18 ついに来た旦那様
翌日、国王陛下と王妃様との謁見を終えた私は、完全に疲れきっていた。今は、謁見の間から、自分達の部屋に帰る所だ。
どっかの脳みそと下半身が直結している馬鹿親父も、それなりのカリスマと威厳があって、会った後はどっと疲れるのだが、その比ではない。
この元強国、そして現在は、小さな国であるラヴメニクロスを今まで背負ってきた漢は、疲れた眼をしていたが、同時に、今まで払った犠牲を全て背負っているという自負と責任感が全身からにじみ出ていて、なんとも剛毅な男だなというのが第一印象だった。
彼については、小説ではロクに設定を決めていないだけあって、今までこの国が歩んで来た歴史に相応しい内面の男になっていた。すなわち、泥水すすってでも、国を生き残らせるという信念と、その為になら、フレック家の粛清や聖女の軍事利用が象徴する様に、どんな汚い手でも使ってやる、という一種の狂気があった。
それだけに、いざ現実の人物として関わると、実に精神的に疲れる時間を過ごす事となった。別に変な事を言われた訳では無い。むしろ会話自体は、結婚に向けた連絡事項と、特筆すべき事の無い、当たり障りのない世間話だった。ただ、その威厳とカリスマにあてられたのである。
「お疲れさまでした。お嬢」
その疲れを見抜いたのか、どこから持って来たのか、サイウンが瓶に入ったジュースをくれた。気の効いた事に、蓋は外してある。
「ありがとう。いただくわ」
中身はオレンジジュースで、よく冷えていて、甘さと程よい酸味に、喉が歓喜するのを感じた。
「いやぁ、ひとまず山場は越えましたね。後は明日の式の最終準備です」
「とは言っても、大体、マナーを含めた必要な勉強は終えているし、会場や礼装の準備もこちらの人がしてくれるそうだし、私達がする事は、正直あんまり無いのよね」
一息にオレンジジュースを飲みきり、サイウンに瓶を返しながら言う。あとは明日、トラブルを起こさない様に式を遂行するだけだ。
「それこそ、母上達をお出迎えするくらいですか。……あ、1つだけ不安な事が」
「何?」
少し頬を染めて、サイウンが片方の手の指で輪を作り、もう片方の手の人差し指を、そこに出したり入れたりする卑猥なジェスチャーをしながら口を開く。
「……この辺りの教育が少し不安なんですよね。果たして明日の晩、上手くいくか」
「サイウン……流石に女の子が、その指の動きをするのはどうかと思うわ」
「その辺の教育も私がしましたが、……実を言うと私も未経験ですので、あれで上手くいくか微妙なんですよね」
「私、経験豊富ですよ! とか豪語してたじゃない……嘘ついたの? それなら、素直にシウンさんに任せればよかったじゃない……」
「いやー、それは、私も見栄を張ったと言いますか……」
「……まぁ良いわ。向こうは経験豊富だろうし、リードしてくれるでしょう」
それに、そもそも、初夜で抱いてくれるかが、まず微妙だし……という心の声は黙っておく。
万が一、そこで拒絶されたとしても、サラセニアちゃん達と敵対する道は選ぶつもりはない。今後、話がどう動くか分からないが、とりあえず、初夜で拒絶された恨みから、サラセニアちゃん達と対立するルートに入らなければ、決定的な破滅は避けられる……はず。
そんな風に話しているうちに、王城の廊下の向かい側から、知っている人物達が歩いてきた。
「王女様~!こちらにおられましたか!」
先頭で手を振るのは、サラセニアちゃん。その隣に居るのは、ネペンテスちゃん。そしてそれに続いて、2人の知らない顔の人物が歩いてくる。
「サラセニアちゃん、それにネペンテスちゃんも! どうしたの?」
既に彼女達と関わり、友情すら感じている私は、後ろの2人に少し警戒しつつ、親し気に話しかけた。
「いや、明日の式の前に是非会ってみたいって方がいてね……」
後ろの2人に目配せするサラセニアちゃん。
2人のうち片方は、私より少し濃い青色の髪を、ロングヘアにした女の子だった。奇しくも、瞳の色も同じく金色がかった色で、遠目から見たら、私と双子に見えるだろう。
もう片方は、ピンクブロンドの髪をツインテールにした女の子……? で、こちらはかなり小柄だ。4人組の中では一番背が低く、一見、中学生くらいにも見える。
青髪の少女は、こちらを観察する様に眺めていたが、やがて分析が終わったのか、警戒しつつもこちらに笑みを向けた。
「私はぁ、ウトリクラリア・ラヴメニクロスだよぉ。ウィンお兄ちゃんの乳母妹で、彼の相棒でもあるよ。歳は21! サラ達と同じく、ウィンのお嫁さんの1人って言えば、分かるかなぁ? 」
「あなたが……。話には聞いているわ」
「よろしくねぇ」
かなり独特で、ねちっこい、ぶりっ子めいた話し方で、ペースを乱されそうになる。
彼女は、かなり独特なしゃべり方をしているが、実はこれは故意的なもので、相手をイラつかせて、自分のペースに引き込む為にしている。という設定通りだった。
人間、怒ると周囲や自分が見えなくなる。彼女はそれをよく分かっている。ウィンの背中を任せられているだけあり、このウトリクラリアという少女はかなり頭が切れる。そうやって、会話を自分に有利にしようとする癖がある。なんなら、相手の失言を誘っている節さえある。
『原作』では、ウィン達から敵認定されたスカイを孤立させる為に暗躍し、得意の口八丁手八丁で、国王陛下やサイウンとの仲に亀裂を入れた。奇しくも、私そっくりな容姿を使って、私を貶める為に、自作自演の冤罪さえ被せようとした。
まぁ、最終的になんやかんやあって、スカイとの間に絆を取り戻したサイウンによって、殺害されるんだが。
で、『原作』における因縁の相手であるサイウンはというと、ある意味のんきに私とウトリクラリアちゃんを見比べている。それくらい私達の外見は似通っている。
さて、もう1人は……。
「ウィン・ラヴメニクロスです。ようこそ、私の新しい正室様。こんな外見ですが22歳。この中だと一番年上です。よろしくお願いしますね」
……出た。
ついに来た旦那様に、私は嫌でも警戒してしまう。
ラヴメニクロス空軍のトップエースにして、このハーレムの主の登場だ。
ピンクブロンドの髪をツインテールにした、かなり小柄な、外見は美少女というなんともロックな外見の男だ。
繰り返し言う、男だ。
誰だ、彼をこんな外見にしたのは。私か。何も、こんな悪役令嬢ものでいかにも『ざまぁ』されそうな見た目にしなくても……。
この場にいる女性のうち、誰よりも小柄で、正直、誰より可愛い。
声も、美少女アニメや美少女ゲームに出てくるヒロインの様な美声で、あなたは本当にち◯こがついていますか? と聞いてしまいそうになる。
彼は、これぞ美少女とでも言いたくなる様な、フローラルな甘い香りを漂わせながら、私達2人に近づく。
そして、そのままサイウンの前に来ると、彼女のアゴに手を当てて、そのまま自分の顔の近くに引き寄せる。
「ふえっ?!」
「なるほど、あなたが新しい正室様ですか。随分と可愛らしい方だ。貴女の様な方に巡り会えて幸運です」
「〜〜〜!」
脳がとろける様な、甘い声でそう囁かれたサイウンは、顔を真っ赤にして、機能停止した様に固まってしまった。
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