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スキとキライ

作者: Rookie

「俺のどこが好き?」


2年付き合った元彼の口癖だった。

いつからだろうか。

次第にその言葉が重みになって言ったのは...

いつからだろうか。

過去に後悔を覚えたのは…


「…み……なつみ!?」


「...なに?」


茜の声で我に返る。


(あれ…寝ちゃってたのか)


20歳の成人式。

晴れ舞台を祝して中学からの幼なじみ2人と宅飲みをしていたのが20時からだった。


「まぁ今が25時だから休憩しながら結構のんだしね」


冬華の少し締まるような声に頭を起こしながら時計を確認する。


「そりゃこんだけ飲んだら潰れもするでしょ」


「ねー」


寝起きで手持ち無沙汰な私は、日付が変わったからと向かい酒をしながら茜と冬華を眺める。


茜はシンプルにかわいい。

ロングヘアに明るめの茶髪。

幼い顔立ちでありながらスタイルの良さもあり今まで男に困っている様子は見た事がない。


冬華はかなり「顔がいい」。

黒髪ショートに毛先が金髪が良く似合う。

黒皮のライダースジャケットから控えめに顔を出す胸や茜よりも良い細身のスタイルは、学生時代から男も女も魅了してきた。


「なになに?」


「どうしたのかななつみちゃん」


「いや別に」


なんてことは本人たちには絶対に言えない。

調子に乗るから。

既に乗ってるから。


「んで、今日のメインはなんだっけ」


「成人式となつみの失恋から恋人いない3周年記念」


冬華の言葉に茜が言葉を返す。

正直だいぶダメージが蓄積されているが、それでもどうしてもこの機会、この場で聞いておくべきことが私にはあった。


「2人はさ...今の彼のどこが好き?」


「どこって…そりゃ優しいし、顔いいし、金持ってる!し」


なんか茜らしいな。


「あたしは...普段はなんかナヨナヨして弱っちいけど、いざとなったら漢気があるところ...かな...」


冬華は以外にもギャップ萌えにハマっているようだった。


「なんで急にそんなこと聞くのさ」


「さては気になる男でも見つけたか?」


2人の茶化している声を聞きながらゆっくりと、あの頃を思い返すように言葉を紡ぐ。


「私ね?付き合ってる頃って、どこが好きかって言われても凄い漠然としてたの。

元彼からよく自分のどこが好きかって聞かれてた。

はじめは、茜みたいに顔がいいし優しいからって思ってたんだけど、彼の内側を知っていく度に「あぁ、なんか好きだな」って。

雰囲気じゃないんだけど、彼と一緒にいるっていうその空気感が好きだったの。」


「それで?」


こういう真面目な話ができる冬華は置いておいて茜まで真剣に聞いているのは意外だった。

なんだかむず痒い。


「それでね、ある日彼に聞いたの。

「なんでそんなに聞いてくるの?私の事そんなに信用出来ない?」って。

そんな単純なことじゃないって分かってたのに。」


「…」


「恋をすると人間って面白いくらいに臆病になるよね。

相手が自分を好きだっていう確証が欲しいっていうか、ひとつの行動ですぐ嫌われるんじゃないかって…

それから少し経ってからだったかな。

彼が浮気したのは…

最初は意味が分からなかったんだ。

私にどこが好きかとか聞いてくるくせに、自分は何やってんだよって…」


溢れ出す言葉が止まらない。

頬を伝う雫が、もういい、辛いなら言わなくていいと私を阻む。

それでも...


「それでもね、心の内側では分かってた。

あの人と居た時、彼ずっと楽しそうだった。

私には見せない笑顔で、あの人の「愛してる」の言葉が彼を守ってたの。」


「それは」


「茜...」


冬華が茜を制止する。

この先の言葉を、行動を、感情を、結末を...

ちゃんと私が受け止められるように…


「別れる時泣いてたんだ。

馬鹿みたいだよね…

わざわざ嘘ついて、私を遠ざけて…

どこが好き?じゃなかった。

いつまで好きで居てくれる?だった。

だんだんさ...掴んでる彼の手の力...抜けていくんだよ...」


あぁ...分かってた...

彼は人一倍優しかったから。

いつかいなくなる自分を私に繋ぎ止めるのが嫌だったんだ。

苦しむのが目に見えてるから...

だからせめて、辛い記憶でもいいから私の中に残りたい。

普段はファッションにも無頓着だった彼の、最初で最後のささやかな我儘…


「このペアリング…お葬式が終わって、遺品整理の時に彼のお姉さんから頂いたの。

「貴方が幸せになろうとする時に、きっと弟が背中を押してくれるから」って…

私ずっと泣いてた。

泣いて泣いて…喉も涙も枯れて…

それでもまだ泣いて…

1ヶ月後くらいかな。

泣き疲れて寝ちゃってたせいで変な時間に起きちゃってね、お母さんが入れてくれたココアを飲みながらぼんやり空を眺めてたの...」


左手の薬指。

そこに煌めく指輪を優しくなぞる。


「繋がってる気がした。

空の下なら、彼と繋がってる気がしたの…

その時なんだよね、私が彼のどこが好きかって分かったの…」


「…なつみは、どんなところが好きだったの?」


茜の優しい声が胸に響く。


「嫌いなところの方が多かったんだけどね。

真面目過ぎるし、帰る時間守らないし、どれだけ言ってもかっこよくしようとしないし…

でもね、そんなところも好きだったなって…

今なら思うんだ。

真面目だったから私も真剣に恋をすることが出来た。

帰る時間守らないけど、全部周りの子を助けて遅くなってたのだって知ってる。

かっこよくしなかったのはあれだけど...それでも、私だけが彼を独り占めできて…それも悪くなかった…」


そう。

結局私は彼の全てが好きだった。

寝顔が幼いところも、いつも無表情な癖に私の前では笑顔なところも、最後まで私に弱音を吐こうとしなかった生意気なところも…


「ずっと好きだった…

違うな、今も好き。

これからもずっと、私は、あの人以上に愛せる人はいないと思う。

伝えようと思ってももう伝えられないけど、彼が気長に待ってくれるなら…

そしたら、これから先の人生分の大好きを伝えたいなって思って…」


なつみは笑っていた。

きっとこの先、彼女はもう人を愛せないだろう。

指輪に誓ったように、彼女の愛した男のように、真っ直ぐに彼を愛し続けるのだろう。


「きっと辛いよ…

それでもいいの?」


冬華の言葉…

止められないって分かってる時の聞き方だ。

長い付き合いだから、それぐらいはわかるよ…


「大丈夫。

私はもう、弱くないから。」


その日は久しぶりに3人揃って布団を敷いた。

旧友との別れを惜しむように。

ただその体温だけに身を任せた。


「じゃああたしは行くよ。

やっぱり、密かに思うってのはあたしの性分じゃないから」


そう言って冬華はバイクに乗って行った。


「私も行こうかな。

風邪ひかないようにね、またちょっとしたら遊びに来るから。」


茜は多くは語らなかった。

それでも、その足取りはとても軽く見えた。


「...私も、長生きするよ。

しばらくはまだそっちに行けないけど、あの2人を見届けたいからさ」


指輪にそっとキスをし、慣れ親しんだアパートに戻る。

ほんのり熱をもった繋がりに思いを馳せながら...

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