自然と笑みがこぼれた
天界図書館は、美術館と博物館も併設されているだけあって、とても巨大だった。
さらに翼をもっている種族の特徴として、建物は横へ広くではなく、縦へ長い構造をしていた。その点は魔界と一緒だった。
そして収蔵物が多いからだろう。
天界役場、天界救急本部に比べ、そびえたつ塔という姿になっているのは。
「この図書館には常時五人程度の天使が『役割』を担っています。一階から三十階が図書館、三十一階から四十階までが美術館、四十一階から四十六階までが博物館になっています。出入り口は一階、三十一階、四十一階にあります。開館前は一階の出入り口しか開けていませんので、ここから入るようにしてください」
一階の入口から塔の中へ入りながら、アクラシエルが説明を始めた。
「それだけのフロアがあるのに、五人だけで管理しているのか?」
「天使の多くが『役割』を持っていて、そしてあまり休暇もとりません。この図書館に足を運ぶ天使なんて、年間で数人程度です。むしろ、『役割』でこの図書館に来る天使の方が多いんですよ」
薄暗い入口の通路を抜けた瞬間、明るい陽射しが目に飛び込んできた。
見上げると、中心は完全に吹き抜けになっていて、塔の先端はガラス張りになっている。
そこから見える青空から、俺のいる一階まで、陽の光がしっかり届いていた。
光が降り注ぐその先には、円形のカウンターがあり、一人の女天使が静かに座っている。
「同心円状に本棚があり、絵画を飾る壁があり、遺物を展示する棚があります。今日は閉館時間まで、好きなフロアを見て回ってください」
アクラシエルの言葉に驚き、思わず尋ねていた。
「え、仕事をしなくていいのか? 返却された本を棚に戻したり、美術館の入場券を発売したり、掃除をしたりとか……」
アクラシエルが静かに笑いだす。
「天界では仕事の概念はありませんよ。あくまで『役割』です。そして先ほど話した通り、図書館の利用者は年間で数人しかいません。今日も誰も来ないでしょう。掃除をするほど汚れることもありません。動き回る人もいませんから、埃さえたまりません。それに天界では通貨は存在しませんから」
「……つまり五人の天使がいてもほぼやることはない、ということか」
アクラシエルは頷いた。
「先ほど私は、『むしろ、役割でこの図書館に来る天使の方が多いんですよ』と言いましたよね。天界に訪れたばかりの天使の『役割』は、図書館の係員ということが多いんですよ。理由は分かりますか?」
首を振り、分からいことを示す。
「図書館にある本を読み、展示されている絵画を見て、多くの遺物を目にすることで、天界を知ることができます。これから永遠の時間を過ごす天界がどんな場所であるのか、それを知るための場所が図書館なんです。来館者はほとんどいない。することはない。だから係員は本を読み、絵画を見て、遺物から天界の歴史を感じるのです」
「なるほど」
天界に来たばかりの天使に図書館の係員という『役割』を与える。それはとても理にかなったことだった。
だがそれならソフィアはなぜ……。
そうか。
ソフィアは三年間天界にいたことがある。
人間だった時からソフィアは働き者だった。
でも天界に来て、働く必要はなく、代わりに『役割』を与えられた。
そしてこの図書館の本を、沢山の絵画を、山のような遺物を見て、天界の歴史を学ぶ機会を得た。きっと毎日嬉々としてここにやってきて、知識を貪ったことだろう。
ソフィアは人間、天使と転生しているが、知識欲が旺盛なところは変わらないように思えた。
魔王の秘書として、真面目な顔で書類に目を落としていた時のソフィアの姿が浮かび、自然と笑みがこぼれた。
「マティアスさん……?」
「ああ、すまない」
緩みそうになる顔を引き締める。
「好きなフロアを見て回る、という本日の『役割』、理解いただけましたか?」
アクラシエルが心配そうにこちらを見た。
「理解した。絵画のフロアから見て回るよ」
「ええ。ぜひそうしてください」
ホッとした顔になり、アクラシエルは微笑んだ。
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次回更新タイトルは「エウリールの秘密」です。
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