26 誘導装置
場所は王城。ウィン様の部屋。時刻は午前11時32分。
本来ならば、明日の婚姻に向けて準備をしたり、母上達をお迎えしているはずだが、今や王都は、突如現れた謎の敵に対し、ひっくり返った様な大騒ぎだ。結婚式どころの話ではない。
鉄道も全て運休で、母上達はどこかで足止めを食らっている事だろう。だが、今来てもかえって危険だろうし、逆に良かったかもしれない。シウンさんも付いているだろうし。
頭上には、先程から戦闘機や爆撃機が飛び交っている。あの中に、ウィン様とウトリクラリアちゃんもいるかもしれない。
「じっと待っているだけ、というのも辛いものね」
私は、手持ち無沙汰になり、部屋にあったノートのページを1枚拝借して、紙飛行機を折っている。
「ウィン様がいるもの。……私達が負ける訳が無いわ」
「そうですよ、ウィン様を信じましょう。お嬢」
部屋には、私とサイウン。それとネペンテスちゃんがいる。サラセニアちゃんは、聖女として色々忙しいのか、私に、有事の際に避難する防空壕の場所を伝えると、そのままどこかに行ってしまった。余った私達は、ウィン様の部屋で待機している。
私は、完成した紙飛行機を、そっと飛ばす。紙飛行機はふわふわ滑空しつつ、私が降ろしたいと思った、まさにその位置に、急に機首を下げて落ちる様に落下した。
「おねえさま。その飛行機、飛ばすの止めて。不吉だから」
墜落する様なその機動に、不安を感じたのか、ネペンテスちゃんが弱々しく言う。戦いに行ったウィン様の事が、相当に心配なのか、かなりげっそりしている。
「……ごめんなさい。落ちるものは不吉過ぎるわよね」
「いや。別に謝らなくてもいいけど」
ネペンテスちゃんは、そう言って、私から目をそらす様に、自分のはめていた指輪をいじり始めた。彼女も彼女で、ただ待つ事しか出来ない事に、無力感や焦燥感を感じているのかもしれない。
「しかし、なんですかね。お嬢が紙飛行機を飛ばすと、いつも妙な機動になりますよね。何か変な飛ばし方でもしているんですか?」
この重苦しい空気に耐えきれなくなったのか、サイウンがそんな事を聞いてきた。
「別に、変な飛ばし方はしてないわよ。多分、私の能力が原因ね」
「能力? そんなものありましたっけ?」
「なんていうか、私、昔から狙った所に、物を投げて落とす事が出来るのよ」
この能力に気付いたのは、10歳くらいの時だった。正直、これが何の役に立つのか、なんで私にこんな能力が芽生えたのか、と思っていたが、これがまさか、前世の自分が設定した能力だとは思わなんだ。あの第3王子には、気付かれない様にしなければ……。
「そういえば、お嬢、昔から球技は得意でしたね」
「野球からバスケ、水球までなんでもござれよ」
ドヤ顔しつつ、私は胸を張る。小さい頃は地元の男の子に混じって駆け回ったものだ。王族っぽく無いのは自覚している。
「……変な力」
「自覚はあるけど、そう面と向かって言われると反応に困るわ……」
ネペンテスちゃんは、指輪をいじりながら、そう言った。指輪は、金色のメッキがされていて、中央には小さな宝石がついている。
「ただ……これと合わせて使うなら、悪さが出来そうね」
「それは……あなたのご家族の……?」
「そう、屋敷の焼け跡で見つかった、炭化した遺体の1つがつけてた物でね。母様の形見の品。その遺体が母様のものだと、身に着けていたこの指輪のお陰で分かった」
「相変わらず出自が重い……」
「安心して。私がつけてる装飾品は、どれも、あの襲撃から燃え残った、出自が激重なものばかりよ」
「安心出来る要素が無いんだけど」
「……それはともかく、この指輪には、つけた人間の力を底上げし、魔法や能力を増幅させる力があるの。この中央の宝石を押す事で、3分間、力が増幅するわ。更に他の人や物に、その増幅した力を付与する事も出来るわ」
「へぇ……」
あれ、待てよ。なんか、どこかで聞いた様な……。
「原理的には、サラ姉様がウェターへの報復回復魔法攻撃に使った装置と一緒ね。姉様が使ったのは、もっと大規模な仕組みらしいけど。……例えば、スカイおねえさまの能力と合わせて使えば、ミサイルをより、精密に誘導する事だって出来る。例えば、それこそ、核を載せて、敵国の首都にシュート! なんて事も出来る」
「あ! それって!」
思わず声をあげて、ネペンテスちゃんはびくっ、と跳ねた。驚いた様だ。
私はここまでの話を聞いて、デジャヴの原因が分かった。あの、『原作』小説のオチのシーンだ。
最後に核ミサイルを、世界中の人口密集地に落とす作戦。その際に必要なのが、私の、『物を好きな所に落とす能力』と、その能力を増幅する指輪。
「そう言えば、あの指輪、どこから持ってきたのかと思ったけど、ネペンテスちゃんからだったのね……」
『原作』だと、彼女は絞首刑に処されるわけだが、おそらく、第3王子は彼女の死体から、この指輪を入手したのだろう。
ジロジロと、指輪を見られる事を訝しんだネペンテスちゃんは、ジト目で私を眺めている。
「何さ……あげないわよ? これは大事な形見の品なんだから」
「別に欲しがって無いわよ。ただ、その指輪、第3王子には、絶対に渡さない方が良いわ」
「ヴァン様に……あっ、そうか」
私の話を思い出した彼女は、納得した様にうなずく。あの過激派王子に、好きな所にミサイルを落とせる技術なんて与えたらどうなるか……。
「この『裏技』については他言無用よ」
私は、サイウンとネペンテスちゃんに対して、「お口にチャック」のジェスチャーをした。
別の中編書いてたら更新がおそくなりました。引き続きまったり更新予定ですので、続きはゆっくりお待ち下さい。