15 ウツボカズラの過去
「まずは、どこから話そうかしら。とりあえず、この子の出自から話そうかしら」
サラセニアちゃんは、淡々とした口調で話し始めた。
「この子、自己紹介でも義理の妹、と言っていた様に、私とは直接血の繋がりは無いわ。この子は元々、とある商人の娘でね。血筋的には平民なのよ」
「平民……」
「そんな子が、何で私の妹になったかというと、これまた深い事情がある」
サラセニアちゃんは、コーヒーに美味しそうに口をつけながら、一方で、苦々しい顔もしている。
「この子の本当の実家、フレック家は武器の製造、販売でかつて一勢力を築いた富豪でね。かつては国軍にも武器を卸していた」
「『かつて』……」
何となく、言い方にひっかかるものを感じた私は、『かつて』の部分を反芻した。
「そう、かつて。王女様、オーガンド州事件については知っている?」
「ええっと、確か、ラヴメニクロス王国のかつての領土の1つ、オーガンド州が隣国、ヴェリアの陰謀で乗っ取られた事件……で良かったかしら?」
サイウンにアイコンタクトで確認すると、OKと言いたいのか、軽く頷いた。ここに来る前の歴史の勉強で習った。
「よく勉強なされている様で」
「他国人だし、あまり詳しくないけどね。確か……オーガンド州を治める貴族が裏切って、州丸ごとヴェリアに奪われてしまった事件、で良かったかしら?」
「その通り。セーベル侯爵という領主が裏切り、我が国に4つあった工業地帯のうち、1つが丸ごと奪われてしまいました。これだけでも大変な事ですが、それ以上に、セーベル侯爵は国王陛下の信頼も厚い貴族で、彼が領地を手土産に敵国へ寝返った事が問題です。たちまち、国内は大混乱になりました」
「そんな中起きたのが、私の家に起きた悲劇よ」
そう遠い瞳で言うのは、ネペンテスちゃんだった。その後は彼女が直接話した。
「フレック家はね、武器商人だけあって色んな貴族と取引していたんだ。貴族ってそれぞれ私兵を持っているからね。特に、お得意先だったのがお姉さまの実家であるオヴニル家と、セーベル家……」
はぁ~。と、大きなため息をつくネペンテスちゃん。
「侯爵の裏切りの後、当然、裏切りの報復として、追討軍がオーガンド州へ派遣された。だけど、彼らを待ち受けていたのは、強力な最新鋭兵器で武装したセーベル家の私兵だった。追討軍はたちまち返り討ちに遭い、敗走。初期鎮火に失敗したせいで、オーガンド州にはヴェリアの正規軍が到着して防備を固め、奪還は簡単にいかなくなった……さーて問題、何故セーベル家の私兵はそんな最新鋭の武器を持っていたのでしょう?」
「それは……」
「正解は、私の実家、フレック商会が彼らに要請されて、武器を売ったからでした~。クソが!」
むしゃくしゃしながら、彼女は、コーヒーに砂糖をドバドバ入れている。
「フレック家は、侯爵がそんな事を考えているなんて、露ほども思わず、純粋に『装備更新の為』という言葉に騙されちゃったのよ……」
サラセニアちゃんも不愉快そうに言う。
「こうしてオーガンドはかすめ取られちゃったんだけど……。さて、誰に責任取らせるか、という話になった時……王女様ならどうします?」
サラセニアちゃんは、私に問う。これも私の資質を試す『試験』の1つかもしれない。
「裏切り者の侯爵は、もう国にいないわけだし……。武器を売って、間接的に裏切りに手を貸したフレック家?」
「……私でもそうするでしょうね。それが良い事かはともかく」
正解だった様だ。不愉快そうにしつつも、サラセニアちゃんは言った。
「実際、この国が出した答えもそうだった。私達、フレック家は、何も悪い事はしていないのに、一晩にして裏切りに手を貸した悪徳商人呼ばわり……いや、誹謗中傷くらいならまだ良かったわ。まさか、あんな事をするなんて……」
怒りと悲しみを混ぜた表情をしながら、コーヒーカップを握る手が強くなるネペンテスちゃん。
「あんな事?」
「……それからしばらくたったある夜。国軍が私達の屋敷を囲んで火を点けた。私の家族も、使用人達も大混乱の中で、突入してきた兵隊達に、皆殺しにされた。オーガンド失陥の全責任を押し付けられて、粛清されたんだ。憎まれ役として、国民たちのガス抜きも兼ねて」
