ファーストキス
「おい、マティアス」
ロルフの声に俺は瞬時にソフィアから離れた。
「お前、今日誕生日だろう。おめでとうな」
ドアから顔をのぞかせてそう言うと、ベラも顔を出し
「マティアス、おめでとう~」
そう言って尻尾を振った。
「……ああ、ありがとう」
ロルフとベラはそれだけ言うとドアを閉じた。
……なんてタイミングなんだ……。
「……俺たちも休むか」
ソフィアもかなり驚いたようで顔を真っ赤にして頷いた。
俺は時計の入っていた箱を持ってソフィアの部屋に向かった。
◇
「じゃあ、明かりを消すよ」
「はい」
先にベッドに横になっていたソフィアの返事と同時に電気を消すと、俺はリモコンを置き、ベッドに横たわった。
そしていつものようにソフィアを腕の中に抱き寄せた。
甘いシャンプーの香りがした。
こうやってソフィアを抱きしめ、甘いシャンプーの香りを感じながら眠りに落ちる。
俺の至福のひと時だった。
「マティアス様、エウリールは……ウリエルは同士のよしみだ、って今日言っていましたよね」
ソフィアがふと思い出したように口を開いた。
「……そうだな」
俺が応じると、ソフィアは俺の顔を見上げた。
「それってウリエルは大天使だった時に人間の女性に恋をした、ということなのでしょうか」
「そうなんだろうな。大天使が人間に恋をするなんて許されないことだっただろうな」
「ウリエルは堕天した後、その人間の女性と結ばれたのでしょうか?」
「そうであったと願っているよ。堕天使の烙印まで負って上手くいなかったではしゃれにならない」
「そうですね。きっと二人は結ばれたのでしょうね」
「ハッピーエンドといきたいところだが、でもそうではなかっただろうな」
「……?」
「天使が人間と恋に落ちれば、天使として与えられた力を失い、羽を失い、永遠の命を失う。つまり、人間になってしまうだけで済む。でも大天使は違う。立場が立場だ。大天使が人間と恋に落ちたとなれば、白い炎に焼かれ消えてしまう……。だからアイツは堕天する道を選んだ」
「堕天使……悪魔に墜ちる――その道を選んだわけですね」
「そうだ。純白の羽は黒く染まり、天使の力は悪の力へと墜ちて行く。永遠に穢れた命を紡ぐことを余儀なくされる。つまり悪魔として永遠の命を生きることになる。だが堕天のきっかけになった人間の女性は有限の命のままだ。
堕天して悪魔になっても、人間を堕落させることしかできない。悪魔に変えるなどできない。だからウリエルは……最愛の人と結ばれても、きっと悲しい別れを経て今があるのだろうな……」
俺の言葉にソフィアの体が震えていた。
「ソフィア……?」
「……大丈夫です。ウリエルは強いですね。その悲しみを乗り越えて今も生き続けているなんて」
てっきり泣いているかと思ったのに。
ソフィアはホント、強くなった。
「……マティアス様、まだ日付は変わっていません」
「……?」
「一生忘れられないようなキスを、私からプレゼントさせてください」
「……!」
ソフィアは両手で俺の頬を包むと、ゆっくり、俺の唇に自身の唇を重ねた。
柔らかいソフィアの唇を感じた時、全身が震え、一気に鼓動が高まった。
遂にソフィアとキスをした……。
その事実にめまいがしそうなぐらいの歓喜に包まれていた。
ソフィアは探るように何度も唇を重ね、そして俺の唇を甘嚙みした。
甘美な痺れが走り、俺はソフィアを抱き寄せ、柔らかい胸に触れていた。
ソフィアから吐息が漏れ、「うん……」という囁きが聞こえた瞬間、俺の頭はただソフィアが欲しいという気持ちでいっぱいになり、体が勝手に動いていた。
より深く、激しいキスをしながら、ソフィアの素肌に触れていた。
温かく、しっとり潤った肌に手をすべらせた。
ソフィアが堪えるように震える様子に、熱がさらに高まった。
