女悪魔の店
ロルフの顔なじみの店は無機質なビル群の地下にあった。
街全体が俺が知っている地上の世界とはまったく違っていた。
やけに大きく背の高い建物が多く、それは石造りとも木造とも違った、金属の塊のような建物だった。鏡のようなガラスが一面を占めていたり、建物全体が明るく輝いていたり、見ていると目が疲れた。
城の炎の明かりと、薄暗い闇を恋しく感じた。
「ここだよ」
ロルフが行儀よく座って指し示したお店は、木製のガラス張りのドアで、上の方はステンドグラスになっており、俺はそのレトロな雰囲気にホッとしていた。
中に入ると、明かりは少なく、ピアノ曲が静かに流れていた。
木製のカウンターや酒の瓶がずらりと並んだ木の棚、少し薄汚れた赤い絨毯。
城の中の一室を思わせる雰囲気に俺は地上に降りて初めて安心できた。
「……いらっしゃい……って、えーと……」
店の奥から出てきた女悪魔は戸惑った様子で俺たちを見た。
赤毛の釣り目で、ぷっくりした唇。
真紅の体にフィットしたドレス。
誇張するように盛り上がった胸元にくびれたウエスト。
典型的な男好きする女悪魔だった。
「そっちのお兄さんは分かるけど、お嬢さんはどうしたのかしら? 道にでも迷った? それにどうしたの、その……ドレス? 袖、引きちぎられたの⁉」
すると、ロルフがカウンター前のスツールにジャンプして飛び乗り
「オレだよ、オレ。ロルフだよ、エミリア」
「えー、ロルフ、あなた何可愛い姿になってんのよ。それじゃあここで遊べないわよ。それで、この人たちは、あなたのお友達?」
「そう。こっちが魔王で、こちらが魔王の秘書のソフィア」
「やーね、ロルフ、お酒飲んでから来たの? 全然笑えないんだけど、その冗談」
「いや、本当の話」
「え?」
エミリアはキョトンとして、俺とソフィアを見た。
「またまた、ロルフ。何を企んでいるか知らないけど、店で遊ばず、こんな冗談言うために来たなら帰って頂戴。これからが書き入れ時なんだから」
「いや、エミリア、本当なんだよ。こっちの猫はオレの同僚のベラ、魔界で騎士をしていた」
「はぁ~い、エミリア。ベラよ」
ベラはふさふさの尻尾を振った。
「……。ベラからは確かに魔力を感じるわよ。でもそっちの二人から、魔力なんて感じないんだけど」
「それは……。というか、エミリア、魔界が今、どんな状況か知っているか?」
「知るわけないじゃない。魔界に興味がなくて地上にいるんだから」
俺はロルフを制してエミリアに声をかけた。
「手短に話す。魔界は天界に占拠された。魔界にいた者は皆、羽と魔力を奪われ、地上へ落とされた。これは俺が魔王だったことの証だ」
俺は左手にはめていた魔王の証たる指輪を見せた。
王冠や剣などは押さえられたが、この指輪だけは免れた。
悪魔の瞳と同じ色と言われた黒曜石がはめ込まれた指輪だ。
歴代の魔王の指を飾ってきたこの指輪は肖像画にも描かれており、魔界で生まれた者なら誰もが知っている指輪だった。
「……信じられない。魔界が滅びたことも。魔王がここにいることも」
エミリアはそう呟くと
「お客が来るから、とりあえずみんな、こっちへ」
エミリアは俺たちを店の奥へ案内した。
◇
案内された部屋は、カーテンも絨毯もカウチも、すべてがボルドーカラーで統一されていた。
唯一違う色はカウチのそばに置かれた観葉植物ぐらいだった。
俺とソフィアはカウチに座り、ベラはソフィアの膝で丸くなった。
エミリアは俺たちをここに案内してから一度部屋を出たが、何か話しながら戻ってきた。
「それで。地上へ落とされた魔王が何用でこのお店に来たわけ?」
エミリアは部屋に入ると壁にもたれ、俺たちを見た。
ロルフが俺の膝に乗り、話し始めた。
「オレたちは見ての通り、身一つの状態でこの地上へ落とされた。つまり無一文。これからここで暮らしていくためにいろいろ準備する必要があるんだが、当面の間、ここに置いてもらえないだろうか?
