失われた記憶
城に着くと、俺の部屋を通過しないと入れない、本来は隠し部屋として使う部屋にソフィアを運んだ。
ソフィアを迎えるために整えた部屋だった。
「忘却の矢は本来、天使の治療のために使われるものだ。ずっと戦が続き、心を病む天使が増えている。辛い戦の記憶を消すために使われるのが、忘却の矢なんだ。
通常は、矢を放つ時、どれぐらいの記憶を消すかは放つ者が調整する。ソフィアに矢を放った天使がどれぐらいの期間を消すように念じたかは分からないが、ソフィアは天界に来てまだ三年ちょいしか経っていない。どんなに長くとも失われた記憶はこの天界に来て以降と考えて間違いない」
ウリエルの言葉に俺は
「じゃあ、ソフィアに見せた俺との地上の記憶も……」
「天界に来てから見せた記憶だ。忘れている可能性が高い」
「もう一度、記憶を見せることは?」
「残念だが無理だな。おれが堕天しちまったからな」
「……命に別状はないのだな?」
「ああ。さっきも言った通り、天使の治療で使われるものだから」
「そうか……」
「それですぐに抱くのだろう?」
「……何⁉」
「まさか堕天させずに魔界におくつもりか?」
「……それは……」
悪魔に堕天させられた天使は、天使の力を失う。
だが羽は残り、天使でもなく、人間でもない、忘れ去られた存在となる。
だが魔王である俺が天使を堕天させると、それは堕天使を生み出すことになる。
つまり、天使を悪魔へ変えることができた。
「おいおい、愛する女を手に入れたのだろう? おれとの取引に応じてまで手に入れたかった女だろう? だったらとっと抱けばいい」
「ウリエル、お前は堕天してから言葉が汚くなったな」
「は! 元から悪魔のお前に言われたくないな。でもまあ、おれとしては楽になった。気取った天使の話し方から解放されたんだしな。それとな、ここでのおれの名はエウリールだ。くれぐれもウリエルとは呼ばないでくれよ。袋叩きにされる」
「分かった」
「で、どうするんだ?」
「……ソフィアは記憶を失っている。いきなり俺に抱かれてもショックを受けるだけだ。時間をかけて関係を築き上げ、いずれは……。それまでは捕虜にした天使にやっているように、天使としての力を完全に封じる」
「……マティアス、お前、本当に悪魔か?……というかお前、まさか、経験がないのか⁉」
「うるさい! エウリール、お前の部屋は城にちゃんと用意してある。基本的にお前のことは自由にする。だが俺が懇願した時は絶対に従え」
「はい、はい。魔王様」
「これからロルフとベラを呼んで封印の儀式を行う。エウリール、お前は自分の部屋へ行くなり自由にしてくれ」
「分かったよ。何かあれば呼んでくれ」
「ああ」
俺はロルフとベラを呼び、ソフィアの天使の力を封印する儀式を行った。
◇
「これがすべてだよ、ソフィア。天界にいた時の名がリナだとは知らなかった。俺にとってはソフィアという名がすべてだ。……記憶が一部よみがえったのか?」
俺はソフィアを見た。
ソフィアは言葉を失って、ただただ見つめ返すので精一杯のようだった。
俺は席を立つと、昨日と同じようにグラスにソーダ水をいれ、テーブルに置いた。
そこでようやくソフィアは俺から視線をはずし、ソーダ水を一口飲み、口を開いた。
「……今日の……ロケで神社に参拝した時、願い事言うために自分の名前と住所を心の中で読み上げたら、声が……聞こえたんです」
「……声?」
「あなたの名はソフィアではないですよね。あなたの名はリナですよ、神の子よ、って」
「もしかして神社に奉られている神と話したのか?」
「……そうだと思います。あなたは自分のことを悪の子と思っているがそうではない、と。それで私はどうしてマティアス様は私が悪魔であると信じ込ませたのか、リナではなく、ソフィアと呼ぶのか。そして……時々、懐かしそうな目でマティアス様が私を見るのはなぜなのかと考えました。
……もしかしたら私は誰かの身代わりなのではないか。マティアス様がお妃様を迎えない理由、それは昔、私に似たソフィアという名の女性に恋をして、それがうまくいかず忘れられないから……と勝手に想像してしまいました……」
「……なるほど。それで急に神社で参拝した後に元気がなくなったのか」
「……はい」
俺はグラスのソーダ水を飲み、ソフィアもまるで俺を習うようにソーダ水を飲んだ。
沈黙が続いた。
すべてを話してしまった。
間接的にだが、ソフィアのことを愛しているということまで明かしてしまった。
もうこれ以上話すことはなかった。
あとはソフィアが俺の話を聞いてどう思っているかだ。
ソフィアを見た。
俺と視線が合うと、ソフィアは慌てて目を逸らした。
この反応をどう捉えればいいんだ?
……考える時間が必要、ということか?
「ソフィア、いきなりいろいろ話してしまって、驚いているんだろう? 考える時間が必要だよな。一人になる時間が必要だろう。……俺は大浴場に行って、しばらくロビーにいるよ」
俺は席を立ち、大浴場に行くために荷物を取ろうとした。
すると。
ソフィアが後ろから抱きついてきた。
「……ソフィア……?」
ソフィアの体が震えていることが分かった。
「マティアス様……私は……私には、マティアス様が知っているソフィアとしての記憶がありません。それでも……それでも私のことが……好きなのですか?」
なんていじらしい質問なんだ。
胸のあたりに回されたソフィアの手を左手で優しく包んだ。
「そんなこと聞くまでもないことだ。好きだからこそ俺の秘書としてそばに居させた。魔界で共に過ごす時間の中で、いつも俺のそばにいてくれるソフィアのことをどんどん好きになった。
地上に落ちて城に居た頃より距離が縮まって、俺はさらにソフィアのことが好きになった。過去形ではないな。今この瞬間にも好きは進行中だ」
「……マティアス様……」
「ソフィアも、同じ気持ちか?」
ソフィアが頷くのが分かった。
だが俺は
「ソフィア、答えが聞こえないし、顔を見せてくれないと」
ソフィアの手をゆっくりほどき、後ろ向いた。
見える範囲の肌をバラ色に染め、ソフィアは俺のことを一生懸命に見ようとしていた。
でも恥ずかしさが勝り、どうにもできないという感じだった。
愛しいという気持ちがこみ上げてきた。
抱き寄せようとしたその時、ソフィアが消え入りそうな声で告げた。
「……私もマティアス様のことが……とても……好きです」
その言葉に全身が喜びで震えた。
深呼吸して気持ちを落ち着かせてから、ゆっくりソフィアのことを抱きしめた。
「ありがとう、ソフィア」
ようやく気持ちが通じ合った。
感無量でしばらくそうやって抱きしめ続けた。
「ずっとこうしていたいが、明日はせっかくのオフだ。今日は温泉で疲れをとってゆっくり休もう」
ソフィアは「はい!」と笑顔で頷いた。
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次回更新タイトルは「溢れ出す想い」です。
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