でもソフィアさんには感謝しているんです
「でもソフィアさんには感謝しているんです。私の腕を振りほどき、逃げてくれて本当に良かった……。もしあの時、私が過ちを起こしていたら……。私は翼を奪われ、天使の力と記憶も消され、人間として地上へ堕とされていたでしょう……。
既婚の身でありながら、妻以外の天使に手を出すなんて許されないことですから。不貞はこの天界では重罪です。
……ラファエル様は地上へ堕とされたとはいえ、大天使として記憶を保持していると聞いています。だから修行を経てまたこの天界へ戻ってくるはず。だからこそ私とラファエル様の婚姻関係は継続していると、私は思っているのですが……。
ともかくそんな私ですから、ソフィアさんと過ちをおかすわけにはいかなかったのです」
黙って聞いていたが、かなりカチンと来ていた。
「アクラシエル、お前は自分のことばかりだな。自分が重罪をおかさないで良かった、だからソフィアに感謝している。なんなんだ、その言い分は? お前がどうなろうと俺には関係ない。俺にとって大切なのはソフィアだ。そのソフィアをお前は強引に抱きしめ、ほんの一瞬でも唇に触れた。それをお前はどう思っているんだ⁉」
アクラシエルはハッとした顔になり、口を開いた。
「マティアスさん、ごめんなさい。そうでしたよね。でもソフィアさんは大丈夫ですよ。ソフィアさんは未婚だから被害者という立場になります。もし過ちが起きたとしても、主の力で清められ、純潔は保たれます。さらに忘却の矢を使い、その時の記憶も綺麗さっぱり忘れることができますから。今回はすべて未遂でしたが、忘却の矢で記憶を消してもらいますか?」
思わず頭を抱えた。
論点がズレているというか、感覚がズレている。
アクラシエルの理解と俺の理解は一致しないと感じた。
「アクラシエル、ソフィアにしたことは悪いことだと思っているのだな?」
「それはもちろんです」
「もう二度とソフィアにあんなことをするつもりはないんだな?」
「もちろんです」
「ついでに言っておくが、俺に、ラファエルの男の側面を見るな。正直、迷惑だ」
「……すみません。分かりました」
恐らくこれぐらいの意志相通しかはかれないと思った。
ただもう二度とはしない、ということは分かっている。
過ちをおかせば重罪になるのはアクラシエルだ。そしてそれを本人が恐れているなら、ソフィアにもう何かすることはないと思えた。
「忘却の矢の件はソフィアに確認する。お前にあんなことをされ、ソフィアすごく傷ついていた。もし忘却の矢を使わなければ、ソフィアはお前のことを避けるかもしれない。それは自業自得だ。分かるな?」
「はい……」
アクラシエルは分かりやすく項垂れる。
こんなにしゅんとして項垂れるなら、ソフィアに変な気を起こさなければいいのに……。
「とりあえずソファに座れ、アクラシエル」
「は、はい」
アクラシエルは素直にソファに座った。
「アクラシエル、今日の『役割』だが、俺はソフィアがホワイト・ベーカリーでの『役割』を終える時間にあわせ、早退をしたい。それはできるか?」
「ええ。もちろん。構いませんよ」
アクラシエルが探るように、こちらを見ている。
「あの、昨日の一件でのお詫びとして、進言を一つしていいですか?」
「……なんだ?」
ジロリと睨むと、アクラシエルは肩をすくめたが、恐る恐るという感じで口を開いた。
「……ガブリエル様から悪魔狩りへ行くように言われ、神殿で婚儀を挙げられなかったんですよね?」
「そうだが」
その時のことを思い出し、少しイラっとしながら返事をする。
アクラシエルはビクビクしながらも話し続けた。
「でしたら今日早退されたその足で、神殿へ行けばいいのでは? 中途半端なその時間であれば、ガブリエル様は悪魔狩りに出ているか、大天使としての職務に追われているかと……」
……! なるほど。その手があったか。
アクラシエルがソフィアに対してしたことを、許すつもりはなかった。それでもこのアドバイスで、少なくともアクラシエルに感じていた憎しみのような感情は、かなり和らいでいる。
「それは確かに試してみる価値がある。ただ、さっき『神殿使用者特例措置証明書』のことを教えてもらった。これがあれば……」
「その証明書ではダメでしょうね」
「何⁉」
思わず怒鳴ると、アクラシエルが「ひぃ~」と小さく声を漏らす。
「すまない。その、なぜダメなんだ⁉」
謝罪の言葉に、ホッとした顔になり、アクラシエルはその理由を語った。
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次回更新タイトルは「親切な天使の願望」です。
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