天界の奴らがわざわざ魔王をアジアの島国に落としたのは、ここだったら仲間を集めて何かしようと思えないと踏んだからだ。
実際、魔力も羽もないし、何もできない。天使の追っ手なんて来ないと思うけど、仮に来たところで、もう魔王から奪えるものなんて命ぐらいしかない。
でもさすがに天使は、無力な人間となった元魔王から、命を奪うようなことはない。彼らの教義がそれを許さないからだ。だからエミリアには絶対迷惑をかけないから、数日だけ、ここに置いてもらえないか」
エミリアはしばし黙った後、ロルフに尋ねた。
「……地上は、魔界とは違う。血筋とか恩義でどうこうなる世界じゃない。何かを求めるなら、対価を支払ってもらわないと。ここに置いてほしい? いいわよ。その代わりにあななたちは何をわたしにくれるのかしら?」
「それは……」
ロルフは言葉に詰まった。
「それと、ロルフを疑うわけじゃないけど、本当に追っ手は来ないの? どうしてみんな魔力を奪われたっていうのに、ロルフとベラには魔力が残っているの? 何かわたしに隠していることがあるんじゃないの?」
「そんな、隠していることなんかないよ。オレとベラが魔力を奪われなかったのは、この姿を演じきったからで。ただの動物と思った天使はオレとベラのことをろくに調べず、地上へ落としたんだよ。魔力は残っているけどあとわずかだ。今は温存しているから、この姿を変えることもできない」
「ふうーん」
「あの……」
ソフィアが遠慮がちに口を開いた。
「はい、何かしら、お嬢さん」
「……エミリアさん、私はソフィアと言います。私たちがここに置いてもらうために、何ができるか考えたいのですが、そもそもこのお店はなんのお店なんですか?」
ソフィアが真剣に尋ねると、エミリアがぷっと噴き出して笑った。
「道に迷ったの?って聞いたでしょう。ソフィア、ここはあなたがた来るようなお店じゃないわ」
ソフィアは首を傾げた。
するとロルフが慌てた様子で
「ソフィア、ここはその、男の悪魔が女の悪魔と仲良くするお店なんだよ」
……ロルフの奴……。
ここは地上にいる悪魔のための娼館なんだな……。
「仲良くするお店……ですか。ああ、なるほど。お店に沢山お酒がありましたよね。お酒を飲んで会話を楽しむお店なんですね。お酒でしたら、私はカクテルを作るのが得意ですよ。マティアス様の寝酒を毎晩用意していましたから。料理は……勉強が必要ですが」
エミリアはソフィアに近づき前かがみになると、真紅に塗られた爪でソフィアの顎を持ち上げた。
「ここのお店でソフィア、あなたができることは、その無垢な体をお客に差し出すことかしら?」
「えっ……」
ソフィアの顔が真っ赤になった。
「ねぇ、これはどーゆうことかしら? 魔王の秘書なんでしょ? 五分前に秘書になったばかりなの? なんでこんなにうぶなわけ?」
「もういい」
俺は立ち上がった。
「エミリア、時間をとらせてすまなかった。確かに君の言う通り、俺たちが来るべき店ではなかった」
「あら」
エミリアはそう言うと、両手を俺の首に回した。
「別にわたしはこのお嬢さんに対価を払ってもらわなくてもいいのよ、ねぇ、元魔王さま。わたし、魔王なんて、よぼよぼのおじいさんかと思っていた。でもこんなにイイ男なら話は別よ。あなたのこの漆黒の髪、瞳、そして美しい褐色の肌。引き締まった体をしているし、体力もありそう」
エミリアはそう言うと、たっぷり口紅を塗った唇を俺の耳に近づけた。
「あなたがその体で対価を払ってくれれば、好きなだけここにいていいわよ」
……。
悪魔の女らしい振る舞いだった。
俺はため息をついた。
ここでもしこの申し出を断り、店を出ても、行く当てもない。
ソフィアも途方に暮れることだろう。
身一つで地上へ落とされたんだ。
使えるものは使うしかない。
俺はエミリアの腰を引き寄せ、耳元で囁いた。
「よかろう。その条件を飲もう」
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次回更新タイトルは「ローズ色の二つの蕾」です。
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