21 炎
「さて、どこから話そうかなぁ」
ウトリクラリアちゃんは、相変わらずウィン様に抱き着きながら、過去の事を思い出している。
「7か月戦争は知ってるかなぁ?」
「ええ。この国と周辺国との領土争いが原因で、全面戦争になったって、昨日、サラセニアちゃんから聞いた」
「勉強熱心だ。感心感心。それなら話が早い。その時にはアタシもぉウィン様の火器管制官としてぇ、戦争の最前線に駆り出されていたんだよねぇ」
「確か……その前から、ウィン様の相棒として共に、各国で傭兵として戦っていたとか……」
「おぉ、詳しいねぇ。好感度上がったよぉ。それに、容姿がアタシそっくりというのも良い」
相変わらず、間延びした話し方で、ウトリクラリアちゃんは笑みを向けた。私そっくりという事もあり、自分に笑みを向けられている様な、不思議な印象になった。
「ま、傭兵と言っても、どこも、親ラヴメニクロス国側で参戦しましたし、物資も機材も兵器も、ラヴメニクロスから供与されたものを使っていたので、実質的には同盟国の戦争や、代理戦争への介入という側面が強いのですが……」
あぁ、傭兵(実質ラヴメニクロス軍)という感じだったのか。現実でもよくあるやつ。
「おかげで、うちの軍は各地で実戦を経験した、精強なものに仕上がったのですが、その軍をもってしても、流石に3カ国同時に相手するのは、多勢に無勢でしてね。じわじわと追い詰められていきました……」
「その過程で、サラの故郷への毒ガス攻撃なんかもあったわけだけどぉ、他にも連中は非道な事をしてきたんだ……」
自身の父母の事を思い出したのか、サラセニアちゃんと、ネペンテスちゃんは少し悲しそうな顔になった。それでも気丈にふるまうあたり、芯の強い子達だと思う。
「連中、爆撃機を使って、無差別爆撃を始めた。ラヴメニクロス側の市民の士気を折って、厭戦気分を作り出す為に」
「……」
私がまだ日本で生きていた時の記憶。祖父母世代から、かの国がかつて戦争をしていた時代の話を聞いた事がある。無差別爆撃の恐怖については、あえて言われなくとも分かっているつもりだ。
「……実際の所、これらの非人道的行為が戦意喪失につながる事は無く、むしろ、ラヴメニクロスの人々の憎悪をより増幅させる事にしかなりませんでした。ともかく、そんな虐殺が行われているのに、空軍も黙って見ている訳にはいきません。戦闘機部隊は都市部を狙う爆撃機の迎撃任務に、より優先して割り振られる事になりました。必然、前線での制空権争いに割ける戦闘機の数は、少なくなります。これが、我が国の敗因の1つでもあります」
悔しげにウィン様は言った。大変歯がゆい思いをしたのだろう。
「……その日、お兄ちゃんが英雄になった日も、敵国から爆撃機が大挙してやってきた。ただ、その日はいつもと違った」
「違う?」
思わず、違う、という言葉を反芻する。
「その日は、敵の爆撃機部隊は2手に分かれた。片方が向かった先は王都ブラネスト。もう片方は、私の故郷だったトーレに」
はぁ、とため息をつきつつ、ウトリクラリアちゃんは続ける。
「その時すぐに迎撃に上がれた部隊の編隊長は私でした。どちらかしか助けに行けない状況。必然、王都へ向かった部隊の迎撃を優先させました……。トーレは見捨てた形になります」
「……」
相変わらず、重たい話だった。今度は本当にトロッコ問題の話だし。
「お兄ちゃんの判断は、間違いなく正しかったと思うよぉ。王都に向かった部隊を見逃したら、確実に大きな被害が出ていたしぃ……」
「後続の部隊も、すぐに別の基地から上がる予定でしたから、トーレはそちらに任せるつもりだったんです」
「この時の迎撃戦でお兄ちゃんと私は、7機の敵機を撃墜して『北斗七星』の二つ名をもらったしね」
「王都に向かった部隊は追い返し、トーレ攻撃隊にも迎撃機が向かいました。本来、これで万事問題無いはずだったんです。問題は、トーレ攻撃隊の爆撃機には、生物兵器を搭載した機がいた事。そして、その機が迎撃機をかいくぐり、半ば特攻する形で、生物兵器入りの爆弾を街へ投下した事です。感染力も致死率も凶悪なやつを、ね」
愕然とした。かの戦争は、大量破壊兵器を用いた報復合戦になっていたのだ。
「脱出し、捕虜にした敵軍のパイロットからその情報を聞いた王都と王家はパニックになったよ。もう爆弾は放たれた。早くなんとかしないと、パンデミックで戦争どころじゃなくなる。いや、国自体が崩壊しかねない。もしも、私達が、トーレに向かう部隊を優先して倒していれば……」
「訳分からない新型ウイルスでね。聖女の力が通じなかったのも悪かった。情けない……私があの戦争でしたのは非戦闘員の虐殺だけよ」
サラセニアちゃんも苦虫を噛み潰した様な表情になっている。
そして、先程までの間延びした口調は鳴りを潜め、ウトリクラリアちゃんは、真剣な口調になっていた。
「……だから、広がる前に焼いたの。トーレ自体を」
「焼いた……?」
「うん。……焼いたの」
その言葉を聞いて、嫌な予感がして思わず、冷や汗が出た。
「翌日、空軍の中で爆弾が投下出来る機体をかき集めて、焼夷弾で都市をまるごと、熱消毒したの。そこに生きるもの全て焼き殺した」
「!?」
「私達も参加したよ。流石に不参加にすることも出来たんだけど。それは出来なかった。父親も母親も、友達も、思い出の場所もまとめて焼く事を、他人に任せる事は出来なかった……」
完全に死んだ様な瞳で語るウトリクラリアちゃんは、それはもう見ていて辛くなってくる。
「クラリアの父母という事は、私の乳母でもあるという事、トーレは私の第2の故郷とも言える場所です。……私も、他人に任せられないという思いはありました。結局、2人とも作戦には参加しました」
ウィン様も、辛そうに、絞り出す様に言った。過去話が、あまりにも重すぎない? 私はあまりのショックに一言も言葉を放てない
「……所詮、田舎の街です。空軍の稼働機ほぼ全てを出した猛爆撃に耐えられるはずもありません。半日もせず、トーレは住民諸共、この世から消滅しました」
「……」
「この時からですかね。何もかも失った幼馴染同士、傷を舐めあっている内に、そういう関係になっていたのは……」
「ネペと、お兄ちゃんがそういう関係になったのはぁ、開戦前の傭兵時代に、一時帰国した時だけどねぇ……」
「……うちの事情はこんな所です。王女様、こんな事情なので、私が他の3人と関係を持ち続けるのを、許してくれませんか? もう、精神的に、彼女達と離れるのは考えられません」
中々ズルいやり方だと思う。こんな話を聞かされて、NOとは言えないだろう。
それに、何度も言っている通り、そもそも、ウィン様が旦那、サラセニアちゃんが正室、ネペンテスちゃんと、ウトリクラリアちゃんが側室という形でズブズブに共依存し合っているという、これ以上ないくらい丸く(?)収まっていた所へ、後から厄介な外来種よろしく、ずかずか入って来たのは私なのだ。
「……事情は分かったわ。良いわよ、許可してあげるわ。ただし、私の事はおざなりにしない事。3人以外の女の子は抱かない事。私をぞんざいに扱わない事。これは守ってほしい」
父からまったく遺伝しなかった威厳を、見よう見まねで作りつつ、私はなるだけ、余裕をもって答えた。特に私を雑に扱わない事は、大事な所なので繰り返して言った。このまま、初夜を拒絶されなければ、高確率でシナリオ完全崩壊へと導ける。
「それは勿論。正室様の事は大切に扱いましょう」
「明日の初夜、すっぽかしては駄目よ?」
「はは。ご安心を……これでも好色なので、正室様の事は、明日の晩、しっかり満足させてあげますよ」
そう悪戯っぽく、ウィン様は言った。うぅ……とんでもない色気だ。醜男に言われたら寒気を感じるであろう言葉だが、かの殷の国の妲己が如き、傾国の美人と言っても過言ではない絶世の美男子が言うと、まるで媚薬の様に私をくらくらさせてしまう。「ただし、美人に限る」という言葉は残念ながら真理の様だ。
さらりと語られていますが、普通に爆撃機に侵入されている時点で、戦争後期には、ラヴメニクロスの空軍はかなりの損害を負っていました。
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