ローズ色の二つの蕾
「ここの部屋、自由に使っていいわよ。そこのクローゼットに入っている服は好きに使ってもらって構わないわ。あと奥にシャワールームとトイレがあるから。それと、身分証が必要でしょ。それはわたしの方で手配しておくから。とりあえず、魔王様とソフィアの分でいいわよね」
「うん。助かるよ、エミリア」
ロルフが嬉しそうに尻尾を振った。
「あと、うちは基本、働いてくれた子に食事を提供しているから。だから、ソフィアには雑用を手伝ってもらうわ。あと、ロルフとベラは看板猫と看板犬として、店の女の子やお客さんに愛嬌をふりまいてもらうからね」
「はい。分かりました」
ソフィアは役目を与えられたことを喜んでいるようだった。
「今日はもう何もしなくていいわ。店の営業も始まっているし。明日、いろいろ教えるから。この部屋の向かいは調理場で、隣がランドリールーム。まかないは既に用意してあるから適当に食べて頂戴。あ、あと、店の営業が始まったら、基本的にこの部屋を出ないことをお勧めするわ。この部屋の手前まで、営業中は普通に使っている部屋だから」
エミリアそう言うと、店の方へ戻っていった。
「ではマティアス様、お食事を用意しますね」
ソフィアが部屋を出ようとしたが、俺はそれを制した。
「いや、それは俺がとって来よう。ソフィアはテーブルと椅子を用意してくれ」
俺は壁際に置かれた折り畳みテーブルと椅子を指さした。
「分かりました!」
部屋を出て、廊下をチラッと見ると、店内に近い部屋に入っていく男女の悪魔の姿が見えた。
逆にその部屋の斜め前の部屋からは男の悪魔が出てくるところだった。
ソフィアを部屋から出さなかったのは正解だった。
俺は調理場に向かい、用意されていたまかないをトレーに乗せ、部屋に戻った。
ドアを開けると、ピアノの音が聞こえた。
「あ、マティアス様、これ、お好きな曲ですよね?」
ソフィアが俺を見て微笑んだ。
ドビュッシーの「月の光」。
聴いていると心の奥にある悲しみを癒してくれる曲だった。
「パソコンがあったので動画サイトでこの曲を見つけました」
……パソコン、動画サイト。
聞いたことがある用語だが、それが何であるかはよく分からなかった。
「マティアス様、地上へ降りてきたのはどれぐらいぶりなんですか?」
「約千年ぶりかな」
「……明日、いろいろと教えますね」
「ああ。頼む」
「マティアス~、ご飯早く!」
ベラに促され、俺は料理をテーブルに並べた。
◇
「マティアス様、湯あみの用意ができました」
俺はソフィアに呼ばれ、浴室へ向かった。
「これがシャワーで、ここをこうひねるとこのようにお湯がでます。こちらに回すと止まります。まずは湯舟につかっていただき、終わりましたらこちらの栓をぬいて、シャワーを使うようにしてください」
「分かった」
「ではこちらにタオルとバスローブを置いておきますね」
「ありがとう、ソフィア」
俺は服を脱ぎ、湯舟につかった。
城の浴室に比べ、ここはとても明るかった。
ロウソクの明かりに慣れていた俺は、この明るさで湯舟につかっても、まったく寛ぐことができなかった。
早々にお湯を抜き、シャワーを使ってみることにした。
確かこっちにひねるんだっけ?
勢いよく水が噴き出し、俺は驚いてシャワーヘッドを浴槽に落としてしまった。
拾い上げようとするが、水流の勢いが強く、シャワーヘッドは蛇のようにくねくねしてつかまえることができない。
焦った俺は「うわっ」と湯舟でしりもちをついた。
「マティアス様、どうされましたか⁉」
ソフィアが浴室に入ってきた。
「いや、シャワーが」
するとソフィアは俺にタオルを渡し
「私が止めるので一旦浴槽から出てください」
「分かった」
俺はタオルを腰に巻き、浴槽から出た。
ソフィアは先に水を止め、シャワーヘッドを浴槽から拾い上げた。
「ふーっ。もう大丈夫ですよ、マティアス様」
ソフィアがこちらを振り返った。
……!
