゃんの鎮魂の為ではないかって」
「鎮魂?」
「はい。彼女は死ぬ時に、相当無念だったのではないでしょうか。私だったら恨みますよ、そんな生。褒められもせず、人とも関われず、楽しい事も何も無さそうじゃないですか。彼女の『もっと褒められたかった』『もっと友達と遊びたかった』そんな無念を、抱えたまま生を終わらせる事になった彼女に、神か邪神が再度、チャンスを与える事にした。そんな結果、記憶を引き継いで貴女が生まれた。そんな風に感じます」
そう言って、サイウンは私の涙を拭った。
「ほら、お嬢、泣いてたら可愛らしい顔が台無しですよ」
「サイウン……貴女、良い人ね……」
「おや、今頃気づきましたか」
私達を見ていたウィン様達も、安心した様に微笑んでいる。
「ひとまず、我が妻の苦悩は解決しそうですね。王女様、貴女の居場所はここにあります。私達が貴女を幸せにしてあげましょう」
「王女様、私達はぁ、貴女の味方だからね?」
作者の心の中にいる可愛い女の子曇らせ隊が大暴走した結果、主人公にも重い過去が生えました。
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