「あっ」という短く漏れた声に刺激され、さらに手を伸ばし、ソフィアに触れようとした。
その瞬間、ソフィアを全身で求めている自分を客観視できた。
そして……我にかえった。
初めてキスをしただけで、こんなに暴走してしまうなんて……。
俺の意識はブレーキをかけているのに、唇はソフィアの唇を求め、その柔らかい肌に触れたいと手が伸びていた。
ソフィアから離れ、仰向けになり、激しく乱れる呼吸を落ち着けようとした。
ダメだ。全然気持ちが静まらない。
「……!」
ソフィアが上半身を起こし、俺に再びキスをした。
その瞬間に理性は吹っ飛び、ソフィアを求め、その体を押し倒していた。
……ダメだ、ソフィア――。
意識に反して、ソフィアの細い首筋に唇を這わせていた。
ソフィアから甘い吐息が漏れ、俺はそのまま胸まで唇を移動させていた。
「ソフィア、これ以上はダメだ。もう止まらなくなってしまう」
声に出すことで、暴走する自分を止めようとした。
いや、止めないといけない。
ソフィアが身動きできないよう、きつく抱きしめた。
そしてそのまま乱れた呼吸を整えるため、何度も深呼吸を繰り返した。
まだ心臓は早鐘を打っていた。
だが、呼吸の乱れは落ち着きつつあった。
ウリエルの話をしたのはまずかった……。
あの話を聞いてソフィアは……早く人間になりたいと思ったはずだ。
俺が人間で、ソフィアは天使。
有限の命と永遠の命。
今のこの状態をソフィアが良しとしているわけはなかった。
どうして震えていたのに、気づいてやれなかったのだろう。
あの時、言葉を重ねていれば、ソフィアもこんな暴挙に出なかったはずだ……。
初めてのキスで止まらなくなった俺を、ソフィアは止めようとしなかった。
むしろ、俺を煽っていた……。
いつものソフィアならそんなことしないだろう。
だが今日はゲオルクとヘルマンの一件もあった。
だからこそより不安が募ったのだろう。
そこで俺は二人の騎士の姿を思い浮かべる。
ゲオルクとヘルマンが生き延びたどうかは分からない。
純血種で構成される魔王騎士団は何より名誉を重んじる。
敵前逃亡などしなかったはずだ。
魔王騎士団は全滅した……可能性は高い。
だが、あの場にいた悪魔すべてが倒されたとは思わない。
逃げ延びた悪魔は……再び戦いを挑むことはないだろう。
俺が話したことを聞いていれば、自分の命がいかに重いか気づいたはずだ。
天使に挑むより、これまで通り潜伏し、密かに生きる道を選ぶ……と思いたい。
俺を担いで天使と一戦交える……そんなことを考える悪魔はもう現れないだろう。
それならばもうソフィアと結ばれても……。
いや、まだ万全とは言えない。
もう少し、様子を……。
俺は腕の中のソフィアが静かに寝息を立てていることに気づいた。
今日は大変な一日だった。
言葉には出さなかったが、相当疲れていたはずだ。
眠るつもりはなかっただろうが、身動きもできず、いつの間にか眠ってしまったのだろう。
乱れたままのソフィアの着衣を元に戻し、毛布をかけた。
昨日に続き来訪いただけた方、ありがとうございます!
この投稿を新たに見つけていただけた方も、ありがとうございます!
次回更新タイトルは「キスは媚薬」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
【完結】『歌詠みと言霊使いのラブ&バトル』
https://ncode.syosetu.com/n7794hr/
バトルパートでは激しい戦闘もあればコミカルな戦いもあり
恋愛パートは思春期の男子らしいHな描写もあれば、甘く切ない展開もあります。
仲間との友情も描かれています。
全67話で完結済みです。一気読みにいかがでしょうか⁉
ぜひこちらの作品もよろしくお願いいたします。




