17 エース、動く
「……とりあえず、良い方向に進んでるって事で良いかしら」
「ま、そう考えて良いんじゃないですか? 特に、サラセニア様、お嬢の事を、えらい気に入ってたみたいですし」
サラセニアちゃんと、ネペンテスちゃんとのお茶会、もとい、コーヒー会を終え、私とサイウンは部屋に戻ってきていた。
私は、紙に改めて主要な人物の相関図を書いて、現状を整理している。
『原作』の相関図と、今の相関図。並べてみると、違いがはっきりと出ている。特にサラセニアちゃん。原作では、あんなに友好的にはなっていない。
「このままシナリオ崩壊するか、それとも、なんらかのアクシデントで、彼女達と敵対する羽目になるのか……」
「個人的には前者であって欲しいですが」
「あんな話を聞いた後だとね……」
彼女達の心の闇に触れて、私は、はっきり言って同情心が湧いている。ただでさえ、私は、彼女達からすれば、平和な池にやってきた、アメリカザリガニかブラックバスみたいなものだ。本来、煙たがられて当然の所、向こうは、歩み寄ろうとしてくれている。
彼女達とは争いたくない。
それが、まごうことなき本音だった。
「なんというか、この国の闇みたいなものを感じましたね。この感じだと、後の2人も、国の為に家族を生贄にしてるんですかね」
「でしょうね。……だからこそ、新しい正室として、私があの子達を悲しませる事は出来ない」
あの後、ウィンと、彼の乳母妹、ウトリクラリアちゃんの話は、本人がいないところで勝手に語るのも悪い。と言って、教えてくれなかった。だが、彼らも家族を失っているらしいし、あまり愉快な過去では無いだろう。
逃げ出す事は出来ない。それがこの群体生物に新しく入る者として、最低限の責任というものだろう。
「お嬢は真面目ですねぇ。変な所で。もう少し肩の力を抜いて良いと思いますが」
「性分ね。前世の頃から、真面目ちゃんだった様な気が……」
そんな事を言ったが、直後、また奇妙な感覚に襲われた。
前世……。
前世…………。
前世………………?
何か、決定的な記憶が欠落している気がする。
「うっ……」
「お嬢!?大丈夫ですか?!」
何故だろう。思い出そうとすると、まるで、脳が考える事を拒絶するかの様な感覚に陥った。
「大丈夫……少し疲れただけよ」
「長旅だった上に、今日は色々ありましたからね。明日はこの国の国王陛下との謁見ですし、もう休まれては?」
「……そうね。そうさせて貰おうかしら」
今の感じは一体……?
疑問に感じつつも、私は軽食を食べて、シャワーだけ浴びると、サイウンに促されるままベッドに横になった。
***
「で、どうでした?新しい正室殿は」
「良さそうな子だったわよ。少なくとも、悪人では無さそう。私達の過去を聞いて、逃げない覚悟も気に入った」
夜。王城はサラセニアの部屋。そこには、サラセニアとネペンテスがいて、机の上には水晶玉が1 つ置かれている。
この水晶玉は、魔道具の一つで、『魔力無線機』というものだ。魔力を用いて、同じ水晶玉同士で通信が可能になる。電線が無ければ通話が出来ない電話や、電気が必要な無線と違い、魔力を注ぎ込めば即使えるので、特に自然災害や、戦争が多いこの国では重宝されている。
通信の相手は、ウィンとウトリクラリアである。ちょうど、ウィンのハーレムのメンバー全員が集まっている。
「サラがそう言うなんて珍しいねぇ……。アタシとお兄ちゃんを巡って、延々バチバチしてた嫉妬深い子なのにぃ」
水晶からは、ねっとりとした声が聞こえた。この独特な話し方はウトリクラリアだ。乳兄弟への執着が強い、彼女の性格がにじみ出ている。
「嫉妬深いのはお互い様、でしょ? それにアレは先に喧嘩売ってきたのはクラリアの方だし、王女様はクラリアと違って、下手下手に出てたし」
「アタシとお兄ちゃんは、赤ちゃんの時から一緒にいた仲なんだよぉ? ぽっと出の聖女様。それも格下の伯爵令嬢に寝取られて怒るのは当たり前じゃん」
「寝取られ? あの時点でウィンは、貴女のものでも何でも無かったでしょ」
根本的に、この2人は似たもの同士である。焼き餅焼きな上、ウィンに対して強い執着をしている。そんな、ヤンデレ気質の2人が、決定的な決裂をしていないのは、それと同等くらいに幼なじみとしての友情があるからだ。あるいは、腐れ縁ともいう。
「まあまあ、お姉様もクラリアも、今はウィン様のものなんだから良いじゃない。昔の事は」
ネペンテスに言われて、2人は頭が冷えたのか、話題をスカイの事に戻した。
「それにしても、スカイちゃんかぁ。名前は嫌いじゃないかなぁ」
「後は私達との相性、ですね」
「そうそう。いくらサラとの相性が良くても、肝心のお兄ちゃんとの相性が良くないとねぇ」
そこまでウトリクラリアが言うと、ウィンは少し考えはじめた。
「……」
「お兄ちゃん?」
「いえ、私も少し興味が湧きました。新しい正室といっても、所詮大国から押し付けられた、しかも第88王女とかいう木端王女なんて、触れるつもりも無かったんですが。サラがそこまで言うなら、一度会って話してみたいです」
魔水晶ごしだから表情は見えないが、多分、興味が湧いた、という顔をしてるんだろうな、とサラセニアは思いつつ、その提案を肯定する。
「良いんじゃない? 式前に一度会っておいた方が、お互いにとっても」
「新型ミサイルのテストも無事終わりましたし。明日、飛行場から王城に会いに行きましょう。どちらにしろ明日からは、結婚の為に、しばらく休暇にしていたのです。クラリアもついてきなさい」
「はいよ。大大大好きな乳兄弟の為に、どこまでもついていきますとも。それに、スカイちゃんの事、私も気になるしぃ」
「さーて、スカイ嬢、どんな娘なのやら」
次回、いよいよ旦那様との初遭遇(予定)
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