「っ?!」
あまりにもあんまりな事に、私はかける言葉が分からない。
「……フレック家、我がオヴニル家とも仲が良かったと言いましたよね。その伝手で、近い歳の子供同士、私達はその頃から仲が良くて、その日、彼女は私の屋敷に泊まっていたんです。翌日、我が領地でお祭りがある予定だったので、それに参加する為に。結果的に、フレック家で彼女だけが生き残りました」
「ほんと、運が良いんだか悪いんだか……」
溜息を1つつくネペンテスちゃん。その瞳は悲しみに染まっている。サラセニアちゃんがそれを同情を込めた視線で見つつ、話を続ける。
「ともかく、こんな事が起きた以上、このままでは、彼女まで危険が及ぶ可能性もあります。なので、我が父が一計を案じましてね。即日、彼女を養子にしました。その上で、第2王子……私の許婚だったウィンを呼び出し、ネペンテスを側室に迎えるという形で、婚姻を結んでしまいました。名目上でも、第2王子の嫁にしてしまえば、表だって危害を与えようとする事は難しくなる。……私も、思う所はありましたが、事情が事情なので、諦めはつきましたし」
「それ以来よ。私とウィン様の縁は。まぁ、お姉さまに色々と申し訳ないから、公認愛人を名乗っているのけど!」
「……その割に、私達の中で、一番にウィンとそういう関係になってたのはどうかと思うけどね……」
「あれは……その……そういう雰囲気になっちゃったし……。それに、練習よ、練習! お姉さまの相手をする前に、ウィン様にそういう事に慣れてもらう為の!」
「練習ねぇ……私、ウィンの初めての相手になれなくて、脳が木っ端微塵にされたんだけど。…………まだ根に持ってるからね? 」
「ひぇっ顔怖! お、お姉さま~、お許しを~! 」
そんな風に言い合う義姉妹2人。だが、仲の悪そうな感じはない。元々、親友同士だった上に、事情が事情というのはあるだろうが。
「あ、ちなみに、このアクセサリーは、死んだ皆が身に着けていた形見の品よ! この国の人が皆を悪人だと言っても、私だけは皆を弔い、忘れない様にする為の」
「……そんな重い品物だったのね」
私は、じゃらじゃらと小うるさい音を立てている彼女の装飾品が、もう悪趣味なものには見えなかった。そりゃ、バランスを無視したアンバランスな仕上がりになるだろう。
というか、原作の私は、こんな子に冤罪を着せて絞首刑にしたのか……。悪い奴だなぁ。
「まぁ、本人が派手なのが好きなのもありますが。つけるにしても、もう少し上品につけるとか……」
「いいじゃん、お姉さまが、むしろ地味過ぎるの!」
いや、やはり本人のセンスが少し、ズレているのはあるかもしれない。
「という訳で、ネペンテスの事情はこんな感じです。どうですか? 後、2回、こんな話を聞いて、更に、彼女達を守り抜く覚悟はありますか? 」
「私は……皆と仲良くしたいと思っている。……それが答えよ。もっと聞かせて」
「よろしい」
そう言って、サラセニアちゃんは不敵に笑った。
「とりあえず、ネペンテスちゃん。私、貴女の事を少し誤解してたみたい。苦労をされたのね……」
「……ふん。別に同情なんていらないわよ」
「私の事もお姉さまって呼んで良いからね! 」
「何言ってるの?!」
突然の私の台詞に、面食らった様になるネペンテスちゃん。改めて見ると、顔自体はなんとも愛らしい顔をしている。美しい金髪ドリルヘアも相まってお人形さんみたいだ。
控えめに言って妹にしたい。
「良い考えですね。ネペ、今後はこのお方にも、お姉さまとつける様に」
「お姉さまも何言ってるの?!」
私に乗ってくれるサラセニアちゃん。案外ノリは良いらしい。
中編一本書いていたせいで遅くなりました。よかったらそちら「昔から、策士策に溺れると申します……。(https://ncode.syosetu.com/n0991ij/)」もよろしくお願いします。
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