ソフィアはドレスから白い綿のワンピースに着替えていた。
そして俺の次に入浴するつもりだったのだろう。
下着を身に着けていなかった。
そして今、シャワーから吹き出す水を上半身に浴びていた。
ソフィアのそんな姿を見るのは初めてだった。
水に濡れた白いワンピースにはローズ色の二つの蕾が透けて見えていた……。
「俺はもういいから。ソフィア、びしょ濡れだからそのまま入浴するといい」
俺はそう言うと浴室を出た。
……危なかった。
深呼吸して気持ちを落ち着かせた。
◇
ソフィアは、俺が着るはずだったバスローブを着て浴室から出てきた。
サイズは全然あっておらず、裾は床に届きそうだった。
そんなバスローブ姿を見るのも初めてだったし、何より髪が濡れたソフィアを見るのも初めてだった。
城にいた時、俺の部屋とソフィアの部屋は完全に別れていた。
ソフィアが入浴するのは俺に寝酒を届けた後だったので、風呂上りのソフィアを見る機会など皆無だった。
「マティアス様のパジャマ姿、初めてみました」
「そうだな。俺も初めて着た。何を着ればいいか迷っていたらロルフがこれを着るよう勧めてくれた」
「なんだか一気に時代が進んだようで不思議です」
ソフィアが微笑んだ。
綺麗な笑顔だった。
とても悪魔とは思えない笑顔……。
「ソフィアはせっかくだから、これでも着たら?」
ベラがクローゼットをゴソゴソして何かをくわえて引っ張り出そうとしていた。
ソフィアはベラのところにいき、その服を引っ張り出した。
「こ、これは少々大人っぽすぎませんか⁉」
手にした服は濃い赤い生地に黒のレースで全体が飾られたネグリジェだった。
黒いリボンの肩ひもで着るようになっており、丈は長いが肩や鎖骨が露出するデザインのネグリジェだった。
女悪魔がまさに好んで着そうなデザインだった。
「うおー、なんかいいじゃん。ソフィア、着てみてよ!」
ロルフがソフィアの元に駆け寄った。
「だ、ダメです。こんなのは着ませんよ」
ソフィアはそう言ってそのネグリジェをクローゼットに戻した。そしてライトブルーの、半袖のオーソドックスなデザインのネグリジェを手に浴室へ戻っていった。
「あたし、元の姿になったら、これ着てみようかな」
ベラはさっきのネグリジェを名残惜しそうに見ていた。
「え、女騎士が着るネグリジェじゃないだろう」
ロルフのツッコミにベラが「なに~?」と言い、二人は追いかけっこを始めた。
こうしてみると、完全に猫と子犬がじゃれ合っているようにしか見えない。
「二人とも、もう寝るのですから、騒ぐのは禁止ですよ」
ソフィアがネグリジェを着て戻ってきた。
それは城の女の住人であれば、誰もが普通に着ていそうなネグリジェだった。
それなのに。
ソフィアがそのネグリジェを纏うだけで、それは清純な乙女の象徴のように見えた。
その輝くような美しさに俺は目が釘付けになり、そして遥か昔に封印した衝動が湧き上がってきそうになり、慌てて深呼吸をした。
それなのに。
「マティアス様、今日は寝酒をご用意できませんが、大丈夫ですか?」
ソフィアがベッドに座る俺のそばに来た。
俺はソフィアを視界に入れないよう、さりげなく視線を逸らし
「大丈夫だ。今日はもう疲れた。寝よう」
そう言うとそのままベッドに潜りこんだ。
「分かりました」
ソフィアはそう言うと、音楽を消し、明かりを消した。
「おやすみなさい、マティアス様」
「ああ、おやすみ」
ベラはソフィアのベッドに向かい、ロルフが俺のベッドの足元で丸くなった。
俺は目を閉じた。
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次回更新タイトルは「対価を支払ってもらうわ」です。
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