当てつけ
しばらくするとエミリアが部屋に来て、俺たちに仕事の指示を出した。
俺は店と客が使う部屋の掃除、ソフィアは帳簿の管理についてエミリアからパソコンで習うことになった。ロルフはソフィアと一緒にエミリアの説明を聞くことになった。
店にはすでに何人かの女悪魔が出勤していて、俺たちを見て驚いていた。
だがすぐに打ち解け、ベラは部屋の掃除をする彼女達を手伝った。
しばらく皆、黙々と作業を続けていたが、エミリアがソフィアと俺に新たな指示を出した。
「それじゃあマティアスとソフィアで買い出しに行ってきて。まずスーパーで食材を買って、その後ドラッグストアに寄ってね」
エミリアはそう言うとソフィアに店のスマホを渡した。
「地図のアプリはこれね。スーパーとドラッグストアの場所は登録してあるから。このメモアプリに買う物のリストが書いてあるわ。それで支払いはこのアプリを起動して……ロルフ、あなたもついていくんでしょ?」
「ああ」
「じゃあ、操作が分からなくなったらロルフに聞いて頂戴」
ベラは留守番となり、俺たちは外へ出た。
「えーと、こちらの道を右です、マティアス様」
地図アプリは便利だった。
迷うことなくスーパーにつき、メモにあった食材を全て購入することができた。
支払いもスマホ一つで完結した。
「次はドラッグストアですね」
俺はスーパーで購入した荷物を持っていたので、ソフィアがカゴを手にスマホのメモを確認しながら、ドラッグストアの店内を歩き始めた。
さっきのスーパーもそうだったが、とても不思議な感覚だった。
こうやって歩くソフィアはこの世界にすっかり馴染んでいて。
後に続く俺も、おそらく違和感なく溶け込んでいる。
もし……。
俺もソフィアも地上に最初から生まれていたら……。
ソフィアが立ち止まった。
俺も立ち止まった。
……。
……?
ソフィアはスマホを見て固まっていた。
「ソフィア、どう……」
俺の声に振り返ったソフィアの顔は、真っ赤だった。
「な、なにがあった⁉」
ソフィアの隣に立った。
ソフィアはスマホの画面に目を戻した。
左手の荷物をおき、ソフィアの手からスマホを受け取った。
画面には買い物リストが表示されていて、そこには食器用洗剤、ティッシュ、コ……。
俺はソフィアが急に立ち止まり、顔を赤くし、固まった理由を理解した。
「ソフィア、ここで待っていろ」
素早く棚を見渡し、エミリアが指定する商品を見つけた。
……五箱も購入するのか……。
ため息をつき商品を手にソフィアの元に戻った。
ソフィアからカゴを受け取り、代わりにスーパーで購入したものが入った袋を渡した。
「ソフィア、会計は俺がする。外のロルフのところで待っていてくれ」
俺の言葉にソフィアは頷き、店を出て行った。
レジで会計をする女性店員は、カゴの中の例の五箱と俺を見比べた。
使うのは俺ではない、という心の叫びは聞こえるわけもなく。
なんでこんな屈辱的な思いをしなければならないんだ。
……。
エミリアの奴、昨晩の当てつけだな。
会計を済ませると素早く袋に商品をつめ、ソフィアとロルフの元に向かった。
……? 誰なんだ、アイツは?
俺はソフィアに声をかけている見知らぬ男を睨みつけた。
「あの、彼女に何か用ですか?」
男はソフィアに名刺を渡し終えたところのようだった。
「あ、すみません。あれ、もしかして、彼女の彼氏さん?」
男は俺を見て驚いた顔をしていた。
「そんなことより、なぜソフィアに声をかけていたのですか?」
重ねて問うと、男は困ったように頭をかいた。
「いやあ、ごめんね。その、彼女さん、すごく綺麗だったから、どこか事務所に入っているのかなと思って。聞いたらどこにも所属していないっていうから、ぼくの名刺を渡したところなんですよ」
男はそう言うと、俺にも名刺を渡した。
「うちは映画とか舞台とかグループ会社でやっている大手だから、怪しい会社じゃないから安心して。ほら、よくスカウトされたら成人ビデオへの出演を勧められたとか、ニュースであるから警戒しちゃうかもしれないけど、うちはそーゆうことないから」
男はそう言うと、ハンカチで額の汗を拭った。
話し方はくだけているが、ちゃんと背広を着ているし、悪い奴には思えなかった。
元悪魔で魔王の俺が言うのだから、それは間違いない。
「いやあ、驚いたな。こんな場所で美男美女に出会えるとは。彼女さんも綺麗だけど、彼氏さんもすごいよね。その身長でその顔。声もすごくいいね。あ、もしかしてもうどこかの事務所に所属している?」
「いえ、そーゆうの、俺も彼女も興味ありませんので」
「ということは所属していないんだよね? 二人とも年齢は? まだ若いよね。肌もすごく綺麗だし。少しだけでいいから話聞いてもらえないかな?」
「今、仕事の最中なんです」
「あ……、仕事しているの? どんな……」
「すみません。俺や彼女に声をかけていただけて光栄です。でも今は急いでいるので……。必要があればこちらから改めてご連絡させていただきます」
俺はソフィアの背に手を回し、ロルフのリードを手に取った。
「後で連絡します、という社交辞令が多いけど、なかなか連絡くれないんだよね。せめてさ、彼氏さんの方でいいから、スマホの番号、教えてもらえない?」
男は俺たちの前に回り込み、拝むポーズをした。
「申し訳ないです。スマホは持っていないんです」
「でも、ズボンのポケットにスマホ、入っているよね?」
「これは俺個人のものじゃなく、店のスマホなんです」
「……なるほど。お店、ね」
男はそこでようやく引き下がり、去り行く俺たちの背に叫んだ。
「必ず連絡くださいよ~」
◇
店に戻り、購入した商品を片付けていると、調理場では店の女悪魔たちが料理を始めた。
ソフィアはそれの手伝いに入った。
俺はエミリアの部屋に向かった。
「あら、何? マティアス」
「買い物はちゃんとした。スマホを返す」
エミリアはドアの前に立つ俺の所にゆったり歩いてきた。
俺が差し出すスマホを受け取ろうとしたその手を掴み、エミリアの体をドアに押し付けた。
「ちょっ、何のつもりよ」
「当てつけをするなら俺だけにしろ。ソフィアを巻き込むな」
エミリアはにやっと笑った。
「え、何のこと?」
「ソフィアが買い出しに行く時に、リストにあんなものをいれるな。必要なら俺が一人で買いに行くから」
エミリアは真紅に塗られた爪で俺の胸に触れた。
「ねえ、なんで元魔王様はあんな小娘のことをそんなに気にするの?」
「なに?」
「だっておかしいじゃない。あなた、元魔王でしょ? 悪魔の王だったんでしょう?」
「何が言いたい?」
「だから、手も出さずになんであの子をそばに置いているわけ? 魔王の秘書なんて愛人みたいな……」
俺はドアを拳で叩いた。
大きな音にエミリアは口を閉じた。
「ソフィアはそういう存在じゃない。そんな言い方はしないでくれ」
「……分かったわよ、魔王様」
エミリアはため息をつくと、手首をつかむ俺の手を引きはがし、デスクへ戻った。
「今晩も声をかけるから」
「何⁉」
「だって、一回だけ、とは約束してないでしょう。それにこちらは目的を果たせていないわけだし」
「……目的を果たすまで続けると?」
「もちろん」
エミリアは妖艶な笑みを浮かべた。
「……分かった。そう何回も呼ばれる前に、こっちもここを出て行くさ」
そう言うとエミリアの部屋を出た。
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次回更新タイトルは「その男とどんな関係なんだ⁉」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
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