もう抱きしめてキスをするしかない
ホワイト・ベーカリーは開店前こそ品出しで大忙しだった。
だがお店がオープンすると次々と天使がやってきてパンを求めた。
パンを手に入れるためには、ちょっとした『役割』をこなす必要がある。だから次の客のパンを袋につめたり、パンの補充を手伝ってくれたりするので、開店後はとても楽だったという。
「昼休憩では店頭にあるパンやケーキの中から、好きな物を好きなだけ食べていいと言われまして……。私、天界で太らないか心配です」
心配です、と言いつつも、デザートのババロアをしっかり食べるソフィアは、なんだかとても可愛らしい。
「確かに何もしないと筋力も落ちそうだ。そういえば魔界では飛ぶだけでダイエットになるとか言っていたが、あれはどうなんだ?」
「……!」
ソフィアはババロアを食べる手を止め、俺を見る。
「マティアス様、それは正しいです!」
「そうなのか?」
「直立状態で飛んでいる時はそうでもないのですが、水平飛行をする時は、バランスをとるため全身の筋肉を使うので、すごく鍛えられるそうです」
ソフィアは天使だったが、魔界にいる間、その力は俺とベラとロルフで封印していたので、翼を出すこともできなかった。だから魔界でソフィアが空を飛ぶことはなかった。
というかそもそもソフィアは、忘却の矢を受け、自分が天使であることを覚えていなかったのだが。
魔界で空を飛ぶことができなかったソフィアが、この情報を知っているとは……。
「ソフィアは勉強熱心だな。よし。夕食を終えたら夜空の散歩でもしよう。ソフィアもあまり空を飛ぶ機会もないだろうから、いい気分転換になるんじゃないか」
すぐにソフィアは瞳を輝かせた。
「ぜひ行きましょう! 夜空のお散歩。素敵そうです」
ソフィアの予想は大正解だった。
食後、後片付けを終えた俺達は手を取り合い、翼を広げ、上空に舞い上がった。
まるで吸い込まれそうな夜空の世界に息を飲む。
魔界ほどの深い闇はなく、オリエンタルブルーの夜空に星が瞬いていた。
そして下を見ると、俺達が住む街の明かり、神殿の丘のランタンの明かり、丘や森を漂う蛍のような光がとても幻想的だった。
「マティアス様、あの蛍のような光は精霊なんだそうですよ」
「そうなのか。美しいな」
さらに上空に上がると、オリエンタルブルーの夜空が濃くなり、そこから見える星は……もう宇宙と同じだ。
銀色に輝く月の光を浴び、宇宙のような空を眺めていると、とても神秘的な気持ちになる。しばらくは神秘的な気持ちのまま、宇宙のような夜空を飛び続けた。
散々水平飛行をした後、俺とソフィアは直立飛行で抱き合い、休憩をした。
「ソフィア、結構飛行をしたと思うが、どうだった?」
「そうですね。飛ぶってこんな感じだったんだ……と、懐かしいような、新鮮なような、不思議な感じでした」
「飛び方は全然問題なかったな」
「はい。体が覚えていたみたいです」
そう言って微笑むソフィアの顔に……いや、全身に銀色の月明りが降り注ぎ、その姿は輝いて見える。
「ソフィア……月明りを受けて、いつもよりさらに綺麗だ……」
ソフィアの頬にそっと触れた。
「それならマティアス様も同じです。魔王だったマティアス様に言っていいのかと悩みますが……月明りを受けたマティアス様は神々しいです」
ソフィアの言葉に俺は思わず笑ったが、そこで沈黙ができた。
「……ソフィア、俺はまた近いうちに神殿に行きたいと思っている」
ソフィアはハッとして息を飲む。
「その時はまた一緒に来てくれるか?」
真っ直ぐにソフィアを見つめ告げると……。
その頬はバラ色に染まり、そして笑顔になった。
「もちろんです、マティアス様。私の気持ちはあの時から変わっていません。……いえ、今後も変わることはありませんから」
「ソフィア……」
そんなことを言われたら、もう抱きしめてキスをするしかない。
銀色の月明りを浴びながら、俺はソフィアを抱きしめキスをした。
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次回更新タイトルは「脱がすのが専門なんだが」です。
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