写真撮影
「あ、もう少し、近づいてもらっていいですか?」
こうして俺とソフィアは三人の女性の指示に従い、写真撮影に付き合うことになった。
写真については知識として知っていたが、カメラがあんなに小型化されていることに驚いた。長方形の薄い金属の塊のようなもので写真が撮れるというのだから驚きだ。
「あ、彼氏さん、彼女さんの腰をぐっと抱き寄せていただいていいですか?」
……。彼氏……。
ソフィアが俺を見て、目で「マティアス様、言う通りに」と訴えていた。
俺はソフィアの腰に腕を回し、ぐっと自分の方へ引き寄せた。
ソフィアはビクッと体を震わせた。
……こんなことされるの、慣れてないくせに……。
「あ、いい感じですね。彼女さん、少し、背を逸らせてください」
ソフィアは頷き、背を逸らした。
……苦しそうな姿勢だな。大丈夫か。
「オッケーです。そうしたら今度は彼氏さんが彼女さんの右腕を掴んで、さらに自分の方へ抱き寄せてください。ちょっと強引な感じで。で、彼女さんはそれを拒むような感じで」
……要求が細かいな……。
俺の苛立ちに気づいたソフィアが、目で必死に俺をなだめようと見つめている。
俺はため息をつき、言われた通り、ソフィアの腕を掴み、自分の方へぐっと引っ張った。
ソフィアは瞳を大きく見開き、驚いた顔をした。
目が泳いでいる……。
「あ、そのまま動かないでくださいね」
ソフィアは視線を伏せた。睫毛が小刻みに震えている。
「はーい。では最後、彼氏さん、彼女の頬に手を添えて、彼女さんは右手を彼氏さんの背中に回して、ぐぅーっと近づいてください」
……一体、こんな姿を写真に撮ってどうするんだ?
だがこれで最後と言っていた。
俺はソフィアの腰をさらにぐっと引き寄せ、言われた通り、ソフィアの顔に手を添えた。
ソフィアは遠慮がちに手を俺の背中に回した。
「そのまま彼氏さん、彼女さんに顔を近づけてもらっていいですか?」
いいわけないが、そうしないとならないのだろう?
俺はソフィアに顔を近づけた。
その瞬間、ソフィアの頬はバラ色に染まった。
俺はソフィアを見ているのだが、ソフィアは視線を伏せ、息を止めていた。
……滅茶苦茶緊張しているな……。
「わぁ~、いい感じですね。あとほんの少しだけ、顔を近づけてもらえますか、彼氏さん。寸止めみたいな感じで」
おい、人間、いい加減に……。
すると俺ではなく、ソフィアが俺の方に顔を寄せた。
……!
もうあと数センチでソフィアのパールピンクの唇に触れてしまいそうだった。
◇
「いい写真、沢山撮れました! ありがとうございますー!」
「いえいえ、こちらこそ、ありがとうございました」
「SNSに写真、アップしてもいいですか?」
「ええ、構いませんよ」
「めっちゃ反響ありそう~」
三人は大喜びで俺たちに手を振り去っていった。
「なんか、マティアスとソフィア、ヤバいぐらいお似合いだったな」
「魔王に純潔を奪われそうになった深窓の令嬢って感じ? イヤなんだけど、魔王の魅力に抗えない、みたいな」
茂みに隠れていたロルフとベラが姿を現し、好き放題に言っていた。
「それでソフィア、現金は手に入れたわけだけど、どうするつもりさ?」
ベラの問いにソフィアは考えこんだ。
「そうですね。食べ物も調達する必要がありますし、宿代には使いたくないですね……」
……!
俺はそこでようやく気付いた。
そうか。もう魔力がないから、人間を操ることができない。
この地上で生きていくためには……金が必要なのか……。
「ソフィア、この近くにはぐれ女悪魔が店をやっている。オレの馴染みの店だ。そこで相談してみるか? 他のはぐれ悪魔より、物分かりのいい奴だぜ」
ロルフの提案にソフィアはしばし考え込み、でも他に選択肢はなかったようだ。
「そうですね。そこに行ってみましょう」
ロルフの提案を承諾した。
◇
ソフィアは節約のためと、ロルフの言う店まで歩くことを提案した。
だが。
公園を出て大通りに出ると、どうも我々の服装は場違いであることに気づいた。
すれ違う人間が驚いた顔で俺たちを見たり、振り返ったりするのだ。
俺はコットにシュールコーを羽織り、足元はブーツだった。
ソフィアは装飾の少ないストンとしたドレスを着ていた。
だが、町を歩く人間はさっき写真撮影をした女性三人と同じような服装で、女性もドレスではなくズボンをはいている者もいた。
さらに。
日本という国はやけに湿度が高く、ムシムシしていた。
俺もソフィアも額に汗が浮き出ていたし、背中にも汗をかいていた。
悪魔だった頃は汗とも無縁だった。
しかし人間になった今、汗もかけば、地上の気温や湿度に思いっきり体が影響を受けていた。
ソフィアは一旦、路地裏で立ち止まることを提案した。
「今、日本は『夏』なんだと思います。ですので気温も高く、湿度も高いのかと」
「そうか。確か日本は独特の気候なんだよな。四季があるとか」
「はい。マティアス様はシュールコーを脱ぎ、コットの袖をめくると少し楽になるかもしれませんね」
ソフィアの言葉に従うと、かなり楽になった。
ブーツも脱ぎたいところだが、我慢するしかない。
「ソフィアはどうする? 袖も長いし、ドレスも長いだろう」
「そうですね。袖は肩のところで繋がっているので、思いっきり引っ張れば……」
ソフィアはそう言いながら、袖を引っ張るがびくともしない。
「俺がやろう」
俺はソフィアの肩を押さえ、袖を根本の部分から一気に力を込めて引っ張った。
ソフィアは生地が破れる音に目を閉じた。
「なんか、マティアスがソフィアを襲っているみたい」
「ベラ、聞こえの悪いことを言うな」
だが。
片方のドレスの腕だけ、白磁のような白い肌が露出していると、それは確かになんだかエロティシズムを感じさせた。
俺は変な雑念を振り払い、もう片方の袖を引きちぎった。
「よし、これで涼しくなっただろう」
「……はい。ありがとうございます。先を急ぎましょう」
俺たちは再び店を目指して歩き出した。
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次回更新タイトルは「女悪魔の店」です。
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それでは明日も学校、お仕事、頑張りましょう‼
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