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16 悪聖女

「さぁ、次は私の話でもしましょうか」


 今度は、サラセニアちゃんが口を開く。


「あなたも、苦労されたの?」


「ま、それなりにね。他の3人よりはマシだけど。なんか……苦労自慢みたいで嫌でしょ?」


「いえ、むしろ、どんどん語ってよ。胸のつかえを他人に吐き出すのは、苦しいけど、滅茶苦茶すっきりするからね」


「ふふ。面白い女王様ね。気に入りました。私の事なんだけどね……」


 少し、辛そうにしつつも、気丈に彼女は口を開く。


「王女様は、聖女って知っています?」


「聖女? 確か、数百年に1度現れるとされる、回復魔法を扱うのに特化した女性で、どんな傷でも、彼女にかかれば、一晩で治ってしまうとされるお方でしょ」


「そう。世界各国にそういう話はあるけど、ここ、ラヴメニクロスにも聖女は現れた。……それが、私よ」


「?!」


 突然のカミングアウトに、私は少し驚いた。


「あなたが、聖女?」


「そう。聖女。これでも回復魔法は得意だから、王女様も怪我したら言ってね」


 脇ではネペンテスちゃんが、「自慢の姉です」と言わんばかりにドヤ顔をしている。どうもこの子は、表情がコロコロ変わって面白い。


「まぁ、私は人呼んで『悪聖女』、なんて言われてるけど」


「え」


 思わぬ二つ名が出てきて、私は少し困惑した。『悪聖女』。聖女につけるとは思えない単語だが……。


 そういえば、昔の日本では、『悪』って『強い』とか『凄い』という意味もあったらしいし、そう言う事かな? 『鎌倉悪源太』とか、『悪禅師全成』とか。


 そんな事を考えつつも、彼女の話は続いていく。


「元々、私は国境近い田舎の街、ボダリーを拠点にする伯爵家、オヴニル家の出身でしてね。まぁ、国境近くの領地だから、軍事力はそれなりに持ってたけど、所詮は田舎貴族。王子の婚約者になれる身分ではなかったんだけど」


「聖女の力に目覚めて、王家がその力を欲した?」


 サイウンの答えに、サラセニアちゃんはニコリと微笑んだ。


「流石、王女様の従者。察しがいいですね。5歳位に、私が聖女の気質を持っていた事が判明しましてね。その力を取り入れたい王家の方から、縁談が持ち込まれて、そのままウィンの許婚になりました」


「この時点で、ウィン様の乳母妹の、グラーバク候爵令嬢ウトリクラリアとは、ウィン様を巡って三角関係になってたんだけどね。その頃には、私もお姉さまとは知り合っていたし、幼馴染同士、よく遊んだっけ……懐かしいなぁ」


「まさかそのまま、ずるずると爛れた間柄になるとは思ってなかったけど」


「クラリアだっていつも言ってるじゃない。私達は、ウィン様を中心にした宗教、あるいは群体生物、カツオノエボシ(電気海月)みたいなものだって。私は好きよ? このドロドロねっとりとした共依存関係。皆優しいし、夜伽の時も賑やかで楽しいし」


 先ほど言っていた通り、ウィン様の奥方達は全員幼馴染同士で、完全に結束しているらしい。宗教だの、カツオノエボシ(電気海月)だの物騒な単語が聞えてくると、私がそこに入れるか、不安ではあるが、もうどちらにしろ、後戻りは出来ないのだ。覚悟を決めて彼女達のリーダーになるしかない。


「さて、どこまで話したっけ……? そう、私がウィンの許婚になったあたりね。その後、フレック家粛清事件とか、ネペが側室のくせに抜け駆けして、ウィンと1番にそういう関係になっちゃった事件とか、ウィンが女の子の下着に異常な程、興奮を覚える特殊性癖の持ち主だという事が判明したりとか、色々事件が起こるわけですが、この辺は割愛して……」


「何か最後にだいぶ気になる情報が……」


「王女様、今後使い古したパンティーやブラジャーは捨てずに、ウィンにあげてくださいね。彼がコレクションしているので」


「え」


「大丈夫、このハーレムのメンバーは全員やってる事だから! ちなみに、ウィン様はセクシー系より、シンプル系や可愛い系が好きよ。あと、履き古して、くたびれていればいるほど良いわ」


「えぇ……」


 さらりと、まだ見ぬ旦那様の闇を垣間見た気がするが、その動揺を気にせず、サラセニアちゃんは言葉を続けた。


「まぁそれは今後、おいおい慣れていただくとして、そのうち、大変な事件が起きました」


「慣れてって……」


 リサイクルと思えば……。いや、それでも抵抗あるわ。旦那が嫁の下着をコレクションしてるの。


「それに事件……嫌な予感がする」


「ま、お察しの通りというか。王女様、7ヶ月戦争は知っていますか?」


「えーっと、確か、2年前、ラヴメニクロス王国と周辺国が国境の周りの土地を巡って争った戦争……だったかしら?」


「その通り。ガラーツ、ヴェリア、シアハルといった国が連合を組んで、我が国に宣戦布告してきました。酷い戦争でしてね。ラヴメニクロスは前線になった工業地帯、グラク州を要塞化して徹底抗戦する、負けじと連合軍も猛攻撃を仕掛ける。お陰で、工業地帯グラク州は灰燼と化しました」


「多くの血が流れたのね……」


「ウィンが名を上げたのも、この戦争の時なのですが、それはともかく。膠着した戦況に、連中の人の皮も剥がれはじめます」


 そう、忌々しそうに言うサラセニアちゃん。


「オヴニル家の本拠地、ボダリーですが、前線に物資を送る為の補給拠点になっていましてね。連合軍はここに目をつけました。この田舎街に、化学兵器を用いて攻撃を仕掛けたのです」


「か、化学兵器!? それって……」


「ええ、勿論国際法違反です。しかし、連中の畜生にも劣る脳に、そんな事を気にする余裕は無かった様です。民間人を含む、1264人が死亡する大惨事になりました。私達は、王都で妃教育を受けていたので、巻き込まれずに済みましたが」


「……犠牲者の中には、私の育ての親でもある、お姉様のお父様とお母様も……!」


 ネペンテスちゃんも、怒りをあらわにしながら言う。

 

 彼女達の過去が重い。あまりにも。


「当然、ラヴメニクロスも復讐をしなければ気が済みません。そこで、目をつけられたのが私の能力です」


「サラセニアちゃんの聖女としての力……」


「そう。王女様、私の聖女としての力が報復に使われました。こんな話を聞いた事がありますか? 薬は量を間違えたら猛毒になる」


「毒……」


「そう、毒です。聖女の回復魔法ですがね。ちょっと細工をした魔道具を用いて、効果を何倍、何十倍、何百倍にも高める事で、人体に有害な効果が発現する事が分かっています。それも魔法を使えば、その有毒物質を広範囲に撒き散らせる。毒性は、化学兵器として知られるvxガスの数百倍」


 若干の狂気をはらんだサラセニアちゃんの言葉に、私は、思わず生唾を飲んだ。


「まさか……」


「そう。そのまさかです。私自身(・・・)が報復の化学兵器になりました。特殊部隊と共にヴェリアの首都、ウェターに侵入し、回復魔法を使ってやりましたよ! 強力な魔道具で何万倍にも強化されたやつをね!」


 突然興奮しだしたサラセニアちゃんに、私は思わず動きが止まった。


「合計殺害人数2482人! 気分は良かったですが、『悪聖女』なんて不名誉なあだ名が付きました」


「……」


「………………どうですか? ……こんな血に塗れた女と、一緒にやっていく自信、ありますか?」


 私は、そっと、彼女の手を握った。


 なんとなく、彼女の口調から露悪的な感じというか、自罰感情みたいなものを感じたのだ。


「……辛かったんじゃない? 本当は」


「!」


「本来、人を救うための力を、虐殺に使わなければならなかったのは。いや、勿論私は部外者だし、あなたが本当はどう思っているかなんて分からないけど、私は今後はあなた達と仲良くしていきたいと思ってる……ええと、だから……」


 まずい、あまりにもあんまりなショッキングな過去に、続く言葉が出てこない。私は本来、コミュ障側の人間な事を思い出し、少し焦る。


 だが、サラセニアちゃんはそれに軽く微笑んだ。


「ふ、かっこいい台詞の途中でつっかえないで下さいよ」


「はは……締まらないわね」


「ま、同情してくれたのは嬉しく思います。普通、この話をすると引かれるか、『聖女』がこんな非道に手を出した事を、非難する様な目で見られるので」


 そう言うと、サラセニアちゃんは、もう片方の手を、繋いだ手に重ねた。


「ひとまず、あなたは我々の敵では無い様ですね。私は認めますよ。あなたを正室として。ネペンテスも良いわね?」


「ま、お姉様が言うなら……」


「じゃ、私達は王女様を歓迎するという事で。ウィンとクラリアには、私から話を通しておきます。と〜っても良い子で、私達の仲間になるに値するって」


 そう、愉快そうに言ったサラセニアちゃんは、残ったコーヒーを飲み干した。



本人がいない所で性癖を暴露される旦那の図。

7ヶ月戦争は、本来国境紛争だったのが、エスカレートしていくうちに、双方止まれなくなっちゃったやつ。戦争自体はラヴメニクロス側の負けで、一部の領土が奪われました。


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