その男とどんな関係なんだ⁉
それからの五日間、いろいろなことがあった。
まず俺たちは日本という国の住民になり、戸籍を手に入れ、身分証を手に入れた。
そしてソフィアは、宝石が散りばめられたブローチを売り、まとまった金額の現金を手に入れた。ブローチは、魔界から落とされた時に着ていたドレスについていたものだった。
ソフィアはその現金を元手に、口座を開設した。
さらに格安スマホを二台手に入れた。
今の日本で生きていくために必須と言われるアイテムを入手したのだ。
それだけではない。
空き時間に、引き続き俺とロルフが現代の知識を学んでいる間、ソフィアはベラと不動産屋に足を運び、部屋探しを始めた。
「やっぱり、部屋を借りるには仕事をちゃんと見つけた方がいいですね」
ソフィアは夜になると求人サイトで仕事探しを始めた。
地上――日本で生きていくための準備を、ソフィアは着々と進めてくれた。
◇
相変わらず夜になると、隣の部屋からは女の悪魔の嬌声が響いていた。
だがソフィアはいつもその声が届く前に眠りについているようだった。
エミリアは毎晩のように俺を呼び出していたが、目的は果たせずにいた。
ただ、エミリアは女悪魔にしてはさばさばしていた。
俺への当てつけにソフィアを巻き込むことはなかったし、むしろ、エミリアはソフィアのことをとても気に入っているようだった。
それはソフィアが賢く、物覚えも良かったからだ。
エミリアが苦手なパソコンや台帳管理をソフィアは問題なくこなしていたし、何より従順で素直にエミリアの指示に応じていた。
さらにお店の女悪魔たちからも妹のようにソフィアは可愛がられており、そのこともエミリアがソフィアを好ましく思う要因になっていた。
◇
この日の開店準備も終わり、後はソフィアがロルフと買い出しから戻るのを待つだけだった。
俺は自分達の部屋でベッドメイキングをしていた。
今日は天気もよかったので、シーツもよく乾いてくれた。
するとベラが足早に部屋へ入ってきた。
「お、ベラ、そこの枕カバー、とってもらえるか?」
ベラは器用に枕カバーを折りたたんでくわえると、俺のところへジャンプした。
「サンキュー」
ベラから枕カバーを受け取り、早速枕に被せた。
「ねえ、マティアス、ロルフから何か聞いているか?」
「何かってなんのことだ?」
ベラは落ち着かない様子でベッドの上でウロウロした。
「ロルフは共犯なのか……」
ベラは独り言のように呟いた。
「ベラ、何のことだ?」
「……、店の女悪魔から聞いただけだから、本当かどうかわからないけど……」
「……? 何があった?」
「……その、見たらしいのよ」
「何を?」
「買い出しに行ったソフィアが……男と並んで歩いているのを見たって……」
「……何……?」
「ロルフを連れて、その男と駅前のシティホテルへ入っていったって……」
「それはいつの話だ⁉」
「さっき、遅刻して出勤した女悪魔がいて、あたしに話してくれた。ソフィアは真面目そうだし、そういうこととは無縁だと思っていたからビックリしたって。でも恋人の一人や二人がいてもおかしくない年齢だし、あんなに魅力的なんだし、そーゆうことがあっても当然よね、って。ソフィアのプライベートなことだし、あたし以外には話すつもりはないって」
ベラの話を聞いている途中から、心臓は激しく鼓動し、頭の中が真っ白になった。
「……それでソフィアはまだ帰ってきていないのか?」
「うん……」
気づいたら部屋を出て、駅前のシティホテルに向かって走り出していた。
いつからソフィアはその男とそんな関係になっていたんだ?
そもそもその男とどこで知り合ったんだ?
店の客か?
いや、店の客とソフィアの接点はゼロだ。
よくよく考えれば、ソフィアは最近、外へ出ることが多かった。
俺が同行することもあったが、いろいろな手続きとか、ソフィアにまかせきりだった。
そのためソフィアが一人で出かけることも多かった。
そういえば買い出しは……ソフィアはロルフと行くことが多かった。
ロルフ……。
ロルフはこのことを知っていたのか?
ベラは共犯なのかと言っていたが、知っていて黙っていたのか?
黙っていた……。
いや、話す必要はないと思った……?
ソフィアは俺の秘書であるが、それ以上でもそれ以下でもない。
いや、今となっては秘書ですらない。
ソフィアが俺と一緒にいなければならない理由は……ない。
プライベートでソフィアが誰と何をしようと関係……ない。
ソフィアを縛り付ける権利は俺にはない。
俺は立ち止まった。
そうだ。
俺は今、ソフィアの元に乗り込んでどうするつもりなんだ?
夏真っ盛りだというのに、突然冷たい風が吹いた。
気づけば太陽は翳り、さっきまでの青空に不穏な色の雲が広がっていた。
小さな水滴がパラパラと落ちてきて、それは次第に大きな雨粒となり、勢いよく降り注いできた。
◇
びしょ濡れで部屋に戻った俺を見て、ベラはバスルームで着替えるように言った。
俺はバスタブの淵に腰掛け、茫然としていた。
魔界に大天使が入ったと聞いた時も、ここまでのショックではなかった。
居室に踏み込まれた時も、こんな気持ちにはならなかった。
今は、世界が終わった気分だった。
何も考えられず、何もする気が起きない。
ただ無言で、バスルームの床を眺めていた。
これではまるで千年前のあの日みたいじゃないか……。
部屋の外で声が聞こえてきた。
ソフィアが帰ってきた……。
また頭の中が真っ白になった。
今、ソフィアと顔をあわせても何も言えないだろう。
一人にして欲しいと願った。
……鍵をかけないと。
ゆらゆら立ち上がり、ドアへ向かった。
鍵に手を伸ばした時、ドアが開いた。
「マティアス様」
ソフィアが目の前にいた。
いろいろな思いが交錯し、やはり言葉にならなかった。
俺の様子を見たソフィアは驚き、息を飲んだ。
だがすぐに手に持っていたタオルを俺の頭にのせ
「買い出しに行こうとお店を出たら、ビルの外で、以前名刺をくれた芸能事務所の田中さんに待ち伏せされちゃいました」
ソフィアはそう言うと微笑み、俺の頭をタオルでごしごしとふき始めた。
「田中さんによると、今、ネットでとある写真が話題になっているそうです。それはまるで魔王みたいな美青年と深窓の令嬢のツーショット写真で、この二人は何者なんだって」
ソフィアはタオルの端を左右の手で持つと俺の顔を拭いた。
優しく目元を拭う仕草から俺の涙に気づいていることは明白だった。
「人気の小説家さんが、その写真を見て、自身の新作の表紙に使いたいと、その写真の二人を探しているんだそうです。田中さんはその写真を見て、すぐに気づいたそうですよ。それがマティアス様と私であると」
ソフィアは笑顔で告げた。
「ベラが何か勘違いしてマティアス様に変なこと言ったようですが、私はただ、この件について田中さんから話を聞いていただけです。駅前のシティホテルのロビーにある喫茶店で。とても美味しいコーヒーを御馳走になっちゃいました」
ソフィアはそう言うと俺のシャツのボタンを一つずつ外した。
「その小説は挿絵の代わりに、二人が見つかったら追加で写真を撮影して使いたいと考えているそうです。それとは別に小説と連動した写真集も出す話が出ているそうですよ」
ゆっくりとシャツを脱がせるとソフィアは
「お給料もちゃんといただけるそうです。詳しくはマティアス様がシャワーを浴びたらお聞かせします。もう、びしょ濡れじゃないですか。私は雨宿りしたので大丈夫でしたが、こんなに濡れてしまって……。風邪、引かないでくださいよ、マティアス様」
ソフィアはそう言うと、部屋へ戻ろうとした。
「ソフィア……」
気づいたら名前を呼び、その手を掴んでいた。
今、抱き寄せたら、この気持ちは止まらなくなる。
俺は深呼吸し
「そうか。また後で続きを聞かせてくれ」
それだけ言うので精一杯だった。
ソフィアは「はい」と笑顔で頷き、ドアを閉めた。
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次回更新タイトルは「住まいゲット!童貞喪失⁉」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
【お知らせ】4作品目更新中
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バトルパートでは激しい戦闘もあればコミカルな戦いもあり
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全67話で、初となるお昼の時間帯、11時に数話ずつ公開しています。
少しでも興味を持っていただけましたら、来訪いただけると幸いです。