私は穢れてしまいましたか?
「突然アクラシエルさんに抱きしめられ、無理矢理キスをされそうになり、ほんの一瞬だけ、唇が……触れてしまいました。でもすぐに逃げ出しました。ですから……」
ソフィアが必死に俺を見上げている。
他の悪魔にも人間にも天使にも、ソフィアに指一本触れさせたくなかった。
ほんの一瞬であろうと、その唇に触れたなんて……。
「マティアス様、私は穢れてしまいましたか? もうマティアス様のおそばにいることは叶いませんか?」
ソフィアの瞳から、涙がこぼれ落ちる。
「穢れてなどいない! 例えどんなことがソフィアの身に起きようと、それでソフィアのことを俺が嫌うなど……あるわけないだろう! 千年以上、ソフィアのことを想い続けてきたんだ‼」
槍を投げ捨て、ソフィアを抱きしめた。
「大丈夫だ。ソフィア。大丈夫だから」
嗚咽するソフィアを、なだめるように抱きしめる。
安心させるように頭を撫で「大丈夫だ」と繰り返す。
ソフィアに向けての言葉だった。でも俺自身も繰り返し口にすることで、気持ちが静まりつつあった。
ほんの一瞬唇が触れただけだ。
……本当は何もなければよかった。
でもそれは起きてしまった。
それでも抱きしめられ、ほんの一瞬のキスだけで済んだのなら……。
この怒りはおさめなければならないと思った。
おさめなければと思っているし、理解しているのだが……。
気持ちは落ち着いたが、アクラシエルを許さない、という思いは消えていない。
消えなかった思いを一旦頭の片隅に追いやり、俺はソフィアに言った。
「ソフィア、帰ろう。俺がいるからもう大丈夫だ」
「マティアス様……」
「帰ったら今日の出来事を忘れるぐらい、沢山ソフィアにキスをするから」
「……!」
ソフィアを抱き上げ、翼を広げた。
◇
夜空を飛んでいる時、ソフィアはとても穏やかだった。
俺に身を預け、安心しきっている様子が伝わってきた。星空はいつも通り輝いていたし、銀色の月明りは優しく降り注いでいる。まるでいつもの夜空の散歩の気持ちになっていたのだろう。
だが……。
家の屋根が見えてくると、ソフィアはそちらを見ないよう、俺の肩に顔を押し当てた。
ドアの前に着き、ゆっくりソフィアをおろしたが、今度は俺の胸に顔をうずめる。
左腕でソフィアを胸に抱き、右手で慎重にドアを開けた。
アクラシエルは女性と見えるぐらい華奢だ。だからもし部屋に潜んでいたとしても、俺の腕一本でなんとかできるだろう。
部屋は明かりがついたままだ。
「ソフィア、部屋に入るよ」
耳元で囁くと、ソフィアは俺に密着するように体を寄せ、苦しそうな表情で前方を見る。
「俺がいるから大丈夫」
そう言って頬にキスをして、ゆっくり歩き出す。
廊下を通り、途中バスルームを確認し、リビングに向かった。
テーブルには食べかけのまま夕食。
部屋のどこにもアクラシエルの姿はない。
念のため、クローゼットの中も確認したが問題なかった。
「ソフィア、この部屋には俺とソフィアの二人しかいない。安心していい。食事は途中だったようだけど、もう大丈夫だな?」
頷く様子を見て、さらに声をかける。
「ではシャワーを浴びておいで。玄関のドアは外から開けられないようにしておくから」
「……分かりました、マティアス様」
ようやくソフィアが声を出した。
ホッとして、思わずソフィアの頭を撫でていた。
俺のその様子を見たソフィアは、笑顔になる。
良かった。いつものソフィアだ。
「もう時間が遅いので、早く寝る準備をしないとですよね」
「そうだな。……ソフィア、明日は無理をせず、辛かったら『役割』を休んでいいんだぞ」
ソフィアはクスリと笑い「そうならないよう、準備します」と言ってバスルームへ向かう。
その姿を見送るとすぐにリビングにあった椅子を玄関に運び、ドアが開かないようにセットした。これで完全にドアが開けられないわけではないが、少なくとも無理に開けようとすれば音もする。侵入者がいれば、目覚めることができるだろう。
リビングに戻るとテーブルの上の夕食を片付けた。
俺自身、昼も夜も食事をしていなかった。だが天使の体は便利なもので、それで食欲がわくこともなく、空腹で動けなくなる、ということもなかった。
ひとまず水だけ飲み、一息ついたところで、ソフィアがバスルームから出てきた。
「ソフィア、玄関のドアは椅子をストッパー代わりしておいたから。もし誰かが無理をして入ってきても、音で気が付くから大丈夫だ」
「……! ありがとうございます、マティアス様」
「疲れていたら先に休んでいいから」
「はい」
ソフィアは笑顔で返事をし、俺はバスルームへ向かった。
◇
シャワーを浴び、リビングに戻ると、ソフィアはベッドで横になっていた。
様子を見てみると、既に寝息を立てている。
あんな場所で5時間近く待ち続け、しかも何度も涙を流した。そしてようやく緊張の糸がほぐれたのだ。眠って当然だったし、眠れるぐらいソフィアの緊張感が緩んでいることに安堵する。
電気を消し、ソフィアを抱き寄せ、眠りに落ちた。
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次回更新タイトルは「優しくキスをした」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼




