傾国の美女
事務所に入り、反対側のドアを開けると、そこはもう倉庫だった。
そしてそこには……沢山の悪魔の姿があった。
倉庫の中央にはまるでセットのようにステージが組まれていた。
そこに何人かの悪魔がいて……。
「ソフィア……」
椅子の背に両手を縛られた状態で座るソフィアの姿が見えた。
俺がいる場所からは後ろ姿しか見えず、顔は見えなかった。
「諸君、この女が誰であるか分かるか?」
銀髪をオールバックにした屈強な体躯の悪魔――ゲオルクが大声で集まる悪魔を見渡した。
「随分、綺麗なねーちゃんじゃねーか。まるで聖女様だ」
「舐めまわしたいぐらいの白い肌だなぁ」
「この女、魔王の秘書じゃないか?」
その声にゲオルクが反応した。
「そう、この女は魔王の秘書であり、魔界の滅びを招いた女だ。先刻、世界中で公開された動画を見た者はいるか? この女は天使の姿で魔王を誘惑していた!」
その言葉に悪魔たちの間でざわめきが起きた。
「この女は、まさに傾国の美女。その美貌で魔王の心を骨抜きにし、和平交渉を勧め、人質の引き渡しに応じるように王を説得した。その結果、魔界は弱体化し、天界に負けたのだ!」
ゲオルクの言葉に、その場にいた悪魔はソフィアに向け、罵詈雑言を浴びせた。
俺は瞬時に理解した。
ゲオルクがソフィアをさらった理由。
それは二つあった。
一つは俺を誘き出し、脅すため。
そしてもう一つ、それは魔界が破滅した原因をソフィアに背負わせ、そして俺に……魔王に非はないとここにいる悪魔に認めさせ、そして俺を担ぎ上げ天界と戦を始めるためだった。
純血至上主義の親父の騎士団がいかにもやりそうなことだった。
怒りで震える俺を、ロルフはズボンのすそを引っ張り、必死に落ち着かせようとしていた。
「裏切り者をこのままにしておくわけにはいかない。この場で処刑する」
ゲオルクの声に悪魔たちが口々に叫んだ。
「服を剝ぎ取り、許しを請わせろ」
「そうだ! 処刑する前に醜態をさらさせろ!」
「魔王を落とした嬌声をここで聞かせろ」
俺の怒りは限界だった。
これ以上、ソフィアを侮辱させるわけにはいかない。
「それも面白いな。さあ、どうしようか?」
ゲオルクが俺を見た。
……俺がここにいると分かって悪魔たちを煽ったのか。いいだろう、ゲオルク。受けてやる。
大きく深呼吸すると、前髪を後ろにかきあげた。
「ゲオルク」
腹に力を込めた一声に、悪魔たちのざわめきが止んだ。
その場にいた全員が俺を見た。
「お前たち、頭が高いぞ。俺を誰だと思っている」
その声に、その場にいた悪魔が一斉にひれ伏した。
俺は……親父に瓜二つと言われていた。
顔も声もやろうと思えば親父を再現できた。
「どけ」
俺の一声に、ゲオルクがいる場所に行くための道ができた。
堂々とその道を進み、ゲオルクの前に立った。
「王の前だぞ、ひれ伏せ」
ゲオルクは、俺が先代魔王ではないと分かっている。
だが、この姿と声に従うしかなかった。
それだけ俺は親父に、先代魔王に似ていた。
ゲオルクがひれ伏すことでソフィアの姿が見えた。
ソフィアは布でさるぐつわをされていた。
今すぐにソフィアに駆け寄り、布を口から外したい気持ちを堪え。声を発した。
「皆、よく聞くがよい。魔界が滅んだのはこのようなちっぽけな女のせいではない」
異論を挟む者は、いない。
「天使は死ぬと、どうなる? ヘルマン?」
ゲオルクの隣でひれ伏していたヘルマンがその姿勢のまま答えた。
「天使の魂は天界へ戻り、時をおいて復活します」
「そうだ。では悪魔はどうだ?」
「悪魔は死ねばそれでおしまいです」
「その通りだ、ヘルマン」
一呼吸置いてから再度言葉を続けた。
「お前たちは天界と魔界が何度戦闘を行ったか、理解できているか? どれだけの悪魔が命を落としたか、理解しているか?」
答える者は誰もいない。
「長く続く戦闘で命を落とした悪魔の累計はおよそ七十億だ。魔界が天界の手に落ちた時、魔界にどれだけの悪魔が残っていたか、分かるか?
わずか一万弱だ。我々は戦に明け暮れ過ぎていたのだ。滅びの道を避けるには、和平しかなかった。人質を取り戻し、少しでも悪魔が減ることに歯止めをかけるしかなかった」
倉庫に集結していた悪魔は静まり返っていた。
「新たに戦を――」
突然、倉庫の入口のシャッターが吹き飛んだ。
入口近くにいた悪魔が数体、その場から吹き飛んだ。
「た、大変です、ゲオルク様、上空より、天使軍、その数、約一万、こちらへ向かってきています」
ボロボロに傷ついた悪魔が駆け込んできた。
「何ッ⁉」
ゲオルクが叫び、多くの悪魔が立ち上がったその時。
「ほお。がせネタかと思いましたが、そうではないようですね。まさかこんな辺鄙な極東の地に、こんなにも悪魔が集結しているとは。驚きです。しかも先代魔王の騎士団までいるとは」
「……貴様、まさか……大天使……」
ヘルマンの声に悪魔たちが震撼する様子が伝わってきた。
「そうです。さあ、震えあがりなさい、悪魔どもよ。わたくしは大天使ウリエル、一度の鞭で千の悪魔を討ち取る者ぞ」
ウリエルが鞭を構えると、悪魔たちが一斉に動いた。
俺はソフィアに駆け寄り、手の縄をほどこうとした。
ダメだ。ほどけない。魔力で結わかれている⁉
「ロルフ!」
ロルフが噛みつくと縄はほどけた。
口の布には魔力は使われておらず、簡単にはずすことができた。
だが俺が布をはずしても、ソフィアは声も出ないようだった。
「ソフィア、行くぞ」
ソフィアを抱き上げ立ち上がった。
多くの悪魔が倉庫の屋根に穴をあけ、そこから飛び立っていた。
ゲオルクとヘルマンの姿もなかった。
「ベラはどこだ、ベラ!」
俺が叫ぶと、ベラがジャンプして俺の肩に乗った。
「行くぞ」
ロルフを先頭に、事務所に向かい、そこから倉庫の外に出て、そのまま乗ってきた車に戻った。
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次回更新タイトルは「同士のよしみ」です。
明日もまた読みに来ていただけると大変嬉しく思います。
それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
【完結】『歌詠みと言霊使いのラブ&バトル』
https://ncode.syosetu.com/n7794hr/
バトルパートでは激しい戦闘もあればコミカルな戦いもあり
恋愛パートは思春期の男子らしいHな描写もあれば、甘く切ない展開もあります。
仲間との友情も描かれています。
全67話で完結済みです。一気読みにいかがでしょうか⁉
ぜひこちらの作品もよろしくお願いいたします。




