親切な天使の願望
「『神殿使用者特例措置証明書』にサインするのは紆余曲折を経て、現在はガブリエル様になっています。『神殿使用者特例措置証明書』はそう発行されるものではないですし、ガブリエル様は有能な大天使ですから、申請者の名前を見るでしょうね。そしてそれがマティアスさんと知れば……なんらかの理由をつけ、発行を拒むでしょう」
「そう、なのか……」
俺の落胆ぶりを見て、アクラシエルは困ったような顔をした。
「ですから、早退され後に神殿へ行くのがいいかと。もし今日がダメだったら、他にもガブリエル様が現れないような時間を試してみればいいのではないですか?」
「……そうだな。ありがとう、アクラシエル」
感謝の言葉に、アクラシエルの頬がピンク色に染まる。
「いえいえ。もしいろいろ試して『役割』を休むことがあれば、ホワイト・ベーカリーには私から伝えておきますし、図書館の方は私の方でどうとでもできるので気にしないでください」
「アクラシエル……」
主によって生み出されたのは大天使のみで、天使の多くは元は人間だったと聞いている。
大天使は……俺の知る限り、ウリエル――エウリールをのぞき、ラファエルもガブリエルも性悪だった。それに比べアクラシエルはただの天使なのに、信じられないぐらい親切だった。
もちろんソフィアに対してひどいことをしようとしたのは事実だし、感覚のズレのようなものも感じるが、決して性悪ではない、そう思えた。
「アクラシエル、いろいろよくしてくれて助かるよ……。その、アクラシエルは、お前は何か困っていることはないのか? 俺で何かできることはないのか?」
するとアクラシエルは「へへへ」と笑った。
「それは……マティアスさんの逞しいその胸に抱かれたいですが、それは重罪ですから」
一気に俺の目つきが変わったので、アクラシエルは慌てて訂正する。
「今のはほんの冗談です。いえ、本心ですが、本気でそうしてくれというわけではなく。その願望です。決して叶わない……。でも元を正せばこの願望もラファエル様が不在だから起きているわけで……。
何もできなくとも、ただラファエル様にお会いして、おしゃべりをしたいです。……マティアスさんのように逞しく、屈強で強靭な肉体があれば、私も悪魔狩りに参加して地上へ行き、ラファエル様に会えるのに……」
アクラシエルはそう言うとため息をついた。
「ガブリエルの嫁のアリエルは均整のとれた体をしているが、筋肉を鍛えているわけでもなく、とても戦闘向きとは思えない。それでも悪魔狩りに出ているが」
するとアクラシエルは「ああ、それは」と笑った。
「夫である大天使のガブリエル様といる限り、アリエル様は最強ですよ。なにせガブリエル様からの加護を、その身に受けているのですから。武器など使わずとも天使の光だけで悪魔の目を潰せます。突然盲目になくなれば、どんなに武力に優れた悪魔でも赤子も同然。そこが戦場であれば同士討ちさえ始まるでしょう」
「なるほど……。俺はあいつらに悪魔狩りに連れて行かれ、散々悪魔を狩ることを強いられたんだが」
アクラシエルが苦笑した。
「それは完全にマティアスさんへの嫌がらせでしょうね。ガブリエル様とアリエル様だったら、マティアスさんが倒した悪魔を、半分以下の労力で始末できるでしょう」
「アクラシエル、お前にもアリエルと同じように、ラファエルからの加護があるんじゃないのか?」
「ありますよ。でもそれはラファエル様のおそばにいる時の話です。私とラファエル様は今は離れ離れですし……。それにラファエル様は記憶を保持していても、人間の身ですから……」
寂しそうにアクラシエルは微笑む。
「なるほど。だが悪魔狩りは三人一組で動く。例えお前がひ弱でも、強い騎士と一緒なら問題ないのでは?」
「それはそうですけど、そんな私と悪魔狩りに行きたいと思う騎士はいませんよ。どれだけの悪魔を倒したのかは、武器に記録され、主は把握されています。加えてチームとして何体の悪魔を倒したかも重要な指標になります。個々の能力とチームワーク、その功績によって、上級騎士や将軍などの地位にも就くことが判断されますから」
そこで言葉を切るとアクラシエルは……。
「何よりろくに武器を扱えなければ死にます。さすがに死んだらラファエル様との婚姻関係は白紙に戻されてしまいます。だからやはりマティアスさんのように逞しく、屈強で強靭な肉体を持ち、武器を扱えないとダメなんですよ……」
そこでアクラシエルは顔をあげる。
「そろそろ家を出る時間ですね。マティアスさん、行きましょうか」
「……分かった」
揃って図書館へ向かった。
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次回更新タイトルは「ただ愛する人と結ばれたい」です。
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