対価を支払ってもらうわ
確かに体は疲れていたが、寝酒を飲んでいないせいか、眠りは訪れなかった。
不意に物音と男女の声がした。
ヒソヒソと話し、含み笑いが聞こえ、やがてベッドが軋む音と、女悪魔の嬌声が聞こえてきた。
……。
エミリアは隣の部屋も営業で使っていると言っていた。
居候の身なのだから、これぐらい我慢しないといけないということは分かる。
俺は……構わない。
だがソフィアにこれを聞かせるのは……。
俺はソフィアに背を向けていたが、寝返りを打ち、ソフィアの方を見た。
魔力があった時は暗闇でも目が見えたが、さすがに人間となった今、明かりがないとソフィアの表情は読み取れなかった。
ただ、身動き一つしないことから、深い眠りに落ちているように思えた。
明日、エミリアに隣の部屋を使うなら可能な限り遅い時間にしてもらえるようお願いしてみよう。
そして隣の部屋から少しでも離れたこちらのベッドで、ソフィアを眠らせるようにしよう。
そう思い寝返りを打つと、そこにエミリアがいた。
エミリアは俺の口を手で押さえ、耳元で囁いた。
「部屋を出て、廊下の突き当りのわたしの部屋に来て。対価を払ってもらうわ」
そう告げるとエミリアの姿は消えた。
◇
「マティアス様……」
遠慮がちに俺の名を呼ぶ声が聞こえた。
「朝食の用意ができたのですが、まだお眠りになりますか?」
「……いや、起きるよ」
あくびをかみ殺し、伸びをした。
「分かりました」
ソフィアはそう言うと俺のそばを離れた。
今朝のソフィアは半袖のブラウスにディープブルーの丈の長い台形スカートという装いだった。
長い髪は綺麗に後ろでまとめられ、城にいる時と雰囲気が違っていた。
俺は洗面所で顔を洗った。
少し疲れた顔をしていた。
……エミリアが変な時間に呼びに来るから……。
ため息をつきタオルを置くと部屋に戻った。
「これは……」
「あ、私が用意しました。エミリアが冷蔵庫にあるものは自由に使っていいとのことだったので」
「もー、すごい大変だったんだぜ。目玉焼きなんて二度やりおなし。タコウィンナーは上手くいかないからって何度もやりなおして。失敗作をオレが全部食べたからもう満腹」
ロルフがお腹を膨らまして仰向きにベッドで転がっていた。
「もー、ロルフ、それは言わない約束ではないですか」
ソフィアの頬がバラ色に染まった。
指には何枚もの絆創膏。
俺はソフィアの手を取った。
魔力があればこんな怪我、簡単に治せたのに……。
「マティアス様……」
ソフィアが戸惑ったように俺を見上げた。
……!
ソフィアの碧い瞳は少し充血していた。
「……怪我が痛むのか?」
「えっ⁉」
「目が少し赤い……」
「あ、それはサラダにいれる玉ねぎを刻んだからですよ」
ソフィアはそう言ってぎこちなく笑うと
「冷めないうちに朝食を」
俺はソフィアの手を離した。
何かを隠している?
だがソフィアは紅茶をいれながらベラと楽しそうに話し、何事もなかったようにふるまっている。
……詮索は止めておこう。
朝食が用意されているテーブルに向かった。
◇
「ではロルフ、マティアス様にしっかり現代のこと、日本のこと、そしてこのパソコンの使い方を教えてくださいね」
「はい、はい」
俺はロルフから、これから生きていくために必要な知識を、パソコンを使い教えてもらうことになった。
ロルフは子犬の姿だが、器用にパソコンを操作した。
一方のソフィアはベラと一緒に部屋の掃除をしたり、ビルの屋上に洗濯物を干しに行ったりと、忙しく動き回っていた。
昼は、ネットで見つけたレシピで俺が塩焼きそばを作ることにした。
ソフィアは自分も手伝うと言い、俺の隣で危なっかしい手付きでキャベツやニンジンを刻んでいた。
ロルフは俺に必要な調味料を伝え、ベラは肉をつまみぐいし、城では考えられない時間が流れた。
昼食を終え、後片付けが済むと、ソフィアはテーブルで読書をはじめ、俺とロルフは再びパソコンに向かった。
一時間程経ち、振り返ると、ソフィアはテーブルに突っ伏して眠っていた。
ベラもベッドでスヤスヤ眠っていた。
ソフィアの寝顔を見る機会はそうはない。
美しい寝顔だった。
ソフィアがこんな風に眠るなんて珍しいことだった。
地上に落ち、環境がガラリと変わった。
だがソフィアは文句も言わず、この新しい環境に慣れようと奮闘していた。
苦労をかけているし、これからもっと苦労をかけることになるだろう。
……解放するべきなのだろうか……?
地上へ落とされた側近はもっと沢山いた。
天使のことだ。もちろん全員を全員、同じ場所に落としたはずはなかった。
それでもそのままどこかへ消えた者も多いだろう。
もう魔王と秘書という関係ではない。
ソフィアを自由にすべきなんだろうか……?
ソフィアが体をビクッとふるわせて目覚めた。
すぐに俺が見ていると気付き、慌てて立ち上がった。
「す、すみません、つい」
「いいんだ。気にしないでくれ。それにしても突然体をふるわせて目覚めたから驚いたよ」
「……! 失礼しました。魔界から落ちる瞬間を夢で見ていました」
……!
「……辛い想いをさせてすまない」
「……‼ そんなことありません。私としてはマティアス様とお城にいた時には考えられないような時間を過ごすことができ、とても楽しく思っています。辛いなんて、これっぽっちも思っていませんよ」
そしてソフィアは微笑んで話を続けた。
「日本のことわざでは『住めば都』という言葉があります。どんな辺鄙な場所であろうと住んでみれば都と変わらない、という意味だそうです。
きっと、この日本での生活にも慣れ、戦について頭を悩ませ、政務や雑務に追われない穏やかな日々を過ごすうちに、新しい幸せを見いだせると思います。何より、ここにはマティアス様がいて、ロルフもベラもいるのですから」
「ソフィア……」
胸がいっぱいになり、こみ上げる思いのままに、ソフィアを抱き寄せそうになった。
深呼吸をして、その気持ちを落ち着け、ソフィアに言った。
「ありがとう。ソフィアが言う通り、新しい幸せを四人で見つけよう」
俺の言葉にソフィアは「はい」と笑顔になった。
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次回更新タイトルは「当てつけ」です。
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それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
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