誰もいないうちに
ソフィアは紙袋を抱え、ホワイト・ベーカリーの前に立っていた。
俺の姿を見ると、満面の笑みに変わる。
その笑顔を見るだけで、心が喜びで満たされていく。
「マティアス様、今日は胡桃のパンとドライフルーツの入ったパンと……」
「ソフィア、聞いてくれ」
部屋に向かいながら、今から神殿へ向かうつもりだと打ち明ける。
ソフィアはかなり驚いていたが、部屋のドアの前に着いた時には「分かりました」と微笑んだ。
「うまくいくかどうかは分からない。でも試してみる価値はあると思う。この時間ならガブリエルは、悪魔狩りに出ている可能性が高いから」
「それはマティアス様のおっしゃる通りだと思います。今度こそ、上手く行くといいですね」
キッチンにパンの入った紙袋を置くと、俺とソフィアは手をつなぎ、外へ出た。
神殿に向かう道中、今朝アクラシエルと会い、そこで何を話したかを、ソフィアに聞かせた。
最初こそ、ソフィアは険しい表情をしていたが、次第にその顔は穏やかになっていく。
「では今から神殿へ行くことをアドバイスしてくれたのも、アクラシエルさんだったのですね……」
「ああ、そういうことだ」
ソフィアはふわっと柔らかい笑みを浮かべる。
「アクラシエルさんには、会った時から親切にしていただいていたので、昨晩の出来事は正直ショックでした。……でも話を聞く限り、どこか感覚にズレを感じますが、悪い人ではないと思います。私達と距離をとろうと思えばとることもできるのに、変わらず世話を焼こうとしている……。なんだか憎めないですよね」
心の優しいソフィアらしい反応だった。
「俺も同じことを思っていた。……ソフィアはもうアクラシエルのことが怖くはないか? 許せるか? なんなら忘却の矢で、あの出来事を忘れることもできるが」
ソフィアは首を傾げた。
「……まだ直接顔を合わせていないので、自分がどんな反応するか分からない部分はありますが……。でも多分、大丈夫かと思います。忘却の矢も使う必要はありません。何より、もう何度もマティアス様が抱きしめてキスをしてくださるので、アクラシエルさんとの間に起きたことは……思い出せなくなっています」
ソフィアが俺の手をぎゅっと握った。
でもそれでは俺が足りなくて、ゆっくり手を離すと、その肩を抱き寄せる。
「ソフィアは優しいな。……ただ本当にアクラシエルは、もう二度と手を出さないと思う。ラファエルに会いたいという気持ちは真実だろうし、重罪を起こすつもりはないだろうから」
「そうですね」
肩を寄せ合いながら歩いていると、神殿が見えてきた。
空はまだ明るい。
でももう間もなく日が暮れてくるはずだ。
周囲を伺いながら、神殿へ続く丘の道を、ソフィアの肩を抱いて歩き続ける。
丘では数名の天使が輪になって座り、何か楽しそうに話していた。
ソフィアのように早朝からの『役割』を終えた天使たちなのだろう。
やがてイチイの巨木が見えてくる。
初めての悪魔狩りから帰ってきた時、ここでソフィアを見つけ……。
あの時はまさかソフィアがそこにいると思わず、胸が熱くなり、愛おしいという気持ちがこみ上げた。
「ここでマティアス様と再会したことが、遠い昔のように思えます」
ソフィアが微笑み、思わずおでこにキスをしていた。
「あの日、ソフィアはもういないだろうと思っていたから、本当に姿を見つけた時は驚いたよ。……それにしても俺はいつもソフィアを待たせてばかりだな」
「マティアス様が魔王だった頃から、待つのも私の仕事の一つでしたから。待ち時間の過ごし方はベテランですよ」
そう言って笑うソフィアが可愛すぎて、抱きしめてキスをしたくなる衝動を抑えるのが、大変だった。
もたもたしているとガブリエルが悪魔狩りから帰ってくるかもしれない。
誰かから報告を受け、執務を止めてやってくるかもしれない。
「ソフィア、少し急ごう」
ソフィアの肩に回していた腕をほどき、手をつなぐと小走りで進んだ。
小走りではもどかしくなり、途中からは翼を使い、空を飛んで神殿の階段の下に到着した。
まず、後ろを見た。
丘の下まで続く道に天使の姿はない。
上空にも誰もいない。
次に神殿の屋根を見る。
そこには鳥が一羽とまっているだけだった。
「大丈夫だ。行こう、ソフィア」
階段をのぼりきった。
念のため、再度周囲を確認する。
……誰もいない!
俺はソフィアを見た。
ソフィアも俺を見て頷いた。
扉に触れると押すことができる状態だった。
つまり、今、神殿は使用されていない。
ソフィアと二人で扉を押した。
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次回更新タイトルは「儀式」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼




