溺愛
気配もなく背後をとられるなんて……魔王時代では考えられないことだった。
天使になってすっかり焼きが回ったか。
「アクラシエルか。カウンターにいなくていいのか?」
「今はお昼休憩の時間ですから」
なるほど。
「それでマティアスさん、この絵画ですが、あなたにはどう見えますか?」
なぜそんな聞き方をするのだろう……。
普通に見れば、ラファエルが花婿で隣が花嫁の婚儀の絵に見えるはずだ。
「ラファエルの婚儀の絵に見えるが」
無難過ぎる回答をしていた。
「ええ、その通りです。ラファエル様が初めて婚儀を挙げられた時を描いたものなのです」
そこからアクラシエルは、その婚儀がどんなもので、どんなに豪華で、どんなに天使たちが祝福したのかを語ってくれた。その熱のいれようからして、アクラシエルも婚儀の場に招待されていたのだと思った。
「それで祝いの宴は三日三晩かけて行われたと」
「ええ、そうです」
アクラシエルは興奮気味に頷く。
「その間、ラファエルは寝所から一度も出てこなかったのか?」
俺の問いにアクラシエルは頬を赤く染めた。
「そうですね……。花嫁のことを……その、溺愛されていたので」
「……花嫁を溺愛……」
うん……? 花婿ではないのか……?
「あ、間違えました。花婿を、です」
「……、この絵では花嫁に見えるが……」
「ああ、それは皆さんこの絵を見てよく勘違いされるのですが、違うんですよ」
アクラシエルはエウリールが語ったように、ラファエルの二面性を説明した。
「なるほど。ではこの時のラファエルは、芸術をこよなく愛する守護者として、この花婿を迎えたというわけか」
「ええ。そうです。ただですね、この花婿は、その、女性のように美しかった。線も細く華奢で女性のようだった。だから……マティアスさん、あなたのようなキトンの着こなしが難しかった。その結果がこのような姿に落ち着いたというわけです」
再度花婿の姿を見る。
確かに年齢としてはそれなりなのだろうが、少年……いや少女のようにも見えた。
「でも今はこの時よりも成長していますし、少しは男らしくなったと思いますけどね」
そう言うとアクラシエルはゆっくり歩き出した。
つられて俺も歩き出す。
「ラファエル様のお姿は、女性として認識してみるか、男性として認識してみるかで、大きく変わるんです。男性のお姿の時のラファエル様は……あなたのように逞しいお姿でした」
「そうなのか⁉」
最終的にラファエルのことを男性と認識したが、だからといって突然筋肉隆々の男性には見えなかった。男性とは分かっているが、変わらず中性的に見えていた。
「ええ。女性として認識した時のラファエル様は……まさにソフィアさんのように可憐で美しい花のようでした」
……。
認識の強さの度合いの違いなのだろうか。
ラファエルは見る者によって、どうやらかなり姿が変わるようだった。
「だが絵画に描かれているラファエルは戦場でも、そうでない時でも同じように見えたが」
俺の疑問にアクラシエルは微笑んだ。
「ああ、それはラファエル様の意向で、男女の認識が確定されていない時のお姿で描くように、画家に指示を出していたからですよ」
「そうなのか。……アクラシエルは随分詳しいんだな」
「ええ。私はこの図書館の係員の『役割』を、もう千年近く担っているので……」
……!
驚いた。
俺のように天界に来たばかりの天使なら、日がな一日を絵画を見たり、蔵書を読んだりでなんとかやり過ごせる気がした。
でも千年もここに通うなんて……。
蔵書も展示品も一切増えない、ということはないだろう。
それであっても……。
おそらくすべての蔵書を読み、絵画も遺物もすべてアクラシエルは把握している。
驚嘆するしかなかった。
「あっ」
アクラシエルに驚嘆はしたが、声を出すつもりはなかった。
思わず声が出てしまったのは、いかにもここに絵を展示します、という状態ができているのに、そこには絵がなかったからだ。
「ああ、ここですか」
アクラシエルは歩くのを止めた。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!
次回更新タイトルは「間抜けな横恋慕をした者」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼




