魔王の面影
ガブリエルが降り立った場所は、ヨーロッパの森の中だった。
まだ昼を過ぎたぐらいの時間なのにとても薄暗い。
この暗さは悪魔が好むものだ。ここに悪魔が潜んでいる可能性は高いだろう。
ガブリエルは女天使を連れ、道なき森の中を静かに進んだ。
俺は五メートルぐらいの距離をとり、二人の後に続いた。
密集して生える木々。巨木が多い。葉の色は黒を思わせる緑色。
これはトウヒの木だ。となるとここはドイツの黒い森か。
……!
気配を感じる。
懐かしい魔力の気配のはずなのに、鳥肌が立っていた。
天使になった俺は、脳の理解と体の反応がちぐはぐになっている。
不意に女天使が振り返った。
無言で弓矢を渡される。俺がそれを受け取ると、さらに剣も渡された。
俺が着ている純白のキトンには金糸の腰ひもが巻かれている。
剣はその腰ひもに留め、矢筒を背負い、弓を手に持った。
その時だった。
矢が風を切る音が聞こえる。
寸でのところで放たれた矢を避けた。
矢羽の色は黒い。
悪魔が放った矢だった。
俺が悪魔に狙われた……?
悪魔同士の殺し合いがないわけではなかった。
だが、俺の治世においては天界との戦いが激化していたから、悪魔同士での殺し合いは激減していた。魔王という立場であれば暗殺を経験することは当たり前だったが、俺にその経験はない。だから正直、悪魔の武器で攻撃されたことにショックを受けていた。
……!
次々と矢が放たれた。
気づけばガブリエルと女天使は木々に身を隠しながら、遥か上空にいる。
「マティアス、君はここで犬死にするつもりか? ボクはそれでも構わない。君が死んだら喜んでその魂を天界へ届けよう。すべての記憶を失った君の魂が天界に戻ったら、あの女性の天使はどう思うかな?」
ガブリエルは残酷な言葉を吐いているのに、顔にはあの優美な笑顔を浮かべている。
俺はそれにつられ、頬が緩みそうになっていた。
そうしている間にも矢が次々と飛んでくる。
完全に狙い撃ちされていた。
翼を広げれば、いい的になってしまう。
仕方なく手近な巨木の影に隠れ、矢が飛んでくる方角と敵の人数を確認した。
敵……悪魔が敵?
そう認識するつもりはないのだが、天使となった俺の脳は、遂に悪魔を敵として認識しようとしていた。
ビュンという音がして、俺が身を隠す巨木に矢が命中した。
くそっ。俺が魔王だと分からないのか?
いや、はぐれ悪魔か? 俺が魔王だと知らない?
でも俺の姿は先代魔王と瓜二つ……。
そこで自分の手を見て、容姿の変化を思い出す。
俺は今、ガブリエルと同じ、雪のように透き通った肌をしている。そしてウリエル……エウリールは俺の姿を見て「しかしお前が金髪碧眼になるとは。違和感満点だな」そう言っていた。
そうだ。
今の俺に魔王の面影は……ない。
……!
矢がすぐ横を通り過ぎていった。
俺がいる巨木を中心に囲まれつつあった。
敵の数は五体。
完全に囲まれる前に倒すしかない。
かつて戦った天使のことを思い出す。
天使の武器は弓と剣が基本。
だが、天使ならではの武器があった。
主に祈りを捧げることで与えられる天使の光。
悪魔はその光を目に受けると、一時の間、盲目も同然となる。
俺は戦場で起きたことを思い出す。
天使の光によって、多くの悪魔が視界を失い、その間に全身に矢を受け、首を斬り落とされた。
しかし……。
主への祈りなんて知るわけがなかった。
だが藁にもすがる想いで祈れば、主は助けてくれるのだろう?
ただ心を無にして祈ってみた。
まだ死ぬわけにいかない。天界では俺の帰りを待つ人がいる。
どうか俺を導き、守ってくれ。
すると。
全身から溢れんばかりの光が放たれた。
俺の背の方角から悪魔の呻き声が聞こえる。
光が収まると、弓に矢をつがえた。
すまない、同胞よ。
俺は矢を悪魔目掛けて放った。
【お詫び】
予約投稿で間違って21時に設定していました。
11時を過ぎてからの公開となり、大変申し訳ございませんでした。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!
次回更新タイトルは「心の傷」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼




